それから私は、来る日も来る日も夜の学校でピアノを弾いていた。校門の横にある扉がいつも開いていたからだ。よく見ると、鍵の部分が壊れているのだと分かった。
まんまるの月、ちょっとだけ欠けた月、三日月、新月。
いろんな月を見ながら学校へと向かう道は、私の生活で一つの楽しみだ。
「光莉、いつもどこに出かけてるの?」
夜の学校に行くようになってから二週間ほど経った頃、いつものように夜8時過ぎに目覚めて外に出ようとしていた私に、母は声をかけてきた。
私は一瞬、母に本当のことを伝えるべきかどうか悩んだ。言わない方がいいと思いながらも、母にはこれまで散々心配をかけてきたので、私は毎晩以前通っていた高校の音楽室でピアノを弾いているのだと言った。
「まあ、そんなことしてたの? 勝手に学校入っちゃダメじゃない」
「そうなんだけど、家じゃ夜にピアノ弾けないから」
「……」
私が反論すると、母は何か考え込むような顔をした。
母にとって、塞ぎ込んでいた私が外へ出るようになったことが嬉しかったのだろう。だから、ピアノを弾きたいという私の想いを、簡単に踏み躙るようなことができないのだ。
「それなら、ちょっと先生に掛け合ってみるわ」
「え?」
「夜に学校に入ってもいいって、許可を取るの」
母が言うことは、およそ現実的ではなかった。でも、そこまでして私にピアノを弾かせてあげたいという母の想いはしっかりと伝わってきた。
翌日、母は早速学校に連絡をしてくれた。なんと、校長が直接話がしたいということで、母は昼間学校に向かった。名目上は、「校門の隣の扉の鍵が壊れているのを娘が見つけたんです」と教えてあげるためだったが、私のことも一から伝えてくれたようだ。
校長先生はもともと、私が病気で学校を辞めざるを得なくなったことに、心苦しさを覚えていたようだ。私のために何かできることがあるならしてあげたいと言ってくれたという。なんて素敵な校長先生なんだろう。
扉の鍵が壊れているのを発見してくれたお礼だといい、鍵が直ったあと、校長は母に扉の鍵を渡してくれた。
こうして私はいつでも、好きな時にあの小さな扉から夜の学校へと忍び込むことができるようになった。鍵をもらったことで、後ろめたさは完全に消え、母のしてくれたことに私は感謝するのだった。