「ふふ。さっき氷の上にいたときは、あんなにかっこよかったのに。別人みたい」

 七生はグシャグシャの顔をあげる。雀の顔が涙でにじんで見えないから、慌てて手の甲で目元を拭った。クリアになった視界の真ん中に、彼女の笑顔があった。

「七生。私ね、七生が大好き」

 彼女はホッとしたように、両手を胸に当てた。

「あぁ、言えた。よかったぁ。こんな私でも、ちゃんとがんばれた」
「俺も。雀が好きだ。すごく、すごく好きなんだ」

 それを聞いた雀の目に、涙があふれる。必死にこらえようとしたみたいだけど、宝石みたいに綺麗な滴がポロポロと落ちていく。

「やだな。泣かないって決めてたのに……」

 七生はゆっくりと彼女に顔を近づけた。

「なぁ雀。今日優勝したら……って約束、覚えてる?」
「うん、覚えてるよ」

 七生の瞳には雀だけが映っていて、彼女の瞳には自分だけが存在している。
 同じ速度で瞳を閉じる。優しく、唇が重なった。

 ――これが最初で最後のキスになる。

 お互いにわかっているから。だから、いつまでも、いつまでも。ふたりは瞳を閉じたままでいた。

 七生は奇跡を信じ続けたし、雀は最期まで逃げることなく闘った。

『ねぇ、七生。人は死ぬと空の上に行くっていうじゃない? 私は別の場所に行こうと思うんだ』
『どこに行くの?』
『ふふ。七生の一番好きな場所』
『俺の? 雀のじゃなくて?』
『そう。七生の大好きなリンクに、私はいつもいるから。だから、会いに来てね。寒いのは苦手なんだけど、七生と一緒ならまぁいいかな』
『うん、ふたりで滑ろう。一緒に踊ろう。約束だ』

 それが、彼女と交わした最後の会話だった。