きみは、月の光


 しばらくの間、私は放心状態で視界の端に映り込む光の玉を眺めていた。
 私のピアノを綺麗だと褒めてくれた昴を思い出す。
 久しぶりに学校に来て、私のピアノが聞こえてきて気になったのだと言ってくれた。
 彼の笑顔や言葉の一つ一つに、私は幾度となく励まされてきたのだ。たとえ夜しか生きられなくても、夜の学校でピアノを弾くことしか生きがいがなくても、きみという月の光に出会って、私の世界は優しい光に包まれていったんだよ——。
 昴が昼間、学校に行っている気配がないのには薄々気づいていた。
 今まで踏み込むのが怖くて、彼の心の核心に触れるようなことは聞けなかった。
 昴が抱えているのはおそらく、家庭の問題だ。おばあちゃんのことで、何か学校に行けない事情があるのだろう。最近、待ち合わせに遅刻することが増えたのも、家庭でトラブルがあったのだ。
 私はもう、昴に励まされてばかりの自分は嫌だった。
 椅子から立ち上がると、イルミネーションの見物客がもうとっくにいなくなっていることに気づいた。先ほどまでずっと考え事をしていて、周りの様子が見えていなかったのだ。時刻は午後12時を過ぎた。私はスマホで両親宛に、「もう少し帰るのが遅くなります」と送った。
 昴の心と正面から向き合いたい。そうしなければ、私の胸に巣食うこのもやもやは一生晴れないだろう。
 公園から外へと踏み出して、先ほど昴が走って行った駅の方へと向かう。昴の家の場所を私は知らない。どの辺に住んでいるのかということだけは知っているものの、ピンポイントの住所は分からない。それでも私は、最終電車に乗って私たちの住んでいる地域の最寄駅で降りると、一目散に彼の家があるというエリアまで走った。
「はあ、はあ……どこ?」
 昴が住んでいると以前教えてもらった地域は、私の家から徒歩で30分ほど離れた閑静な住宅街だった。
 私はそんな住宅の間の道を、表札を見ながら走っていた。「奄美」という変わった苗字は他に間違えることもないだろう。暗い夜道だったけれど、ほとんどの住宅に、センサー付きのライトが据え付けられていて、私が道を通るたびにまばゆい光を浴びせられた。そのたびに身体をきゅっと縮こませながら、私は直接光を浴びないように避ける。ヨタヨタと蛇行するように走った。
「昴……!」
 声を出して叫んでみたけれど、もちろんどこからも昴の返事は聞こえてこなかった。もう諦めるしかないのだろうか。だけど、私は明日、もう一度昴に会えるという自信がなかった。今までは毎日のように夜に顔を合わせていたが、今日の昴の様子はいつもとは違っていた。おばあさんから電話が来て、重大なことを思い出したかのように唖然とした表情をしていたのだ。