「藤島さん、久しぶり~」
「あ、藤島さんだ」

 マスクを利用して自分の声を閉じ込めていた私は、高校生活の中で碌な人間関係を形成できなかったと思う。
 それなのに、屋上でチョークアートの制作に勤しんでいる同じ学年の人たちは私の苗字を知っていた。

「あ……」

 マスクの中で、声が止まる。
 想いをかき集めて彼女たちのことを呼びたかったのに、自信のなさは元クラスメイトの苗字を呼ぶことすら許してくれない。

「色塗り、手伝ってもらおうと思って」
「えー、助かる」

 美術部の生徒が何人いるとか、今年の三年生は何人とか。
 まったく把握していなかった。
 関心を持っていなかった。
 だから、屋上には織原くんを含めて四人の生徒しかいないってことに驚かされた。

「卒業式には感動に浸れる、いい催しだとは思うんだけどねー……」

 織原くんは溜め息交じりに、赤いチョークが敷き詰められた箱を持って私を誘導する。

「今年は四人しか三年がいないから、地獄の作業」

 相変わらず、マスクをしている織原くんの感情は声と瞳で確認するしかない。
 でも、その声と瞳だけで、織原くんがチョークアートの制作を心底嫌に思っていないことが伝わってくる。

「屋上チョークアートって、上から撮影するときになんの絵かわからないとダメで……」

 美術部でもない私に、織原くんは丁寧に説明をしてくれる。
 卒業生が全員集うことができるくらい広い屋上。
 屋上全体に広がるチョークアートを完成させないといけないのに、四人の美術部部員は心もとなく見えた。

「これが桜の花びらで……」

 それでも、四人の美術部員は高い技術を誇っていた。
 私は織原くんの説明を理解するのにいっぱいいっぱいで、それだけで時間が潰れてしまうほど。
 そんな私を置いて、美術部員の人たちはチョークアートを完成させるために手を動かしていく。

「赤と黄色混ぜると、こんな感じで温かみのある色になって……」

 私にチョークアートの技術を説明しながら、一枚の花びらを完成させてしまう織原くん。