「とうとうバレたか。私が七生よりお姉さんなこと」

 自分の身体のことを、雀はまるで他人事みたいにあっけらかんと語った。
 
「私の身体、あんまりよくないんだ。もう治療の手立てもなくて。だから今は終末期ってやつ? 最後だから自由に過ごしていいよって状態なの」
「そ……な」

 七生の声は言葉にならない。真っ白になった頭を彼女の台詞だけがグルグルと回る。

(終末期……最後ってなんだ?)
 
 日本語なのに理解できない。したくもなかった。

 雀の表情は穏やかで、女神みたいに優しい。

「自由になって、最後になにをしようかなって考えたとき……生駒七生に会ってみたいって思った」
「――俺に?」
「うん。前に言ったでしょ。依ちゃんの番組の端っこに映った七生を見たって。あのとき七生のファンになった」

『私、七生のスケート好きだよ』

 あれだけは嘘じゃなかったと、彼女はたしかに言っていた。

「本当に、俺のスケートを見たことがあったんだ」
「うん、テレビでだけど。何度も何度も転んでた。でも、そのたびに立ちあがって、また跳んでたね」

 クスリと笑う雀の瞳はキラキラと輝いていて、重い病におかされているとは到底信じられなかった。

「死んじゃう前に、どうしても会ってみたかったんだ。クラスメートなんて嘘で騙して、本当にごめんね」

 七生はブンブンと首を横に振る。あの嘘が、自分と雀を繋いでくれた。七生の心にもう一度、火をともしてくれたのだ。

(雀が死んじゃうなんて、そんなことあるはずない。大丈夫。医療技術は進歩してるって聞くし、いい薬が見つかるかもしれない。助かる。治る。雀は元気になるはずだ)

 七生はまっすぐに雀を見つめる。

「雀。俺、オリンピックに出る。知ってる? 次の冬季オリンピックは日本開催なんだ」
「知ってるよ。札幌だっけ」
「ちょっと遠いけどさ、応援にきてよ」

 雀の瞳に涙がにじむ。それを見ないふりして、七生は続けた。

「俺、もう弱音は吐かない。必死に練習する。それで今度はオリンピックの金メダルをとるから……雀は病気を治して、元気になって、札幌に来てほしい」

 雀は答えなかった。ただ、泣き顔みたいな笑みを浮かべるだけ。

 無理なんだろうか?

 オリンピックは来シーズン、もうすぐそこまで迫っているのに。

 ーーそれすら、ダメなのか?

「余命、あと三か月もないんだ。来春の桜が見られたらラッキーってレベルみたい」

 あまりの衝撃に、七生は言葉を失った。たった数か月、桜が咲く頃に彼女がこの世から消えているかもしれないなんて、どうしても信じられない。信じたくない。

「だから約束はできないや。ごめんね」

 七生は震える手で雀の両手を握った。

「嫌だ、嫌だ、嫌だ」

 七生の瞳からあふれる涙が、雀のスカートを濡らす。

「嫌だ、嫌だよ」

 聞き分けのない子どもみたいに、七生は同じ台詞を繰り返した。

 どうして雀なんだ、どうして七生が初めて恋した、その人なんだ。

 絶望と怒りがうねって、制御できないほどに大きくなる。「うわー」と叫び出したいけれど、本当に叫びたいのは、泣きたいのは、怒りたいのは七生じゃない。

 七生の頬に優しいぬくもりが触れる。温かい、雀の手だ。

「七生に会えてよかった。こんな身体だから〝がんばる〟こと、私には無理だと諦めてたけど……お母さんを説得して夜中にリンクに連れてきてもらって、大嘘をついてまで七生と仲良くなろうとして、一緒に青春できて……七生には迷惑だったかもしれないけど、私、幸せだったなぁ」
「迷惑じゃない。そんことない。……雀、雀っ」

 身体中の水分がすべて涙に変わるんじゃないかと思うほど、七生はボロボロと泣いた。