練習を禁じられたことで、皮肉にも学校にはきっちり通えるようになった。お経みたいな先生の解説をぼんやりと聞きながら、空席の目立つ教室をぐるりと見回す。

(そういえば、雀の席はどこなんだろう?)

 この高校は、出席に融通がきく。だからアスリートや芸術、芸能関係の道を本格的に目指している生徒が多く通っている。七生も含め、休みがちな生徒は非常に多く、クラスの絆のようなものは皆無だ。

(この学校に毎日通ったところで、青春は無理かもなぁ)

 けれど、雀がいたらどうだろうか。同じクラスに彼女がいる。それはすごく幸せなことに思えた。

(雀の不登校の理由は知らないけど、俺が一緒なら学校に通えないかな?)

 彼女と一緒に登下校する、放課後に教室でお喋りをする、体育館へと続く渡り廊下でキスをする。

(スケート以外にも楽しいことはいっぱいある。別に人生からスケートが消えても大丈夫なんじゃないか)

 七生はひとりよがりに、雀との楽しい学校生活を思い描いた。

 そして夜、いつもの駐車場で七生は自分の思いつきを彼女に話す。

「へ?」

 雀は目を丸くして、ポカンと口を開けている。

「だから、一緒に学校に通わないか? どうして不登校なのかは知らないけど、俺が一緒に解決するから」
「……なんで急にそんなこと言い出したの?」

 警戒するように雀は眉をひそめた。

「その怪我と関係あるの?」

 七生の右足を見つめて、低くつぶやく。

「スケートもうやめようと思ってさ。ちゃんと学校行って勉強して、いい大学に入るんだ」

 自分が逃げただけの、ださくてかっこ悪い人間だという自覚はあった。だから、ことさらペラペラと、七生は輝かしい未来を語った。

「就職もがんばるよ。オリンピアンなんて稼げる保証もないし、それよりエリートサラリーマンになったほうが」

 凍えるように冷たい眼差しが、刺さる。

「別に。エリートサラリーマンでも、ニートでも、七生の好きなものになればいい。でも……」

 雀はキッと七生をにらむ。

「私の存在を逃げ道に使わないで。一緒にしないでよ」

 雀は、鋭い刃先をグサリと七生の心に突き立てた。反論の余地がない、図星だった。

 スケートをやめて学校に通うことが雀のためにもなる。そう思うことで、七生は自分を守ろうとした。夢を諦める情けない自分から目をそらすために、彼女を利用した。
 おまけにあっさり見抜かれて軽蔑された。羞恥心が七生を攻撃的にする。

「自分だって……不登校なんだろ? それって逃げじゃないのかよ! 俺も雀も、逃げた者同士じゃんか」

 ひどい言葉をかけている。ありえない八つ当たりだ。
 七生はベンチから立ちあがり、彼女に背を向けた。

「俺……もうスケートしないから、ここには来ない。今日はそれを伝えに来たんだ」

 長い沈黙が落ちた。それから、彼女の立ちあがる気配がする。

「そっか。じゃあもう『ごっこ』は終わりだね」

 最後だからか、彼女の声はいつもと同じように優しかった。

「ねぇ、七生。これが最後みたいだから、白状するね」