「藤島さんと、同じものを共有できて良かった」

 日常の中に必ず存在する空。
 欠けてしまうことも、消えてしまうこともないからこそ、青い空を綺麗と表現した自分が信じられない。

「この空、ずっと覚えてられるかな」

 織原くんは、笑っていた。
 ただ、空の色の話をしていただけなのに、織原くんは穏やかな笑みを浮かべながら私に声を送ってくれる。

「人と別れたときに、真っ先に記憶から失われるのって『声』なんだって」
「声……?」
「俺は藤島さんの声が好きだけど、卒業と同時に忘れちゃうのかな」

 忘れちゃうと言葉にしたときだけ、織原くんから笑みが失われた。
 織原くんの視線は真っすぐと、届くはずのない空へと向かっている。

「そんな、お別れみたいな言葉……言わないで」

 私が声を発するだけで、それは言葉になった。
 私が言葉を紡ぐと、織原くんは穏やかな笑みを浮かべてくれる。

「大丈夫な気がしてきた」

 口を閉ざしていたことで、私は相手の瞳すら見えなくなっていたってことに気づかされる。
 下へ下へと向けていた視線が、織原くんのおかげでようやく上を目指し始める。

「忘れない。この日見た青い空も、藤島さんの声も」

 嘘でも、なんでもいい。
 その言葉が、嬉しい。
 彼の言葉が、この世に存在することが嬉しい。

「私も、忘れない」

 卒業を待つ高校生にとっては、どんな言葉も涙を誘う力を持っている。
 いちいち心を揺さぶられるような感覚に陥ってしまうから、心が痛みを訴えてくる。

「織原くんと一緒に見た空も、織原くんの声も」

 心がぎゅっと締めつけれているのも本当だけど、織原くんと言葉を交わし合うだけで心が温かくなるのも本当のことだった。

「ありがと、藤島さん」

 織原くんの言葉を信じることのできる春を、織原くんと一緒に迎えたいと強く願った。