儚くて透明な最後の冬に、春の声を感じた

「え、でも、だって、あんなに元気に……」
「無理してでも、学校に行きたいって言ってたみたいで……」

 この声は、一年生のときに同じクラスだった女の子の声。
 織原くんが私を屋上へと案内してくれたときに、私の苗字を呼んでくれた人たちの声。
 それは理解できているのに、私は二人の会話の内容を理解することができない。

「っ、嘘でしょ」
「先生が嘘なんて言わないよ……」

 混乱していく思考。
 頭の中が、ごちゃごちゃしてきた。

「織原くんが亡くなったなんて」

 それでも、頭の中をかすめていく記憶がある。

「……っぁ……」
 
 私の中に、残っている記憶がある。

「私は……」
 
 嘘でも、夢でも、妄想でもない。

「私は……」

 織原くんと、同じ時間を共有してきた。
 美しすぎる彼の声と、穏やかな彼の笑顔に、毎日のように会っていた。

「覚えてるよ……」

 その、毎日が亡くなった。
 彼は、笑顔を見せてくれない。

「まだ、覚えてるよ……」

 二人の会話を理解しようと混乱を整えていく中で、訴えかけてくる記憶がある。



『藤島さん』



 織原くんが、私の苗字を呼んでくれたときの声。
 私が正気を取り戻すように、織原くんは記憶の中で私に優しく呼びかけてくれる。
 薄れていくだけだった記憶が、鮮明に甦ってくる。

(それを、奇跡って言うのかな)

 そんな問いかけに、答えを返してくれる人は隣にいない。

「織原く……」

 マスクを外す。
 大きく深呼吸をしながら、今日の空の色は何色だったってことを思い返す。

「今日の空」

 校舎の中から、空を見上げることはできない。
 それでも、校舎の中に差し込んでくる太陽の光は空の色を私たちに教えてくれた。

「凄く綺麗だよ」

 大切なものを大切だと気づいた瞬間には、すべてのことは終わっている。
 取り返しができないところまで物事は進んでいて、息を吸い込むことも吐き出すことも難しくなっている。
 でも、私は生きているから。
 生きているから、今日も織原くんがいなくなった世界で息を吸う。息を吐き出すを、繰り返していく。