(まだ、織原くんが来てない……)
今日は織原くん、遅いねって声をかける相手が見つからない。
まだ熱で暖められていない冷え切った教室で、私は織原くんの姿を探す。
「もう英語の予習しなくていいとか、最高っ!」
「さっさと卒業したいよね」
織原くんが教室を訪れるのが遅いからといって、それについて話す人は誰もいない。
誰かが欠けてしまったとしても、卒業間近の教室で織原くんについて話題にする人は見つからない。
私が余計なことを口にして、教室の空気を汚したくない。
そう思った私は、授業が始まるほんの少し前の時間を利用して屋上へと向かった。
「はぁ」
脱いだばかりのコートを再び来て、人がまばらな廊下を歩く。
人とすれ違うたびに織原くんの姿を探すけど、そんな都合のよい展開は訪れなかった。
新しい空気を取り込むときにマスクを外すと、吐き出す息の白さに包まれる。
そして、再び私はマスクの中へと自身の口を閉じ込めて屋上へと辿り着く。
(美術部でもないのに、迷惑かな……)
その、迷惑を問う相手はいない。
はずだった。
「あれ……藤島さん……?」
織原くんが、屋上にいた。
卒業式までにチョークアートを完成させなければいけない。
そんな責任感に駆られて屋上にいるのかと思ったけど、織原くんの手にチョークは握られていなかった。
「見られちゃったかー……」
もうすぐで12月がやって来るのに、織原くんは仰向けになって屋上のコンクリートの上へと寝転がっていた。
「今日、珍しく曇り空じゃないなーって思って」
屋上に寝転がったことなんてないから分からないけど、どんなに厚着をしていても織原くんの体温が下がっているって想像は間違いじゃないと思う。
「大丈夫だよ、絵のないところに寝転がってるからチョークは付かな……」
「大丈夫じゃないよ」
自分の声を、久しぶりに聞いたような気がする。
「風邪、引いちゃう……」
織原くんが、どういう進路を選んだのかは分からない。
もう既に受験を終えていて、風邪なんてものは引き放題なのかもしれない。
それでも私は、織原くんの体が心配になって織原くんのもとへと急いで駆け寄る。
「藤島さんの声、聞けた」
織原くんは、笑ってる。
その笑顔が、無理に笑っているように見えてしまった。
声にも、目元にも、いつもの穏やかさがない。
「私の声なんて、どうでもいいから……」
多分、織原くんは分かってる。
自分の体温が下がると分かっていながらも、コンクリートに体を預けている。
無理をしてでも、自分は屋上のコンクリートと接していたいんだってことが伝わってくる。
今日は織原くん、遅いねって声をかける相手が見つからない。
まだ熱で暖められていない冷え切った教室で、私は織原くんの姿を探す。
「もう英語の予習しなくていいとか、最高っ!」
「さっさと卒業したいよね」
織原くんが教室を訪れるのが遅いからといって、それについて話す人は誰もいない。
誰かが欠けてしまったとしても、卒業間近の教室で織原くんについて話題にする人は見つからない。
私が余計なことを口にして、教室の空気を汚したくない。
そう思った私は、授業が始まるほんの少し前の時間を利用して屋上へと向かった。
「はぁ」
脱いだばかりのコートを再び来て、人がまばらな廊下を歩く。
人とすれ違うたびに織原くんの姿を探すけど、そんな都合のよい展開は訪れなかった。
新しい空気を取り込むときにマスクを外すと、吐き出す息の白さに包まれる。
そして、再び私はマスクの中へと自身の口を閉じ込めて屋上へと辿り着く。
(美術部でもないのに、迷惑かな……)
その、迷惑を問う相手はいない。
はずだった。
「あれ……藤島さん……?」
織原くんが、屋上にいた。
卒業式までにチョークアートを完成させなければいけない。
そんな責任感に駆られて屋上にいるのかと思ったけど、織原くんの手にチョークは握られていなかった。
「見られちゃったかー……」
もうすぐで12月がやって来るのに、織原くんは仰向けになって屋上のコンクリートの上へと寝転がっていた。
「今日、珍しく曇り空じゃないなーって思って」
屋上に寝転がったことなんてないから分からないけど、どんなに厚着をしていても織原くんの体温が下がっているって想像は間違いじゃないと思う。
「大丈夫だよ、絵のないところに寝転がってるからチョークは付かな……」
「大丈夫じゃないよ」
自分の声を、久しぶりに聞いたような気がする。
「風邪、引いちゃう……」
織原くんが、どういう進路を選んだのかは分からない。
もう既に受験を終えていて、風邪なんてものは引き放題なのかもしれない。
それでも私は、織原くんの体が心配になって織原くんのもとへと急いで駆け寄る。
「藤島さんの声、聞けた」
織原くんは、笑ってる。
その笑顔が、無理に笑っているように見えてしまった。
声にも、目元にも、いつもの穏やかさがない。
「私の声なんて、どうでもいいから……」
多分、織原くんは分かってる。
自分の体温が下がると分かっていながらも、コンクリートに体を預けている。
無理をしてでも、自分は屋上のコンクリートと接していたいんだってことが伝わってくる。