彼女が亡くなってから一ヶ月たった頃、彼女の盗作疑惑の真実が大きく報道され始めた。はじめは週刊誌やネットの小さな記事にとどまっていたが、有名インフルエンサーが取り上げたのを機に関心は指数関数のように一気に高まった。証拠つきの写真が公開されたということもあり、彼女への社会的信頼はすっかり回復した。昨日まで彼女に向けられていた批判の矛先は美作大作へと変わり、彼は大きく信用を失った。そして、異例の回収を経た彼女の処女作は再び出版されることとなった。本の帯には「伝説の復活」と大きく宣伝されており、なんとも都合のいい社会なのだと呆れて、ため息を隠すのが難しかった。
 クラスメイトからの彼女に対する評価も大きく変わった。大きく拡散された翌日には同じ文学部として彼女と深い関わりを持つ僕が彼女との関係についてしつこく聞かれた。いつもの僕なら面倒くさいので無視を決めこむが、生きていた時に彼女が僕にくれた色々な物のお礼として、尋ねてきたクラスメイト一人一人に丁寧に説明した。彼女と僕は恋人関係だったのかも深く聞かれたが僕は迷うことなく真実を伝えた。
 僕と彼女が生前、仲が良かったことをクラスメイトが知っている限り、彼女はクラスメイトから認知されていたようだ。彼女の机には花瓶と花が添えられている。造花ではなく生花だ。そして毎日水が変えられている。優しい光でひっそりと光合成をしている花は、まるで彼女の魂がまだこの世に存在することを連想させた。
 僕は急な学校生活の変化を肌で体験をして、自分に後悔を寄せた。もっと早く彼女の疑惑を晴らせていれば……彼女はクラスメイトに囲まれ楽しい高校生活を送れていたのかもしれない……。
 しかし、大きな後悔として僕の心に残ることはなかった。



 彼女の両親に呼び出された。
 もしかしたら勝手に情報を流したことに対するお叱りを受けるのかと思っていたが、決してそんなことはなく、むしろ感謝された。
「ありがとう。常陸君。君にはなんと感謝をしたらよいか……。小説家一ノ瀬来夏の名誉を取り戻してくれてありがとう」
 彼女の母親は涙を交えながら僕の手を握ってくれた。
 となりにいた、厳格な表情を浮かべた父親が話し始めた。
「実はな……俺はあいつが盗作をしていたと思っていたんだ。あいつが必死で弁解したにも関わらず、俺はあいつの無実を信じてやれなかった。今思えば俺は父親として最低の人間だったと思う。あいつの遺影になんて顔をして目を向ければいいんだ……」
 そういうと彼女の父親は申し訳なさそうに下を向いた。向いたままだった……。
 僕は彼女の心を勝手に解釈した。
「彼女は怒っていないように思います。確かに親から自分の無実を信じてくれなかった痛みは少なからずあるでしょう。それでも彼女は一番そばで自分の小説人生を支えてくれた親に感謝であふれていると思います。彼女はよく僕に家族の自慢話をしてくれました。きっと彼女は大好きな家族に今『ありがとう』を伝えたいんだと思います」
 彼女の父親は頭を上げた。それを母親が支えた。彼女の妹は優しく見守っていた。