「え、告白する人とか、本当にいるんだ……」
「さすがに告白は……やっちゃう?」

 撮影までの待機時間は、高校生たちにとって自由を謳歌する絶好の機会。
 三年間通った高校の校舎と別れを告げるために、限られた時間の中での青春らしさを見つけていく。

(私は……)

 織原くんが亡くなったからって、自分の声を好きになるという奇跡は起こらない。
 でも、私は声を出してみたいって思った。
 周りに感化されすぎたのかもしれない。
 でも、感化されたとしても、それでいい。
 それが私らしさに繋がるなら、何も気にすることはない。

「織原くん」

 今日も私の声は、周囲の騒がしさに負けてしまうけれど。
 今日も私の声は、周囲の賑やかさにかき消されてしまうけれど。
 その中に紛れることができるから、こんなにもか細い声で良かったのかもしれない。

「織原くん……」

 私の小さくて弱い声を拾ってくれて、ありがとう。
 いつ消えても分からないような小さな存在()を見つけてくれて、本当にありがとう。

「織原くん」

 彼のことを呼ぶたびに視界が滲み始めて、私の日常が日常ではなくなっていく。
 溢れそうになる涙を堪えきれなくなりそうなとき、また足元の桜の花びらが視界に映り込んだ。

(今日も織原くんは)

 私が赤いチョークを塗るという作業を淡々と続けていても、いつまで経っても花に暖かさや花の生命を感じることができなかった。 
 そこに、色を足してくれたのが織原くん。
 黄色のチョークと赤が合わさることで、花びらは花びらの生を全うできるように美しく生まれ変わった。

(私のことを励ましてくれるんだね)

 いつもの私に戻れるように、織原くんの声が私の心を優しく叩きに現れる。

「撮影するから、好きなとこに散らばってー」

 織原くんの声が、草原を飛び立って空に向かっていく鯨を先導する。

(いつか、いつか、織原くんの声を忘れてしまう日が訪れるかもしれない)

 ただでさえ、入院生活を余儀なくされた織原くんと会うことができなくなったときに私は織原くんの声を忘れかけていた。
 たった数日会えないだけで、そんな感じだった。
 声っていうのは、最も脆い記憶だってことに気づかされた。

「藤島さん、行こう」
「うん」

 織原くんの声が、言葉が、この世界で息をしていたってことは忘れることができない。忘れることができなくなった。

「織原くん」

 フェンス越しに見える、のどかな青を描く空に向けて私の声を送る。

「大好きだったよ」

 だった、っていう過去形の言葉を届ける私は、やっぱり今日も意気地なしだと思う。

「ドローンのカメラに注目して!」

 こんなにも穏やかに晴れた日に、私たちは卒業を迎えることができた。
 最後に織原くんの大好きな青い空に出会えるなんて、緑に描かれた鯨は奇跡の生き物なのかもしれない。

「大好きだったよ……!」

 鯨と桜の花びらは私たちの未来を乗せて、青い空へと旅立って行った。