授業が終わって、僕はすぐに帰宅する。
 自室の学習机に置いておいたスマホは、画面がほの光っていた。

 維麻からのメッセージだ。
 七十四件。僕が家を出てから届いていたみたいだ。
 急いで、遡る。

『チラッ』
『ねえ』
『ねえねえねえ』
『連絡くれるの待ってたんですけど?』
『もう学校?』
『こっちは採血終わって、二度寝してる』
『朝ごはんきた、今日は二食パンと白菜のびたびた』
『このゼリーはうまい』

 朝食の画像が添付されていた。
 薄ピンク色のトレイに、プラスチックの四角いお皿。
 トレイの端には、「東条維麻」と名前と一緒に何かの番号やバーコードが印刷された紙が乗っかっている。
 中学校の給食に似ているようで、全然ちがう。
 というか、朝が採血からはじまってるんだ。

 維麻は、何かにつけてメッセージを送ってきていた。
 七十四件のメッセージを遡ると、維麻に返信を送る。

『ただいま』
 
 迷いに迷って、その四文字を送信した。
 なんだか維麻がとても近くに感じて、むず痒い。
 すぐに返信がきた。

『おかえり、学校おつ』
 
 部屋の中でニヤニヤ笑っている僕は、はたから見たらだいぶ気持ち悪いかもしれない。
 学校にいる間に、あれだけ維麻の病気についてぐるぐる考えて悲劇的な気持ちになっていたというのに、我ながら現金だなと情けなくなる。

『土曜日、楽しみにしてるから』

 浮かれたスタンプと一緒に送られてきた。
 片道二時間弱の、僕たちの間にある距離──学校を休むわけにもいかないし、僕たちは会うことができない。

 まるで、天の川に引き裂かれたカップルみたいだねと維麻は言った。
 スマホがあってよかったよ、と僕は答えた。

 他愛のないやりとりをしながら、思う。


 維麻はきっと、同年代との関わりに飢えている。
 だから僕だけは──不治の病を患った女の子ではなくて、東条維麻として、彼女と接してあげたい。

 正直、迷いはあった。
 あまり感情を昂ぶらせるようなことをしてはいけないのかな、とか。
 体調を気遣ってあげないといけないのかな、とか。
 考え始めたら、きりがない。

 けれど。
 維麻はたぶん、そんなことを僕に望んでない。
 もしも僕が、彼女を「病人」扱いをしてしまったら、僕たちの間に決定的な溝が生まれてしまうような気がした。
 守られる人と、守る人。
 病人と、健康体。
 死にゆく人と、見送る人。
 それはたぶん、フェアじゃない。
 織り姫と彦星の間には天の川が流れているけれど、どちらが上とか下とか、そういうものはないはずじゃないか。
 
 それから僕たちは、平日にメッセージのやりとりをして、週末になれば登山鉄道に乗り込んであの登山鉄道の路線で「一生の思い出」を探した。