「ん………」


目を開けると、そこは自分の部屋ではなかった。

でも、知ってる部屋。


基本的に灰色で統一されていて、極端に物の少ない広い部屋。


煌雅の部屋。


ガチャ、と扉が開いた。


「………! ごめん。家分かんなかったからかってに俺の家連れてきた。起こした?」


煌雅の手にはお皿と小さなお鍋が乗ったお盆。


「食べられそう? 一応お粥持ってきたんだけど」


お鍋からはとても食欲を誘う匂いが漂ってくる。


「うん、ごめんね。ありがとう」


煌雅は無闇やたらに謝られるのが嫌いだ。

だから、ごめんの後にはありがとう。


「いいや、大丈夫だよ。春瀬こそ大丈夫? 熱測ってみ?」


サイドテーブルの上に置いてあったらしい体温計を渡される。


私が体温を測っている間に、お粥をお皿にとりわけてくれた。

できる男だ。


ピピピピッ


体温計が鳴り、その数値を見ると[37.9℃]。


「まだ熱あるから休んでって。家に電話して迎えに来てもらおう?」

「私、一人暮らし。親の連絡先は知らない。住所しか」

「あー……。じゃあ、今日泊まってきなよ。そんなフラフラのままひとりで過ごされる方が怖いし」


突然の誘いに私は煌雅を見る。


「大丈夫。変な心配はしなくても、何もしないって誓うから。着替えはどうする?」


どんどん話が進んでいく。


「でも、あの、迷惑だし……」

「いや、むしろ俺のほうが邪魔だよ」


そういいながら渡されたお粥。


「あ。食べさせたげる」

「えっ、大丈夫」

「はい、口開けて。あー」


その声に、つい口を開けてしまった。


口の中に、温かい味が広がる。


「ん…、美味しい……」

「……っ! ふっ、よかった」


私が素直に感想を漏らすと、煌雅は少し驚いたように目を見開いてから微笑んだ。



お粥を食べ終わると、片付けるために煌雅は部屋から出ていった。


こうしていると、緊張してきた。

ずっと、ずっと煌雅の匂いに包まれてる。


シトラスのさっぱりとした香りに少し混じる、バニラのような甘い香り。

そのふたつの香りがうまくバランスを保っている。


この匂いに包まれているだけで幸せだ。