きみは、月の光

「……ごめん、僕行かなきゃ」
 譫言のように呟いた昴に、私は何事かとはっとさせられた。
 彼の身体が震えている。
 一体どうしたんだろう。
「もしかして、おばあちゃん?」
 この時間に電話をしてくるのは家族以外にはあまり考えられないだろうと思い、私はそう聞いた。
 私の疑問に、彼が驚いたような視線を向け、それからすぐにこくんと頷いた。
「ごめん光莉。せっかくのデートなのにこんなことになって。告白してくれて嬉しかった。期待に応えられなくて、本当にごめん」
 彼の中で、何か葛藤があるのだということはすぐに分かった。でも私は、彼の本音を今ここで探り当てるほどの勇気はない。
 ごめん。ごめん。
 何度も彼の口から紡ぎ出される謝罪の声に、私の心はどんどんくすんでいく。
「ううん、いいよ。それよりおばあちゃんのところに、早く行ってあげて。また落ち着いたら会えるんだし」
「ありがとう」
 椅子から立ち上がり、彼ははめていた手袋を脱いだ。電話に出るのだろう。その手の甲と、コートの袖口から覗く手首に、赤黒い痣があるのを、私は見逃さなかった。
 確か、前にも足首に、同じような痣を見た気がする——。
「昴」
 たまらなくなって、私は昴の背中に声をかけた。でも昴は、スマホを耳に押し当てて、電話の向こうのおばあちゃんの声を聞いている。そのまま、私の声は聞こえなかったふりをして、駅の方へと駆け出した。
「なんで」
 公園の椅子に一人、取り残された私は、頭の中が真っ白になっていた。
 好きだと言ってくれたのに付き合えないと言われたことも。
 昴の手足から覗く痣の痛々しさも。
 全部、私には解決できないことなのかと言われているような気がして。
 昴の中に、私には言えない大きな不安の塊がきっとあって。
 私はその不安を、拭いたいと思うのに、何もできないでいることが悔しくてたまらなかった。