「……見たことないだろっ」
「幼なじみって設定だもん。何度も見てるはずでしょ」
ケラケラと屈託なく彼女は笑った。それから、じっと七生を見つめる。
「オリンピックでも、そうでない舞台でも、七生のスケートが一番好き」
言って、彼女はプッと噴き出す。
「今の、少年漫画のヒロインって感じだったよね?」
「二十年前のな」
けれど、今の彼女の台詞は七生にとってすごく意味のある言葉な気がした。
(オリンピックでも、そうでない舞台でも……か)
オリンピックはやはり特別な、憧れ続けてきた舞台だ。だけど……。
(俺はオリンピックに出たいから、スケートをしているのか?)
それは違うと、素直に思えた。大きな目標のひとつだけれど、すべてではなかった。
(見てくれた人が一生忘れられないような、そんなプログラムを演じたい)
それが一番の目標だったはずなのに、いつの間に忘れていたんだろう。
「こないださ、七生、『なにも持たない人間になる』って心配してたじゃない?」
「うん」
「私は、あの台詞をかっこいいって思った。だって、ほかになにも残らないって言い切れるほど、スケートにすべてを懸けてきたってことでしょう?」
頬を紅潮させ、目を輝かせて、彼女は言った。
「最高に、めちゃくちゃ、かっこいいことじゃん!」
久しぶり、本当に久しぶりに、心に火がついた気がした。
(――あぁ、いい演技をしたいな。青春すべて、費やしてきてよかったと思える演技を)
全身が熱くなって、リンクの冷たい空気が恋しくなる。
「お、いい顔になってきた」
下からのぞき込むように、雀が顔を近づけてきた。まるでキスするみたいな距離感に七生はたじろぐ。赤面しているかもしれない顔を隠すように、スタンドカラーのジャージの襟を引っ張った。
七生の焦りを知ってか知らずか、雀は無邪気に笑っている。
その笑顔にまた、鼓動がうるさく騒ぎ出す。
これは、ただの『ごっこ』遊び。そう自分に言い聞かせても、七生の胸はこれまで知らなかったざわめきを覚えた。胸が熱くて、かすかに痛い。『切ない』という単語の意味を、生まれて初めて実感したような気がする。
(好きだ。雀のことが、すごく好きだ)
スケートしかしてこなかったから、自分は多分、女子に免疫がない。こんなふうに近い距離で長い時間を過ごしたことなどなかったから……もしかしたら、出会ったのが雀でない別の子でも同じように好きになったかもしれない。
だけど、そんなのどうでもいいことだ。
あの夜、雀と出会った。七生にはそれがすべてなのだから。
「夜って、いいよね。なんか、特別で無敵で……永遠に続きそうな気がする」
深い紫色の空に、彼女は白い両手をかざした。
「あぁ、ちょっとわかる」
自分たちはまだ高校生で、しょせんは子どもだから。
夜は特別に許された時間のように感じられるのだ。
「昼間と繋がってるなんて、信じられないよな」
「そうそう! 夜は夜だけの世界に思える」
特別な世界で、彼女とふたりきり。それが嬉しくて、無意識に口元が緩む。
サァと吹いた夜風で、夏祭りで買う綿菓子みたいにふわふわな、彼女の髪が揺れた。
(あ、また……)
伏せた長い睫毛の下、栗色の瞳が不安そうに居場所を探している。
雀は天真爛漫で、いつだって元気いっぱい……に見えるけど、本当はそうじゃない。時々、ひどく寂しげな目をして、そのまま夜の闇に消えていってしまいそうに見えるときがある。
「雀っ!」
七生は思わず小さく叫んで、彼女の二の腕をつかんだ。脂肪も筋肉もついていない、か細い腕だった。
「え?」
「幼なじみって設定だもん。何度も見てるはずでしょ」
ケラケラと屈託なく彼女は笑った。それから、じっと七生を見つめる。
「オリンピックでも、そうでない舞台でも、七生のスケートが一番好き」
言って、彼女はプッと噴き出す。
「今の、少年漫画のヒロインって感じだったよね?」
「二十年前のな」
けれど、今の彼女の台詞は七生にとってすごく意味のある言葉な気がした。
(オリンピックでも、そうでない舞台でも……か)
オリンピックはやはり特別な、憧れ続けてきた舞台だ。だけど……。
(俺はオリンピックに出たいから、スケートをしているのか?)
それは違うと、素直に思えた。大きな目標のひとつだけれど、すべてではなかった。
(見てくれた人が一生忘れられないような、そんなプログラムを演じたい)
それが一番の目標だったはずなのに、いつの間に忘れていたんだろう。
「こないださ、七生、『なにも持たない人間になる』って心配してたじゃない?」
「うん」
「私は、あの台詞をかっこいいって思った。だって、ほかになにも残らないって言い切れるほど、スケートにすべてを懸けてきたってことでしょう?」
頬を紅潮させ、目を輝かせて、彼女は言った。
「最高に、めちゃくちゃ、かっこいいことじゃん!」
久しぶり、本当に久しぶりに、心に火がついた気がした。
(――あぁ、いい演技をしたいな。青春すべて、費やしてきてよかったと思える演技を)
全身が熱くなって、リンクの冷たい空気が恋しくなる。
「お、いい顔になってきた」
下からのぞき込むように、雀が顔を近づけてきた。まるでキスするみたいな距離感に七生はたじろぐ。赤面しているかもしれない顔を隠すように、スタンドカラーのジャージの襟を引っ張った。
七生の焦りを知ってか知らずか、雀は無邪気に笑っている。
その笑顔にまた、鼓動がうるさく騒ぎ出す。
これは、ただの『ごっこ』遊び。そう自分に言い聞かせても、七生の胸はこれまで知らなかったざわめきを覚えた。胸が熱くて、かすかに痛い。『切ない』という単語の意味を、生まれて初めて実感したような気がする。
(好きだ。雀のことが、すごく好きだ)
スケートしかしてこなかったから、自分は多分、女子に免疫がない。こんなふうに近い距離で長い時間を過ごしたことなどなかったから……もしかしたら、出会ったのが雀でない別の子でも同じように好きになったかもしれない。
だけど、そんなのどうでもいいことだ。
あの夜、雀と出会った。七生にはそれがすべてなのだから。
「夜って、いいよね。なんか、特別で無敵で……永遠に続きそうな気がする」
深い紫色の空に、彼女は白い両手をかざした。
「あぁ、ちょっとわかる」
自分たちはまだ高校生で、しょせんは子どもだから。
夜は特別に許された時間のように感じられるのだ。
「昼間と繋がってるなんて、信じられないよな」
「そうそう! 夜は夜だけの世界に思える」
特別な世界で、彼女とふたりきり。それが嬉しくて、無意識に口元が緩む。
サァと吹いた夜風で、夏祭りで買う綿菓子みたいにふわふわな、彼女の髪が揺れた。
(あ、また……)
伏せた長い睫毛の下、栗色の瞳が不安そうに居場所を探している。
雀は天真爛漫で、いつだって元気いっぱい……に見えるけど、本当はそうじゃない。時々、ひどく寂しげな目をして、そのまま夜の闇に消えていってしまいそうに見えるときがある。
「雀っ!」
七生は思わず小さく叫んで、彼女の二の腕をつかんだ。脂肪も筋肉もついていない、か細い腕だった。
「え?」