儚くて透明な最後の冬に、春の声を感じた

藤島(ふじしま)さんみたいなボランティア、もう少し増えてくれるといいんだけど……っ」

 屋上から、暖房が稼働している教室へと向かう途中の階段で。
 織原(おりはら)くんは一段、踏み外した。

「織原くん!」
「大丈、夫っ!」

 本当は、大丈夫じゃないのかもしれない。
 そう思ってしまうのは、マスクをつけていた状態では織原くんのことを確認できないから。
 声と、目元でしか、織原くんの無事を確認することができない。

「足、上手く動かせなかった……はは……」

 だから、聞かなきゃいけない。
 本当に大丈夫かってことを、確かめなきゃいけない。

「織原くん、体調悪い……?」

 階段を踏み外した織原くんの元へと駆け寄って、私は織原くんの顔を覗き込む。
 マスクが邪魔だって思うけど、仕方がない。
 声と、目元と、織原くんの言葉を信じることしか私にはできない。

「……少し……ほんの少しだけ」

 織原くんは、笑った。
 大丈夫だよ。
 なんでもないから、心配しないで。
 そんな気持ちを伝えるための笑顔を、マスクの向こう側から用意した。

「向かうのは教室じゃなくて、保健室。ね」

 ひんやりとした何かが、私の手をかすめた。
 校舎の中に入った私たちは手袋を外していて、互いの手を触れ合わせることができる状態。

「手、借りてもいいかな」

 手を繋ぐ。
 手を握る。
 織原くんを近くに感じるはずなのに、どっちの手も冷たくて互いの熱を感じられない。

「好きでもない男に触れられるって、気持ち悪いよね」
「保健室に連れて行くだけで、大袈裟」

 早く、春になればいいのに。

「だから、気にしなくていいよ」

 早く、暖かさを感じられたらいいのに。

「気にしないで」

 早く、織原くんに春の暖かさを感じてもらえたらいいのに。