「あ、でも、未来に希望を抱いてもいいのか」

 未来に夢見るだけなら、いくらでもできるはず。
 それなのに、私だけは悲観的になってしまっていた。
 卒業したら、もう二度と織原くんに会うことができないと思い込んでいた。
 卒業したら、もう二度と織原くんと言葉を交わすことができないと思い込んでいた。
 未来に希望を抱くなんてことはできないと思い込んでいた私に対して、織原くんは未来への希望をくれる。

「卒業したあとも、藤島さんと話がしたい」

 私は、もっと彼と話をしてみたい。
 私は、もっと彼の話を聞いてみたい。
 そんな感情が生まれてくるけど、言葉を返すことができない。
 私が話すことをやめてしまったら、織原くんとの言葉を交わす時間が終わってしまうと分かっているのに声が出てこない。

「織原くん、病み上がりだから……」

 自分の気持ちを伝えることなく、別の話題を振る。
 自分の声が嫌い。
 自分の声が、綺麗に聞こえない。

「普段以上に、あったかくしてね」

 自分の声が大嫌いな私は、自分の世界を狭めていくことしかできない。
 私に織原くんのような綺麗な未来を描くことはできないけど、織原くんの体調を気遣うことくらいならできる。
 あまりにも小さな声で何を言っているか聞き取れないかもしれないけど、織原くんの元に使い捨てカイロを持って行く。

「無理してない……?」
「うん、大丈夫」

 使い捨てカイロを手渡すときだけ、織原くんは手袋を外した。
 手袋同士でやりとりするのは礼儀がなっていないのかなと心配になって、私も一緒に手袋を外す。

「今日だけじゃなくて、明日も明後日も寒いから……」
「お互いに気をつけないとだね」

 使い捨てカイロを手渡す際に、織原くんの指に触れた。
 どっちの指も涙が出そうなくらい冷え切っていて、二人で急いで手袋をはめた。

「もっと保温性のある手袋欲しいー!」

 屋上に、織原くんの声が響く。
 チョークアートの作業をしている人たちが織原くんの方を振り向いて、みんなが織原くんの一言に笑顔を浮かべた。
 そして再び、それぞれの作業へと戻っていく。

「さて、今日も花びら担当、頑張りますかっ」
 
 手を取られる。
 今日はどこの花びらを塗るか説明を受けていて、織原くんに屋上を案内してもらう必要はない。
 それなのに、私たちは手を繋いだ。