「ベタで悪かったなぁ」

 七生はふて腐れたようにそっぽを向く。

「ごめん、ごめん」

 七生のジャージの袖を引っ張りながら雀は言う。そして今度は真面目な顔に戻ってこちらを見つめる。

「金メダル、楽しみにしてるね」
「……お、おう」

 もうバイバイの時間だった。彼女が先にベンチから立ちあがる。

「いつも言ってるけど、本当に気をつけてな!」

 七生の言葉に彼女が降り返る。

「ねぇ、七生。もし本当に金メダルだったら……キス、しようか?」
「へ?」

 自分に都合のいい幻聴じゃないかと、七生は反応に困る。

「お祝いのキス。ね、約束!」

 雀の笑顔はいつだってまぶしくて、七生の心臓をこれでもかとかき乱していく。

 東日本大会は三週間後。充実した、いい練習を積めていると思う。

(練習どおりの質で演技できれば、優勝も夢じゃない)

「すごく気合い入ってるじゃない、七生! 世界ジュニアのとき以上ね」

 通し練習を終えて肩を弾ませている七生を見る、コーチの顔も満足げだ。

『……キス、しようか?』

 ふいに雀の声が聞こえてきた。冷たいリンクの上なのに、ボッと顔が熱くなる。

(いや、キスのためにがんばってるわけじゃない。絶対違うけど……)

 誰に指摘されたわけでもないのに、必死に自分に言い訳する。

(でも、あんなふうに言ってくれるってことは、両思いだよな?)

 期待していいんだろうか。
 七生は銀盤を見据えて、パンと軽く頬を叩く。

(いい演技で優勝する。雀に金メダルを見せて、それで告白するんだ)