ただそれでも、なるべく最後まで足掻いてみようと思った。
 残された命が、時間の経過とともに減っていくのはどうしようもないが、手を繋ぐという行為によって減っていくのであれば、まだ対処のしようがありそうだったから。

「俊哉くん、えと、その……」

「はいはい。大丈夫だって、ほら」

 昼休み。晴れた中庭で一緒に弁当を食べ、食後の休憩のひと時に、楓と手を繋ぎながら、考えた。
 最初に思いついたのは、至極単純な発想。
 極力、楓と手を繋がないようにすることだ。
 楓と手を繋ぎさえしなければ、少なくとも俺の余命が減ることはない。そうなれば、この死神の呪いのような余命は気にする必要がなくなって、これからも楓と一緒にいることができる。手を繋ぐのは1年に1回、多くても2回に抑えておけばいいわけだ。

「俊哉くん、一緒に……帰ろ?」

「ああ、行こうぜ」

 放課後。楓と肩を並べ、朝登校してきた道を歩きながら、考えた。
 もし、なるべく楓と手を繋がないようにするならば、問題となるのは楓に俺の余命のことをどう説明するか、だ。すべてを正直に、素直に話して、信じてもらえるだろうか。

「俊哉くん、その……もうちょっとだけ、一緒にいたい……です」

「そうだな。じゃあ、駅前のカフェにでも寄ってくか? なんか新作出たらしくて、これが美味しいんだってさ」

「ほ、ほんと? やった……! あ、あと、それとね……」

 ちょん、と楓は指先で俺の右手の甲をこついてきた。
 ちょんちょん、ちょんちょん。
 甘え方が、いちいち可愛い。
 俺は、しっかりと彼女の手を握る。

「……ふふっ。その、ありがとう」

「ううん。こちらこそ」

 こんな甘え方が精一杯の楓に、俺は誤解なく説明できるだろうか。
 死神に命を助けてもらったこと。
 代わりに、余命を宣告されたこと。
 その余命は、楓と手を繋げば繋ぐほど減っていくこと。

「その……私、俊哉くんと手を繋ぐの、好き」

 ……無理だと思った。
 きっと、楓は真剣に俺の話を聞いてくれるだろう。辛そうに顔を歪めながらも、悲しそうに涙を湛えながらも、きっと楓なら信じて、約束してくれるだろう。

 でも。その先にある日常は、果たして幸せなんだろうか。
 手を繋ぐのは、内気で不器用な楓との大切な意思疎通のひとつだ。
 付き合い始めて間もないころ、俺たちは恋愛初心者でどうしたらいいかわからなかった。なんとなく気まずくて、恋人になる前はそれなりに弾んでいた会話もぎこちなくなって、このままじゃヤバいかもなんて思った。
 そんな時に、楓はそっと俺の小指を握った。握ってくれた。
 それが彼女なりの、精一杯の勇気で、愛情表現だった。
 あの時から、俺たちは手を繋ぐことで心の距離を縮めてきた。
 いつしかそれが当たり前の温もりとなって、日常の幸せを噛み締めてきた。

 それに、制限を課す?
 1年に1回、多くても2回?
 そんな、単純な話じゃない。
 その限りある回数で、手を繋ぐたびに思うのは、感じるのは、きっと幸せじゃない。
 悲しくて、苦しくて、辛くて、胸が痛くなって、罪悪感すらも覚えて。
 そんな、負の感情ばかりが、きっと溜まっていってしまう。
 だから、この案は却下だ。

「ここのカフェのケーキ……すっごく美味しい」

「お、なら良かった。調べてきたかいがあった」

「え! そう、だったんだ……。その、嬉しい。ありがとう」

「……おう」

 駅前のカフェ。真向かいの席で顔を綻ばせる恋人を眺めながら、考えた。

 ……それなら、俺はどうすればいい?

 余命のことを隠して普段通りに手を繋げば、わりと早い段階で俺の命は尽きる。恋人である楓を、悲しませることになる。
 楓の心に、一生残り続けるような傷を作ってしまうかもしれない。
 それは嫌だ。絶対に嫌だ。そうなるくらいなら、いっそ……。

「楓」

「ふぁい? なーに?」

 俺の呼びかけに、楓はケーキで頬を膨らませながらこっちを見た。

「近々、旅行にでも行かないか?」
 
 最後の思い出づくり。
 せめてものわがまま。
 これが終わったら、楓に伝えよう。

 嫌いになったから別れてほしい、と。
 
「うん! 旅行、行きたい……!」

 大好きな楓の笑顔が、胸に沁みる。
 ドラマとかでありがちな展開だな、なんて思ったのに。
 いざ自分の身に起こると、悲しくてたまらなかった。