きみは、月の光


 私は、昴としっかり手を繋いで明け方の街を走る。行くあてはない。とにかくあの母親が諦めるまで、あの母親が追いかけてこなくなるまで、息を切らして走り続けた。
 学校を通り過ぎ、始発電車すら動いていない駅を駆け抜ける。駅で休憩しようと思っても、執念深く追いかけてくる昴の母親。
「昴、許さないわよ!!」
 一体何が彼女の狂気をそこまで駆り立てているのか分からなかったが、昴の母親が恐ろしいほどに昴に敵意を向けていることだけは伝わってきた。私は何度も身震いしながら、明け方の街を駆け抜ける。
「光莉っ、もう、もういいよ……! もう家に帰ろう。そうじゃないときみが」
「私なら大丈夫だから、諦めないで!」
 嘘だった。本当は、日の光を浴びてぎしぎしと細胞が燃えるような痛みが、全身を這いずり回っていた。口からひゅーひゅーという悲鳴にもならない声が漏れる。
 苦しい。息ができない。眠くて意識がぼわんぼわんと弾け飛びそうだ。
 全身が太陽に灼かれ、私は今、自分の命が削られていることを感じていた。
 でも……それでも、逃げないと。昴をあの母親の魔の手から救うために。もう一度、二人で幸せな夜を過ごすために。
「光莉っ!」
 世界が暗転した。身体が地面に叩きつけられた衝撃で、肩も、膝も、お尻も、痺れるように痛かった。でもそれ以上に、身体の内部が熱で溶けそうなほどの痛みに、意識が朦朧としている。
「光莉、光莉……!」
 昴の叫び声だけが、私の耳に何度もこだまする。母親の声は聞こえない。諦めたんだろうか。ようやく、諦めてくれたのだろうか。
 ほっとした気持ちと同時に、昴が私の身体を抱き上げる感触がした。朦朧とした意識の中、目も開けられず、瞼に焼き付ける光を、昴の顔が遮ってくれていた。
「す、ばる」
「光莉、もう大丈夫。大丈夫だよっ。だから気をしっかり持って……! 救急車呼ぶから」
 自分のスマホを持っていなかった昴は、私のポケットをまさぐり、震える声で救急車を呼んだ。助けが来てくれるまでの間、必死に昴が私に声をかける。
「ごめん……僕のせいで、こんなことに」
 ああ。否定したい。でも、声がもう出ない。私は力なく首を横に振った。
 それが、私が太陽の下で彼に答えた会話の最後だった。