七か月前、四月。
病室の窓からは桜が見えた。
「残念ながら、もうこれ以上の治療は……」
いつも鬱陶しいくらいに、『がんばろう』『がんばって』と言い続けていた主治医の先生が今日はその言葉を発しなかった。
あと一年、生きられるかどうか。次の桜は見られないかもしれない。
余命宣告ってやつを受けて、両親はこちらが驚くほどに号泣していた。
「雀、雀っ」
ふたりに力いっぱい抱き締められた瞬間にようやく、「あぁ、自分はもうすぐ死ぬのか」と理解した。
そんなに悲しくはない。どうせ、生きていてもこのポンコツな身体じゃなにもできないから。友達も彼氏も夢も青春も、すべて雀には関係ない世界の出来事だった。
退院して自由に過ごしていいと言われたけれど、今さら学校に行く気にもなれない。『退学でいいよ』と両親には伝えたけれど、休学という形になったらしい。
自分の部屋で好きなおやつを食べて、のんびり過ごす。案外、悪くない最後だなと満足していた。
「あ、依ちゃん」
フィギュアスケーターの白雪依子がテレビに映った。スケートのルールは難しくてよくわからないけれど、彼女はかわいくてスタイルがいいから好きだった。
彼女の競技人生を振り返るドキュメンタリーのようで、今映っているのは数年前の映像らしい。
依子を追っていたはずの雀の目は、いつしか画面の端っこにいる少年に夢中になっていた。
(転んでばっかり。下手くそなのかな?)
技の難易度なんて知らない。転ばない人が上手で、転ぶ人は下手くそ。この競技に対する雀の知識はその程度だ。でも……下手くそな少年のジャンプから、なぜか目をそらすことができなかった。
何度も何度も転ぶ。氷に叩きつけられて見ているこっちが痛くなるほどなのに、彼は楽しそうに目を輝かせてまた転びに行くのだ。
(マゾ?)
なんとなく気になって、番組で紹介された彼の名前をメモする。ネットで検索したら、そこそこ有名な選手だったようで演技の動画がたくさん見つかった。
ただの暇つぶしのつもりだったのに、気がつけば彼のファンになっていた。
数年前に大きな怪我をしたらしい。たしかに最近の演技は結構ボロボロで、それでも彼は闘っていた。決して逃げずに。
スマホで動画を見る雀の頬に、透明な滴が伝う。
心を強く揺さぶられた。自分ではない誰かに、泣かされたのは初めてだった。
担任が自宅まで見舞いに来てくれたときの雑談で、彼が同じ学校の生徒だと知った。依子と一緒だった拠点のカナダから、日本に帰ってきてきたそうだ。練習するリンクは雀の自宅から、車なら三十分とかからない場所だ。
(会ってみたい。声を聞いてみたい。同じ学校なんだし、声をかけてもおかしくないよね?)
そこまで考えて、ふと我に返る。どう考えても、やばいファンだ。ストーカーで訴えられても文句は言えないかもしれない。
(けど、やばくてもよくない? もし訴えられたってさ、私……あとちょっとで死んじゃうんだし)
七生からしたら災難だったろう。今の雀はある意味、無敵で。なんでもできたし、なんでも言えた。
「死ぬ前にどうしても!」
魔法の言葉で母親を説得して、リンクまでの送迎を頼んだ。
「あなたのクラスメートだよ」
とんでもない嘘をついてでも、七生の記憶に残ろうとした。
「この夜の間だけ、私たちは恋人同士。一緒に青春しようよ、七生!」
強引に彼女のふりをした。
楽しかった、楽しくて仕方がなかった。幸せだった。
初めて……死にたくないって思った。
病室の窓からは桜が見えた。
「残念ながら、もうこれ以上の治療は……」
いつも鬱陶しいくらいに、『がんばろう』『がんばって』と言い続けていた主治医の先生が今日はその言葉を発しなかった。
あと一年、生きられるかどうか。次の桜は見られないかもしれない。
余命宣告ってやつを受けて、両親はこちらが驚くほどに号泣していた。
「雀、雀っ」
ふたりに力いっぱい抱き締められた瞬間にようやく、「あぁ、自分はもうすぐ死ぬのか」と理解した。
そんなに悲しくはない。どうせ、生きていてもこのポンコツな身体じゃなにもできないから。友達も彼氏も夢も青春も、すべて雀には関係ない世界の出来事だった。
退院して自由に過ごしていいと言われたけれど、今さら学校に行く気にもなれない。『退学でいいよ』と両親には伝えたけれど、休学という形になったらしい。
自分の部屋で好きなおやつを食べて、のんびり過ごす。案外、悪くない最後だなと満足していた。
「あ、依ちゃん」
フィギュアスケーターの白雪依子がテレビに映った。スケートのルールは難しくてよくわからないけれど、彼女はかわいくてスタイルがいいから好きだった。
彼女の競技人生を振り返るドキュメンタリーのようで、今映っているのは数年前の映像らしい。
依子を追っていたはずの雀の目は、いつしか画面の端っこにいる少年に夢中になっていた。
(転んでばっかり。下手くそなのかな?)
技の難易度なんて知らない。転ばない人が上手で、転ぶ人は下手くそ。この競技に対する雀の知識はその程度だ。でも……下手くそな少年のジャンプから、なぜか目をそらすことができなかった。
何度も何度も転ぶ。氷に叩きつけられて見ているこっちが痛くなるほどなのに、彼は楽しそうに目を輝かせてまた転びに行くのだ。
(マゾ?)
なんとなく気になって、番組で紹介された彼の名前をメモする。ネットで検索したら、そこそこ有名な選手だったようで演技の動画がたくさん見つかった。
ただの暇つぶしのつもりだったのに、気がつけば彼のファンになっていた。
数年前に大きな怪我をしたらしい。たしかに最近の演技は結構ボロボロで、それでも彼は闘っていた。決して逃げずに。
スマホで動画を見る雀の頬に、透明な滴が伝う。
心を強く揺さぶられた。自分ではない誰かに、泣かされたのは初めてだった。
担任が自宅まで見舞いに来てくれたときの雑談で、彼が同じ学校の生徒だと知った。依子と一緒だった拠点のカナダから、日本に帰ってきてきたそうだ。練習するリンクは雀の自宅から、車なら三十分とかからない場所だ。
(会ってみたい。声を聞いてみたい。同じ学校なんだし、声をかけてもおかしくないよね?)
そこまで考えて、ふと我に返る。どう考えても、やばいファンだ。ストーカーで訴えられても文句は言えないかもしれない。
(けど、やばくてもよくない? もし訴えられたってさ、私……あとちょっとで死んじゃうんだし)
七生からしたら災難だったろう。今の雀はある意味、無敵で。なんでもできたし、なんでも言えた。
「死ぬ前にどうしても!」
魔法の言葉で母親を説得して、リンクまでの送迎を頼んだ。
「あなたのクラスメートだよ」
とんでもない嘘をついてでも、七生の記憶に残ろうとした。
「この夜の間だけ、私たちは恋人同士。一緒に青春しようよ、七生!」
強引に彼女のふりをした。
楽しかった、楽しくて仕方がなかった。幸せだった。
初めて……死にたくないって思った。