今日は三月三十日。この日は僕にとても大切だ。
 大学生となった僕は三年目となる彼女の命日を迎えようとしていた。命日と言っても毎日のようにお墓に訪れていたので特別な感覚は芽生えなかった。ただ、気持ちのどこかでこの日を迎えたくない自分もいた。三年前の雪の降りしきる深夜での出来事を今でも時々思い出す。

 ……僕が彼女を殺してしまった……

 周りは否定したがこの業は一生消えることなく僕の中に残るだろう。でも、僕はこれを苦しいとは思わなかった。彼女というこの後の人生において、何でも定義できない特別な存在を忘れたくなかった。いや、死因が七色病でも僕は忘れてやらない。
 桶に水を入れ彼女に近づく。
 僕は彼女からの最後の……いや、最期の言葉を脳内で再生した。



『最後に。
 実を言うと私は生きるのが怖かった。怖くて怖くて仕方がなかった。盗作の疑いを向けられた時に誰も信用してくれないのが怖かった。余命を宣告された瞬間から明日が来ないかもしれないことが怖かった。もう小説を書くことができないかもしれないことが怖かった。私が死んだあと、親しい人が私を忘れて平然と過ごしているのが怖かった。そんな恐怖と向き合いながら生きていました。こんな考えを心の中に宿らせていたせいで私は恐怖に押しつぶされそうでした。
 ある時、私は考えました。こんな考え方やめよう、こんな生き方やめよう、もっと自由奔放に余生を謳歌しようと……。
 それから私は人が変わったかのような生活をしました。ケーキをワンホール丸々食べるなどの新たな自分を見つけようとしました。でも、私の中は全く満たされなかった。小説を書いていている時も、大好きな家族と話している時も、表面上では喜びを取り繕っていたけど、本当は苦しかった。好きなことすら楽しめない自分がだんだん嫌いになった。やっぱり自殺したいと思った。
 でも、私はある日を境に死んでもいいという考え方から生きたいという考え方に変わりました。その日は君と出会った日です。こんな面白い人と一生そばにいたい。そう思うようになりました。
 でも私にそんな資格は一切なかった。余命一年の病弱な女の子と一緒にいたって最終的には君に不快な思いや悲しい思いしか残せない。そんな考えからか私は距離を取ろうと決めました。だからあんな本心にもない言葉を泣きながら吐きました。君と会えなかった日から私はただただ泣いていました。子どものように泣きました。君と会えないのがこんなに寂しく、辛いものだとは思わず、あんなひどい言葉を言った自分を責め続けました。
 君が来てくれた時は涙が零れそうなくらい嬉しかったです。君には私という存在が、私には君という存在が不可欠だと心の底から感じました。
 最期に。
 私は君色に染まりたかった。自己を見つめ自分に嘘をつかずに言いたいことをはっきり言う君に……。
 そんな君と過ごした余生は私の宝物です。きっと天国でも来世でも自慢し続けると思います。
 君の良さを「好き」というありふれた言葉で表現することはできません。君には君だけの良さがあります。染め上げた私が言うのもなんだけど君は君色のままでいいからね。自分という色に欠けている色を足し、新たな君色に染まり輝いてください。
 そして、私の分まで幸せに生きてください。
 さよならじゃなくて、ありがとう。
 本当に今までありがとう。
 現在進行形好きです。
 好きです。
 大好きです。
 愛してます。
 愛してる。
                                    一ノ瀬来夏』



 僕は彼女がいない新しい季節を歩みだした。
 僕はもう一人じゃない。


                          (『君は僕を染め輝かす』終わり)