復活を賭けた大事な大会の前に、七生は怪我をしてしまった。ヤケになった彼と、喧嘩になる。

「自分だって……不登校なんだろ? それって逃げじゃないのかよ! 俺も雀も、逃げた者同士じゃんか」

 悔しいけど、「そんなことない」と否定できなかった。
 病気だから、身体が思うように動かないから。それを免罪符に、諦めたことがこれまでいくつあっただろう。七生みたいに「がんばった」と胸を張れるものが、雀にはひとつもない。

(『青春ごっこ』はもう終わり。七生と会うのは今日が最後……)

 これでいいのかもしれない。自分には彼の隣にいる資格がない。もともと嘘をついて彼を騙して、手に入れた縁だったのだから。

 だけど、胸の奥でなにかがくすぶり続けた。このまま死にたくない、死ねない。

(人生でひとつくらい、私も〝がんばって〟みたい)

 七生に告白をしよう。そう決意する。

 けれど十一月に入り急に気温がさがったせいか、雀は久しぶりに熱を出してしまった。
 二、三日、意識が朦朧として両親にものすごく心配をかけた。

「もう夜間の外出は禁止。入院したほうがいいくらいの状態なんだからね」

 目を真っ赤にした母を前にしたら、おとなしくうなずくしかない。

 応援に行くと約束した東日本大会。ショートプログラムの日は微熱がさがらず、母の外出許可はおりなかった。
 布団のなかで雀は祈る。

(明後日のフリープログラム。その日だけは、このポンコツな身体が動きますように)

 これまで信じていなかった神さまに、何度も何度も。

(明後日、七生の演技を最後まで見られたら。ひと言、好きと伝えられたら。もうそこで死んじゃってもいい。だから、どうか……)

 白銀に輝くリンクの上に、好きな人が立っている。

 すべてをその目に焼きつけるつもりで、雀は七生の演技を見つめた。有名な『白鳥の湖』の音楽にのせて彼が舞う。この世のものとは思えないほど美しくて、瞬きも、呼吸すら忘れて見入ってしまった。

 最後の一音にぴたりと合わせて、七生がフィニッシュのポーズを取る。その瞬間、ぶわりと鳥肌が立った。

(あぁ、そうか。私はきっと、今日の七生を見るために生まれてきたんだね)

 自分の人生にも意味があった。そう思えることが嬉しい。
 
 ◇ ◇ ◇

 表彰式など、すべてを終えて雀とふたりきりになったときには、もう日が暮れてすっかり夜になっていた。今日は会場の駐車場で、いつものようにベンチに座り彼女と向き合う。

「金メダル、本物だぁ」

 七生が首からさげたメダルに雀ははしゃいだ声をあげた。

「今日、来てくれてありがとう」

 雀の苦しみを知ろうともせず、ひどい言葉をかけたのに。それでも彼女は来てくれた。

「本当におめでとう。今日の七生を、私……死ぬまで、ううん。死んでも、忘れないから」

 七生は金メダルを外して、そっと雀の首にかけた。

「え、なんで?」

 戸惑う様子の彼女に告げる。

「これは雀のおかげで取れたメダルだから。雀のものでもある……と思う」

 雀は目を丸くして、恐々した手つきでメダルに触れる。

「これ……私の金メダルなんだ」

 くしゃりと彼女は笑った。

「嬉しい。私の人生には一番縁遠いものだったから」

 雀はきっと運動ができない身体なんだろう。それをまざまざと思い出して、七生は顔をゆがめる。

「ごめん、学校の先生に聞いたんだ。雀の病気のこと」