「えっ、みんなテスト勉強とか真面目にやるの?」

 週が明けて月曜日がやって来た。今日も春の穏やかな気候で、心までほっと和やかな心地がする。桜はもう散ってしまったけれど、新しい出会いに、胸の高鳴りは抑えられない。
 昼休みに、みんなで春樹くんを学校案内しようと計画していたので、まずはディーン高校の一年間のスケジュールを話した。テスト勉強の話になって、春樹くんの両目が大きく見開かれる。本当に、絵に描いたような「丸い目」をしていたので、私はおかしくてつい笑ってしまった。

「あったりまえでしょ。赤点なんか取ったら、補講、補講、の毎日で、それこそ鬱になっちゃうんだから」

 どうやら春樹くんは、この世界ではあまりテスト勉強などやる気ではなかったらしい。それを、理沙ちゃんが軽く注意している。理沙ちゃんはいつも真面目にテスト勉強をしていて、成績は常にトップクラスだ。もし現実世界で生きていたら、彼女は絶対学級委員長になっていたはずだ。私や理沙ちゃんたちが現実の高校に通っている姿を想像すると、胸があたたかくも切なくなった。

「そうかー……うう、そうなんだ……。僕、勉強はあんまりだったから、さあ」

 春樹くんは分かりやすく落ち込んでいる。勉強が苦手だというのは意外だった。教室の隅で本なんか読んで、授業は聞かないけどテストではさらっと高得点をとり、担任の先生を困らせるようなタイプだと勝手に思っていたから。
 なんて、口にしたらド偏見だと怒られるかもしれないなあ。

「夏海、全部口から漏れてっから」

 龍介が私の方を向いて、腹を抱えてくくくと笑っている。
 私は「え?」と一瞬固まり、顔が熱く火照るのを感じた。

「ご、ごめんなさいっ。これはその、本当に勝手な想像というか……」

「妄想じゃないの」

「うう、そうだね……妄想、していました」

 理沙ちゃんに軽く怒られてしゅんとしていると、春樹くんは「まあまあ」と小さく笑っていた。

「勉強は、ほどほどに頑張るよ」

「そうしようぜ。俺なんていっつも赤点スレスレだからな!」

「あんたはもうちょっと努力しなさい」

 イテ、とまたもや理沙ちゃんが龍介を小突く。こんな光景は見慣れているから、もう私はなんとも思わないのだけれど、春樹くんにとって二人のツッコミとボケが新鮮に映ったんだろう。「やっぱり仲いいんだね」と爽やかな感想を口にしていた。

「とにかく勉強の話はこれで終わり。わからないことがあったら私に聞いて」

「ありがとう。藍沢さん」

 話の主導権をすっかり握っている理沙ちゃんは、どことなく満足そうに得意げな顔をしていた。ダメだダメだ。もともと今日春樹くんを案内しようと誘ったのは私なのに。私は慌てて、「それじゃあ」と口を開く。

「この学校の案内をするよ。春樹くん」

 私がにっこり笑って春樹くんの方を見ると、春樹くんは目を細めて「お願いします」と小さく頭を下げた。いちいち礼儀正しいところが可愛い。あれ、私なんで男の子に対して「可愛い」なんて思ってるんだろう。

「それじゃ、出発進行!」

 龍介の合図とともに私たち四人は教室をあとにする。
 西日差す暖かな教室とは違い、廊下の空気は少しだけツンと冷えていて、私は一人、小さなくしゃみを披露した。