雀が自分を知っていたのは、担任から七生の存在を聞いたからとのことだった。
「私、フィギュアスケート観るの結構好きなんだ。依ちゃんの、トリプルアクセルかっこいいよね」
白雪依子は日本一知名度の高いフィギュアスケーターだ。女子ではまだまだ難しい技である三回転アクセルを武器に、前回のオリンピックで銅メダルを獲得した。彼女の拠点はカナダで、先日まで七生も所属していたクラブだ。
「テレビで依ちゃんの密着番組をやっていて、そのときに生駒くんも出ていたでしょ。それで知ったの。依ちゃんが『お手本にしたいくらいジャンプの上手な選手』って言ってたよね」
「あんなの、テレビ向けのお世辞だよ」
「依ちゃんは、お世辞は言わないと思うな」
「……会ったこともないくせに」
「うわ、自分は依ちゃんと仲良しってアピール? 感じ悪~い」
雀は屈託なく笑う。
(なんで不登校なんだろ)
そんな疑問が七生の頭をよぎる。雀は今どきっぽい、かわいらしい顔をしている。ジャージと衣装しか着ない七生にはよくわからないが、ファッションセンスもありそうだ。明るいし、お喋り下手でもない。むしろクラスの人気者ってタイプに見えるが……。
(イジメとか?)
七生は小難しい顔で眉をひそめる。
女子の世界は難しいとよく聞く。人気者だからこそ、イジメられるなんてケースもありそうだ。自分が詮索していいことじゃない。
だけど……ひとつだけ。衝動のままに七生は口を開いた。
「将来……が不安になったりすることない?」
言ってしまってから、七生は焦りまくって慌てて両手で口を押さえた。
(やべっ。失言……なんてレベルじゃないよな)
七生は失言の多い人間だ。考える前に口から言葉がでてきてしまうタイプ。でも今のは、七生の失言語録のなかでもトップクラスに問題だ。
(不安がないわけないじゃないか。それでも行けないから不登校になるわけで……)
どう言い訳しても失礼すぎることに変わりないので、正直に「ごめん」と口にする。
「無神経だった。ただ……俺もほとんど学校行けてなくて、青春とか? そういうの経験しないままに大人になるの不安だったりして」
自分の性格の悪さに少し落ち込む。結局、自分が不安だから。不安でたまらないから、彼女に共感してほしかっただけなのだろう。
けれど雀はあっけらかんと首を横に振った。
「将来かぁ。私は、全然不安じゃないな」
「そうなの? 家がめっちゃ金持ちとか?」
はははっと声をあげて雀は笑う。
「全然。フィギュアスケートをできる生駒くんちのほうが、きっとお金持ちだと思うな」
くりっとした瞳が七生の顔をのぞく。
「生駒くんも不安になる必要なんかないでしょ? スケートがんばってるんだし、それが青春じゃダメなの?」
「俺、絶賛スランプ中だから。このまま浮上できなくて、スケートがダメになったら……なにも持たない人間になる。友達も彼女も、青春の思い出もなくてさ」
勉強はあまり得意じゃない。今の練習量を維持しようと思ったら、いい大学に進学するのも難しそうだ。
「この道を突き進んでいいのか、不安で仕方ない。今ならまだ……間に合う。普通の高校生になって、青春して、大学行って、就職する。ちょっとスケートの滑れるサラリーマンになれるかもしれない」
母の後を継いでコーチにはなれるかもしれないが、今や日本はフィギュア大国。オリンピックメダルを持った選手が何人もいるのだ。そんななかで、目立つ実績もなしにやっていくのは苦労が多いだろう。
ふいに、雀が大人びた表情を見せる。
「私、フィギュアスケート観るの結構好きなんだ。依ちゃんの、トリプルアクセルかっこいいよね」
白雪依子は日本一知名度の高いフィギュアスケーターだ。女子ではまだまだ難しい技である三回転アクセルを武器に、前回のオリンピックで銅メダルを獲得した。彼女の拠点はカナダで、先日まで七生も所属していたクラブだ。
「テレビで依ちゃんの密着番組をやっていて、そのときに生駒くんも出ていたでしょ。それで知ったの。依ちゃんが『お手本にしたいくらいジャンプの上手な選手』って言ってたよね」
「あんなの、テレビ向けのお世辞だよ」
「依ちゃんは、お世辞は言わないと思うな」
「……会ったこともないくせに」
「うわ、自分は依ちゃんと仲良しってアピール? 感じ悪~い」
雀は屈託なく笑う。
(なんで不登校なんだろ)
そんな疑問が七生の頭をよぎる。雀は今どきっぽい、かわいらしい顔をしている。ジャージと衣装しか着ない七生にはよくわからないが、ファッションセンスもありそうだ。明るいし、お喋り下手でもない。むしろクラスの人気者ってタイプに見えるが……。
(イジメとか?)
七生は小難しい顔で眉をひそめる。
女子の世界は難しいとよく聞く。人気者だからこそ、イジメられるなんてケースもありそうだ。自分が詮索していいことじゃない。
だけど……ひとつだけ。衝動のままに七生は口を開いた。
「将来……が不安になったりすることない?」
言ってしまってから、七生は焦りまくって慌てて両手で口を押さえた。
(やべっ。失言……なんてレベルじゃないよな)
七生は失言の多い人間だ。考える前に口から言葉がでてきてしまうタイプ。でも今のは、七生の失言語録のなかでもトップクラスに問題だ。
(不安がないわけないじゃないか。それでも行けないから不登校になるわけで……)
どう言い訳しても失礼すぎることに変わりないので、正直に「ごめん」と口にする。
「無神経だった。ただ……俺もほとんど学校行けてなくて、青春とか? そういうの経験しないままに大人になるの不安だったりして」
自分の性格の悪さに少し落ち込む。結局、自分が不安だから。不安でたまらないから、彼女に共感してほしかっただけなのだろう。
けれど雀はあっけらかんと首を横に振った。
「将来かぁ。私は、全然不安じゃないな」
「そうなの? 家がめっちゃ金持ちとか?」
はははっと声をあげて雀は笑う。
「全然。フィギュアスケートをできる生駒くんちのほうが、きっとお金持ちだと思うな」
くりっとした瞳が七生の顔をのぞく。
「生駒くんも不安になる必要なんかないでしょ? スケートがんばってるんだし、それが青春じゃダメなの?」
「俺、絶賛スランプ中だから。このまま浮上できなくて、スケートがダメになったら……なにも持たない人間になる。友達も彼女も、青春の思い出もなくてさ」
勉強はあまり得意じゃない。今の練習量を維持しようと思ったら、いい大学に進学するのも難しそうだ。
「この道を突き進んでいいのか、不安で仕方ない。今ならまだ……間に合う。普通の高校生になって、青春して、大学行って、就職する。ちょっとスケートの滑れるサラリーマンになれるかもしれない」
母の後を継いでコーチにはなれるかもしれないが、今や日本はフィギュア大国。オリンピックメダルを持った選手が何人もいるのだ。そんななかで、目立つ実績もなしにやっていくのは苦労が多いだろう。
ふいに、雀が大人びた表情を見せる。