儚くて透明な最後の冬に、春の声を感じた

「ありがと、藤島さん」

 織原くんの手袋と、私の手袋が触れ合う。
 互いの温もりなんて感じるはずがないのに、繋ぎ合った手にあたたかさを感じた。

「……織原くん」
「ん?」

 彼の温もりに触れた瞬間、泣きたくなった。
 自分の中で、どんな感情が湧き上がったのかは分からない。
 自分で、自分のことが分からない。
 でも、織原くんと過ごす一秒一秒が、とても大切な時間のように感じられた。

「藤島さん、泣かないで」

 泣いている子どもをあやすかのような、そんな優しい声色で織原くんは私に話しかける。

「笑顔は隠すことができても、涙は隠すことができないから」

 織原くんは、いつから私のことを気にかけてくれていたのか。
 三年生になって、同じクラスになったときから?
 それとも卒業間近になって、クラスメイトのことをよく知りたいと思ってくれたから?

「その涙、拭いたくなっちゃうから」

 その答えを知りたいのかもしれないけど、その答えすら知らないままでもいいと思えた。

「俺ね、毎日、泣いてばっかなんだ」
「毎日……?」
「そう、毎日っ」

 織原くんと過ごす、このかけがえのない一秒一秒があれば。
 私は、この幸福感に溺れることができる。
 ほんの少し、ほんの少しだけ、言葉を交わすために声を出してみようっていう勇気が生まれてくる。

「高校が大好きすぎるみたいで、卒業式が近づくたびに涙腺大崩壊。らしくないよね」

 私は、もっと織原くんと話がしたい。

「そんなこと……ない……そんなことない、よ……」

 それなのに、もうすぐで私たち三年生は卒業を迎えてしまう。

「ありがと、藤島さん」

 織原くんは卒業したあとも私と話がしたいと言ってくれた。
 けど、クラスメイトの関係が途絶える私たちが、未来で言葉を交わし合うことは難しくなっていく。

「いい卒業式、迎えたいね」

 こんなにも近くに織原くんがいるのに、彼の声が遠くで聞こえるような感覚。
 彼は、もうすぐで私の前からいなくなってしまうからかもしれない。
 もうすぐ、彼は私のクラスメイトではなくなってしまうからかもしれない。

「お互い笑顔で、ね」

 高校から卒業するって、そういうこと。

「うん、私も一緒に笑いたい」

 別れの日が近づいているって、そういうこと。