けれど運命は残酷で。

 やる気と気合いは必ずしもいい結果をもたらすとはかぎらない。フィギュアスケートは故障の多いスポーツで、だから一日の練習量はコーチと相談してきちんと決める。やみくもに跳び続ければいいってものじゃない。
 わかっていた。わかっていたはずなのに……。

(四回転フリップ。いい感触だったんだ。怪我前の感覚にかなり近づいてきてたし)

 かつては跳べていたジャンプ、あと少しで取り戻せる。欲が出た。もう一本、もう一本だけと練習を重ねて、でも身体は気持ちについてきてくれなかった。

 右足首の捻挫。

 軽傷ではあるが、一週間の安静を言い渡されてしまった。
 七生は下唇を噛み締めて、病院の冷たい床をにらむ。

「とりあえず一週間、しっかり休みましょう」

 コーチは冷静だ。まさかのタイミングでの怪我、どんな選手にも起きうること。落ち着いて戦略を練り直すのが彼女の仕事だ。

「大丈夫よ。東日本大会なら四回転なしでも闘える。今回は優勝を目指す必要はないわ。全日本選手権出場の切符さえつかめればいいんだから」

 今季は、東日本で上位八名までには入れれば全日本に出場できる。
 彼女の言うとおりだ。絶体絶命という事態ではない。怪我を直して、できる範囲の演技で闘う。振りつけのブラッシュアップが功を奏した。今のプログラムなら四回転がなくても、ミスなく演じきればいい得点がもらえるだろう。

 だけど――。
 七生は手にしていたジャージを思いきり床に叩きつけた。

「優勝を目指す必要はない? 俺は優勝したい! 次の大会で優勝したかったんだよっ」

 頭のなかがグチャグチャだ。このタイミングで一週間、ジャンプを跳べない。もう優勝なんて不可能だ。

 大怪我をして、『終わった』なんて馬鹿にされて、それでもしがみついて、あがいて……やっと取り戻したかすかな希望。

「来シーズンのオリンピック。出場の望みが薄いのは、自分でもよくわかってるんだ」

 出場選手の選考は一発勝負ではない。プレシーズンとなる今季の実績はものすごく重要だ。七生は国際大会の成績で、すでに大きく出遅れている。

「だからこそ、この東日本はどうしても勝ちたかった」

 復活を印象づける。でも、それだけじゃない。

 努力は実る、報われる。そんな理想論を、信じさせてほしかった。

(そうすれば次のオリンピックがダメでも、スケートを続けていける気がしたのに……)

 もう光は見えない。

 またスケート靴を履く自分が、どうしても想像できなかった。