「不安って、起きる〝かもしれない〟ことを心配してるだけなんだよ。起きてから、悩めば十分じゃない?」

 はたして、それは正論なのだろうか。七生は納得いかないという顔で答える。

「起きてからじゃ遅くないか? 取り戻せないものだってあるだろ」

 雀は強い目を、まっすぐに七生に向けた。

「遅くないよ。今や人生百年時代だもん。大学だって就職だって、いつからだってできるよ」
「そういう理想論、俺は大嫌い」

『あとはメンタルだけだ。自信を持って』

 これも大嫌いな理想論。
 気の持ちようで成功できるのなら、アスリートは全員金メダリストになれる。

「なら青春は? 四十代で、制服着てデートはできないだろ」

 屁理屈だとわかりつつも、つい雀に反論する。久しぶりに同世代と、哀れまれずに会話をできることが楽しかったのかもしれない。口をとがらせた表情とは裏腹に、七生の心はどこか弾んでいた。

「あ~。それはたしかに。青春だけは今しかできないかも」
「だろう?」

 勝ち誇った七生に、雀は小悪魔めいた笑みで「じゃあさ」と言った。

「私と『青春ごっこ』しない?」
「はぁ?」
「生駒くんの不安要素は大学と就職と青春なんでしょ。前のふたつはおじさんになってからでもできる。あとは青春さえゲットできれば、もう不安はなくなるよ?」

 全然わからない理屈だ。けれど、七生は彼女の言葉の続きを待ってしまった。

「この夜の間だけ、私たちは恋人同士。一緒に青春しようよ、七生!」

 言って、彼女は七生に向かって手を差し出した。
 暗い夜を照らす、一番星みたいな雀の笑顔。
 憧れの選手の演技を初めて間近で見たあの日より、世界の舞台で表彰台にのったあの瞬間より……信じられないほどの強さで、彼女は七生の心をわしづかみにした。