「藤島さん、選択なんだった?」
「音楽……」
屋上に来て、初めて出した声。
とても弱々しくて、聴覚が拾うことすら難しいと思えてしまうほどの音。
ここにはノートがないから、筆談で話をすることもできない。
私は自分の声で言葉を交わさざるを得ないのに、自分の声には綺麗さの欠片もないから恥ずかしくなってしまう。
「よし、じゃあ、藤島さんは赤担当ね」
短時間の間で多くの技法を説明されたのに、私にできることといったら指定された場所に赤を塗っていくことくらい。
それしかできないことに申し訳なさを感じていると、そんな私の感情に気づいた織原くんは頻繁に声をかけてくれる。
『大丈夫』
『自信を持って』
『綺麗、綺麗』
それらのお世辞に戸惑ってしまうけど、織原くんの声で紡がれた言葉の数々に心が温められていくのを感じる。
お世辞も積み重なれば他人の役に立つんだってことを、織原くんの声を通して教えてもらう。
「藤島さんが赤を加えてくれると」
吹く風の音と、チョークと屋上のコンクリートが響き合う音しか拾っていなかった聴覚が、織原くんの声を聴くために活動を始める。
「花が生きてるって感じがする」
織原くんも、私と同じマスク仲間のはずなのに。
どうして、こんなに人の聴覚を惹きつけてしまうのか。
ずっと、ずっと、狡いと思っていた。
ずっと、ずっと、羨ましいと思っていた。
でも、それらを言葉にしたら、私は織原くんに嫌われてしまうと思って、私は口を閉ざして赤色のチョークと向き合う。
「普通は授業で、色を混ぜたりしないからね」
チョークの色を混ぜ合わせるって技術があることも、チョークアートをやるまでは知らなかったと織原くんは教えてくれる。
「……卒業制作ならでは、だね」
長いようで短い昼休み。
私が発した言葉は、その一言くらい。
その、たった一言を発しただけで、織原くんは柔らかく笑ってくれた。