部屋に戻った後、朝美は障子戸を開ける。
「凛、凛……」
呼びかけると、開けた障子戸から一羽の小夜啼鳥が入ってきた。体の表面は褐色をしていて、尾は赤みをおびている。腹面は黄色味を帯びた白だ。朝美の眷属のひとり、凛だ。
凛は天井付近を旋回した後、文机に止まる
「何? なんかあったん? 主はん」
訛りが強い口調で、山の空気のように澄んだ、耳障りの良い声だった。
しかし、次に聞こえたのは、彼女の悲痛な声。
「いやっ! 主はん! そのやけどどないしたん⁉ いや、言わんでもわかる。あの叔母様とかいう輩やろ。うちは賢いからそれぐらいわかるねん!」
怒っているはずなのに、ふざけているように聞こえるのは何故だろうか、と思った。
「あの年増、うちらの大事な主はんに怪我させよって! 万死に値するわ!」
「……治せるからいいんだけどな」
安和家の特徴、否、陰陽師の特徴の一つに、治癒力向上がある。身体にあやかしに近い力が流れている陰陽師は、鍛錬次第で治癒力の向上や、体力向上などの効果を得られるようになる。朝美にもその力は無論備わっている。
「そうですよ、凛。あるじ様を困らせたらだめ」
どこからか声がした。幼さの残る、高くて可愛らしい少年の声だった。声の出所を探ると、文机の下から聞こえてくる。
「樹希、自分今日はそこにおったんか」
凛が文机の下から樹希を引っ張り出す。出てきたのは小柄な蝙蝠だった。大きな翼があり、胴体は柔らかそうな毛でおおわれている。朝美のもうひとりの眷属、樹希だ。
「うん、今日はここでお昼寝」
「そっかあ、うちも今日は同じところでお昼寝しよかな。ええ?」
「うん、いいよ、凛。一緒に寝よう」
「ありがとうなあ、じゃあ遠慮なく」と言って、文机の下にふたりで潜った。
ふたりは本当に仲がいい。こうやって見ていると、姿こそ違うがまるで姉弟だ。いや、ふたりとも朝美が創り出した眷属なのだから、姉弟なのだろうが。
——ふたりを見ていると、あの頃を思い出す。
頭の端にのから続ける姉妹の記憶。今でも鮮明に残るその記憶は、朝美の中に深く根をはり、残り続けている。——あの頃に戻れることは、ないけれど。
物思いにふけっていると、襖が開かれる。いるのは古参の女中である巴だった。もう五十路近い女性で、さっぱりとした顔立ちをした美人である。
朝美と美月の乳母でもあった彼女は、今でも朝美に仕えている。
「巴、どうしたの?」
「旦那様がお呼びでございます」
「父上が?」
「はい、大事な話があると」
——何だろうか。
「叔母様は……」
「……同席しております」
朝美は、ため息をつく。——なぜ彼女も同席するのだろうか
「そう、わかった。今行く」
朝美は意を決して立ち上がった。憂鬱さを隠せているかどうかはわからないが、何とか取り繕った。
「凛、凛……」
呼びかけると、開けた障子戸から一羽の小夜啼鳥が入ってきた。体の表面は褐色をしていて、尾は赤みをおびている。腹面は黄色味を帯びた白だ。朝美の眷属のひとり、凛だ。
凛は天井付近を旋回した後、文机に止まる
「何? なんかあったん? 主はん」
訛りが強い口調で、山の空気のように澄んだ、耳障りの良い声だった。
しかし、次に聞こえたのは、彼女の悲痛な声。
「いやっ! 主はん! そのやけどどないしたん⁉ いや、言わんでもわかる。あの叔母様とかいう輩やろ。うちは賢いからそれぐらいわかるねん!」
怒っているはずなのに、ふざけているように聞こえるのは何故だろうか、と思った。
「あの年増、うちらの大事な主はんに怪我させよって! 万死に値するわ!」
「……治せるからいいんだけどな」
安和家の特徴、否、陰陽師の特徴の一つに、治癒力向上がある。身体にあやかしに近い力が流れている陰陽師は、鍛錬次第で治癒力の向上や、体力向上などの効果を得られるようになる。朝美にもその力は無論備わっている。
「そうですよ、凛。あるじ様を困らせたらだめ」
どこからか声がした。幼さの残る、高くて可愛らしい少年の声だった。声の出所を探ると、文机の下から聞こえてくる。
「樹希、自分今日はそこにおったんか」
凛が文机の下から樹希を引っ張り出す。出てきたのは小柄な蝙蝠だった。大きな翼があり、胴体は柔らかそうな毛でおおわれている。朝美のもうひとりの眷属、樹希だ。
「うん、今日はここでお昼寝」
「そっかあ、うちも今日は同じところでお昼寝しよかな。ええ?」
「うん、いいよ、凛。一緒に寝よう」
「ありがとうなあ、じゃあ遠慮なく」と言って、文机の下にふたりで潜った。
ふたりは本当に仲がいい。こうやって見ていると、姿こそ違うがまるで姉弟だ。いや、ふたりとも朝美が創り出した眷属なのだから、姉弟なのだろうが。
——ふたりを見ていると、あの頃を思い出す。
頭の端にのから続ける姉妹の記憶。今でも鮮明に残るその記憶は、朝美の中に深く根をはり、残り続けている。——あの頃に戻れることは、ないけれど。
物思いにふけっていると、襖が開かれる。いるのは古参の女中である巴だった。もう五十路近い女性で、さっぱりとした顔立ちをした美人である。
朝美と美月の乳母でもあった彼女は、今でも朝美に仕えている。
「巴、どうしたの?」
「旦那様がお呼びでございます」
「父上が?」
「はい、大事な話があると」
——何だろうか。
「叔母様は……」
「……同席しております」
朝美は、ため息をつく。——なぜ彼女も同席するのだろうか
「そう、わかった。今行く」
朝美は意を決して立ち上がった。憂鬱さを隠せているかどうかはわからないが、何とか取り繕った。