「ほら、仰向けになると、空がより広く見えるっていうか……」

 織原くんはコートも着て、マフラーも巻いて、手袋もはめてっていう最低限の寒さ対策をしている。
 それでも、織原くんの体を温めるための物を何も持っていないってことに、申し訳ないって気持ちが生まれてしまう。
 それだけ、私には織原くんの顔色が悪く見えているのかもしれない。

「あ、でも、藤島さんは横にならないで。体、冷えるから」

 私が仰向けになって空を見上げることのないように、彼の手が私の手に触れて制止の合図を送ってくる。

「寒いなら、教室戻ろう……?」

 手袋をはめていても、どうしても指先が冷えてしまう。
 お互いに、熱の引いた体。
 ここに熱を持った何かは、秋の終わりを美しく輝かせるため顔を見せた太陽しか存在しない。
 でも、太陽に手を伸ばしたところで、あたたかさを得ることができない。

「青春っぽいことがしたいなって」
「青春を感じる前に、織原くんの体が冷え切っちゃうから……」

 こんなにも多くの言葉を発したのは、感染症が流行する前以来かもしれない。
 自分の声が嫌いで、口の中に言葉を閉じ込めなければ生きていけないと思った。
 でも、声を出さなきゃ、織原くんを校舎の中へと連れて行くことができない。

「体を温めたら、また戻ってこよう……?」
「でも、雲が出てきたら、青い空が見えなくなっちゃうなって」

 彼に尋ねたいことが、たくさんある。
 彼に言いたいことが、たくさんある。
 だけど、それらすべてを片づけてしまったら、私と織原くんの関係が変わってしまいそうで怖くなった。

「灰色の空より、真っ暗な空より、青が映えた空が好きなんだ」

 これからの学生生活も、何事も起こることなく平穏無事に終わらせたい。

「綺麗……」

 ぼそっと呟かれた私の感想なんて無視されても当然のものなのに、彼は私の声を拾い上げてくれる。
 何も面白いことなんて起きてもいない。言ってもいない。
 それなのに、織原くんは楽しそうに笑ってくれた。

「青空なんて、見慣れてるはずなのに……」

 仰向けに寝転がっている織原くんと、屋上で屈みこんだままの私では、空との距離が違うはず。
 それなのに、織原くんと同じものをみているってだけで心が優しくなっていくのを感じる。

「綺麗……」

 青空を綺麗と表現する人の気持ちが、よく分からなかった。
 綺麗だとは思うけど、空は当たり前のように存在している。
曇りの日が続いたとしても、雨が続いたとしても、太陽の色と混ざり合った鮮やかな青はいつか必ず姿を見せる。
 マスクの中に引きこもる私のままでいたいと思っているのは本心なのに、私は織原くんと一緒に空を見上げた。
 織原くんと、同じものを視界に入れたくなった。