「まだ俺たちは漣を見送る義務がある。彼の願望の手伝いをしなければいけないからな」
楽しかった夏は終わりに向かっていた。確実に漣とのお別れが近づいていた。
至は漣の母親の家出と離婚について、調べた結果を伝えに行った。これも仕事だ。まるで探偵事務所みたいな感じがする。
「今日は調べた結果を伝えに来た。漣の母親は歌恋の父親と学生時代に仲が良かったらしい。歌恋の父親と付き合っていたようだが、漣の母親は他に両親が勧めた相手と結婚しなければいけなかった。それは漣の父親だった。不本意ながら結婚をして、漣の母親は辛い毎日を送っていたらしい。こっそり、想い人だった相手に会うために家族で海に訪れた。偶然を装って会おうと計画していた。ところが、偶然を装って会話していると、目の前で自分の子どもが溺れてしまう。ちょっと目を放した隙だった。子どもの頃の歌恋が漣を助けようと海に入った。その娘を助けようと命を落としたのが歌恋の母親だ。死別して独身となった歌恋の父親と漣の母親は親しくなっていった。お互いずっと好きという気持ちを忘れることはできなかった結果、二人は結ばれた。漣を置いていくことを条件に母親は離婚して家を出た。再婚したのは歌恋の父親だ。つまり、歌恋の義理の母になったんだ。その時、まだ幼い妹だけ連れて行き再婚した」
歌恋にとっても初耳な話だった。もし、あの事故がなければ今も家族として父と母は形を成していたのだろうか。やっぱりダメだったのだろうか。
歌恋の母に欠点があったわけではない。でも、もっと忘れられない人がいた。それだけなんだろう。忘れられなかった未練がましい父が悪いとも思えてくる。なんだか悔しい。
黙って話を聞く漣。どんな気持ちなのだろう。
彼の胸の内を考えるだけでとても息苦しくなる。
「頼まれていた暗号の答えだ。『名前を似せても好きな人を諦めることはできませんでした。ごめんなさい、幸せになってください』この文章が母親の残した手紙だった。金子漣は略すとカレン。歌恋は幼少期から父にレンと呼ばれていた。そうだよな」
「歌恋という名前をなぜか略してレンと呼ぶ父にどこか違和感を覚えていたのは本当だよ」
「答え合わせの時間だ。皮肉だが、歌恋の父親と漣の母親は口裏を合わせて子供の名前を付けていた。同じ名前を呼ぶことで我が子を最愛の人の子供のような気がしていたのは事実だろう」
子供の名前を似た名前にしたというのも偶然ではなく必然だった。
歌恋と漣。血はつながらないけれど、似た名前をつけて自己満足していたのかもしれない。
「お互いに結婚できなかった相手を引きずっていた。再婚したけど、子供のことを忘れられない母親はずっと遠くから漣を見守っていたようだ。息子に関わらないという約束をして、家を出て再婚した。その反動で、異常に連れ子である娘に愛情をぶつけるようになった。元妻の子どもである歌恋を憎く思うようになっていった」
「あんなにいじわるだったのは、そんな事実があったからなんだね」
歌恋のお母さんは幸せではなかった? 邪魔者だった?
なぜ歌恋と漣はこの世界に生まれてしまったのだろう。
そして、若くして死にゆく運命だったのだろう。
血がつながっていないけれど、それはまるで兄と妹のような感じがした。
後味の悪い結末。
漣は冷静に事実を受け止めた。
「捨てられたいうより、俺を置いていくことが離婚の条件だったんだな。理由が理由だ。父が話さないのも納得したよ」
風に吹かれた漣の顔が最初会った時よりもずっと優しくなっていた。
つり上がった目は少し垂れているように思えた。
笑うことも苦手な不器用な人なんだな。
まるで至みたいだ。
一応義理の兄になるのかもしれない。最期にちゃんと会えてよかった。
でも、お母さんが死んだ意味はまだ受け入れられない。
もし、お母さんが死ななかったら、漣も歌恋もきっともっと幸せだったかもしれない。
でも、それは漣の母親、つまり今の歌恋の母親にとっては不幸せでしかなかった。
全ての人が平等に幸せになることはできない。
人によって幸せの対象が違うから。
漣は一人何か考えているようだった。納得した様子でこちらを見る。
「りょーかい。胸のつかえがなくなってよかったよ。まるで名探偵だな」
「今のおまえの母の様子はタブレットで見ればわかるが、見るか?」
「遠慮しとくよ。新しい家族がいるんだろうし、俺の場合は、母は自分だけのものだったあの時のままでいいんだ」
なんだかとてもせつない気がする。
新しい家族になったのは歌恋だ。歌恋にとっては、いい母とは思えない。
でも、漣にとってはきっといいお母さんだったのだろう。
本当の血のつながったお母さん。純真無垢な無邪気な子供にとってお母さんは自動的に好きになる対象だ。
つい涙がこぼれそうになる。
今日は最後の日。わかっていることで、覆せないこと。
自然と瞳から涙があふれていた。
「歌恋、俺たちは兄妹のような関係だったんだな。不思議な縁を感じたよ」
「私も、ずっと新しいお母さんのことがわからなかった。でも、色々知ることができた。ありがとう、漣」
至と歌恋のことはおかまいなしに、いつもの調子で外出する準備をする漣。
漣はバイクに乗って風を感じるときが生きている感じがすると言っていた。
生きている実感をしながら、漣は死に向かうのだろうか。
人によって死に方は様々らしいし、死神に対する受け止め方も違うと聞く。
バイクに乗って漣は夜の街に出るようだ。
最近の漣の髪の毛は金髪になっていた。
とてもうつくしい黄金色だ。
「俺は風になりたいんだよ。歩いてるやつよりもずっと早いスピードで世界を駆け抜けてみたいんだよ」
「何を言ってるの? 今日バイクに乗ったら……」
「俺の最期の瞬間は自分で決めたいんだよ」
バイクに乗って散る最期ということなのだろうか。
満開の桜が急に散ってしまうような信じられないような悲しい景色が浮かんだ。
事故に遭うことは何となく想像ができた。だから、なるべくならば乗らないでほしいと願う。
仮にも歌恋は死神の手伝いをしているというのに。
死をいざなう役目なのに。
無意味な祈りは無意味な現実を突きつける。
きっと誰も逆らえなくなっているのだろう。
明日香に挨拶に行く。これが最期だなんて思うはずもない。明日香は微笑んでいた。
「明日香のこと、結構気に入ってたんだけどな。親父をよろしく。じゃあな」
笑顔でバイクにまたがる。
その後ろ姿はとても美しく見えた。
内面を知って思ったのは、カッコいい人だということ。
最初にいだいた怖い印象とは真逆の感じがする。
人は人と交流することで相手を知る。知れば知るほど、いなくなることは怖いと思うような気がする。
今、歌恋が抱いている思いは、怖いということ。
なぜ、人は知り合いになればなるほど、情が沸くのだろうか。
歌恋の頬には自然と涙がツーッと流れていた。
いつもの通り、漣は大通りを突っ走る。
もう決まっていること。それは覆せない現実。死神は無力だ。
風と一体化した漣は、何を思い走ったのだろうか。
もうわかっていることでも、受け入れなければいけない。
漣は既にその負の事実を受け入れていた。
歌恋は漣の死をまだ受け入れられていなかった。
対向車がなぜか漣側の車線に乗り込んできた。それは運命であり必然なのだろう。
車と人の体、どちらが頑丈なのか。それは、明白だった。
漣が見た最期の景色は満天の星空。体がひっくりかえって体を殴打した。
最期の言葉は「やっぱりな」だった。
こんなにも簡単に人はいなくなる。
こんなにもあっさり自分のいなくなる世界を受け入れられる人は珍しいような気がする。
今日は、九十日目。金子漣は風になった。
死神なんてものは無力だと思った。死神なんて傍観者でしかない。
とんでもない神様だ。いらない神様だと思う。
そんな仕事をしなければいけない四神至は何度辛い思いをしてきたのだろうか。
至の心の内を想う。きっと今までたくさんのお別れをしてたくさんの悲しみを背負った人。
この人を心から愛していると実感した歌恋は、胸が締め付けられるようにきゅんとした。
彼と一緒にこれから何度悲しみを分かち合えるのだろうか。
彼の心の辛さを少しでも分かち合えたら歌恋は花嫁として選ばれた意味があるのかもしれない。
自分の存在意義を確信してみる。目と目が合う。
視線が触れただけで、心が触れたような気がした。こういったことをときめくというのだろうか。
「俺たちは与えられた仕事をする運命なんだ。だから、必要以上に情を持たないようにしている」
この人が一瞬冷たく感じるのは、与えられた仕事をするために仕方のないことなんだな。もっと知りたくなる。
「私はずっと至のそばで一緒に仕事をするよ。至が一人でやっていくのは辛いと思うから」
少しばかり意外な顔をする至。
葬式に参列しようと歌恋が提案した。
だって、漣とは友達になっていたのだから。
悲しい気持ちは弔う行為で少しはやわらぐのだろうか。
でも、ちゃんと挨拶したい。
明日香の辛さを少しでも傍らで感じられたら、歌恋は自己満足するのかもしれない。
健やかなるときも病めるときも、至と歌恋は一緒だ。
至の指が私の指に触れそうになる。
至は触れる寸前で指を引っ込めた。
自然と歌恋の指が彼の指を追いかけて包み込んでいた。
自分でも驚くほど大胆なことをしている。
頬は赤く染まるけど、やはり涙は止まらなかった。
涙を至がそっと拭ってくれる。こうやって二人は助け合って生きていくんだろう。
風になった漣との夏はきっと忘れることはできないだろう。お互いの両親の因縁もあり、縁が深い人となった。血は繋がらないけれど、漣と歌恋はきっと繋がっていた。だから、こんな風に最期の九十日を共に過ごしたのかもしれない。
漣が死んだのは、死神のせいだと思う。
心が痛い。でも、真実を言わないようにと至に口止めされていたので、何も言えなかった。
もし、真実を話しても、なぜ助けられなかったか責められるだけだと言われた。
たしかにそうだ。神を名乗る者がいたら、誰だって責めるだろう。
なぜわかっていたのに助けないのかと。
漣の葬式に参列して、お別れをした。
傷はあまりないのに、運が悪かったと説明された。
漣の母はこっそり花を漣宛てに贈った。
葬式に参列することは許してもらえなかったらしい。
あの母から生まれたとは思えないくらい、漣はさっぱりした性格だった。
子どもは複雑な親の事情には逆らえない。
子どもはとても無力だ。
至の喪服姿はすごく似合っている。美しい顔立ちに映えて見えた。
漆黒のスーツ姿はまさに死神のようだった。
漣がいなくなっても日常は続いていく。それは、残酷だけど本当のことだ。
今日も暑くなりそうだという予感が空の様子や朝顔の開花具合を見て夏を感じる。今日も覚悟を決めて夏を走る。
「次の仕事だが、これもまた厄介な案件だ」
至は表情は乏しいが、いつもよりも悲しい顔をしているように思えた。
「もしかして知り合い?」
神妙な顔をする。
「お前が慕っていた青龍葵だ」
至は冗談を言わない。真面目な瞳を向ける。
「慕っているって言っても今は好きじゃないよ。それに、青龍の家は寿命を延命できるって言ってたよ。だから、きっと大丈夫だよ」
思ってもみない人、大事な人の寿命があと少しだなんて。
「青龍の家はあくまで他人への延命処置はできるんだ。でも、自分自身への延命処置はできないこととなっている」
「じゃあ、家族に頼めないの?」
「青龍家の家系能力があまりにも低くなりすぎて、能力者は今はほとんどいないだろう。葵という男は稀に能力を持ち合わせていたようだがな」
「じゃあ、葵は死んでしまうの?」
奈落の底に突き落とされたような感覚が全身を襲う。
「大好きな男が死ぬのは悲しいか?」
「知り合いが死ぬのは悲しいよ」
漣が亡くなったばかりなのに。また命が刈り取られる事実。
至は私の心を見透かしたような瞳をする。
「どうにかできないのかな?」
「俺は最高の死へいざなうのが仕事だからな。延命することはできないんだよ。死因もわからないしな」
そんなに簡単に命を操作できるわけもないのに死神ならば、もしかしたら、と願ってしまう。
いつのまにかわがままな自分になっている。
「残り九十日になった頃に本人に打ち明けようと思っている。あの男が死ぬ前に歌恋と仲良くしたいならば、仕事だ。その間だけはあいつと付き合っても構わない」
「嘘ばっかり。すごく嫌ですって顔に書いてあるよ」
至が少し焦って鏡に映る自分の顔を見ている。
「でも、その人の想いに寄り添う仕事が俺の使命だ。歌恋も同じ使命を背負っている」
「わかった。すごくショックだし悲しいけど、今はまだ心にしまっておくよ」
想像以上に心がショックで動揺している自分がいた。手が震えて息が若干苦しい。当たり前のはずの呼吸。どうやって息を吸い込むのか忘れてしまったかのようだった。どうしたらいいのか、これからの不幸を受け入れる覚悟はまだ歌恋にはなかった。これが死神の業だ。
至はずっとこんなに辛いことに向き合ってきたのだろうか。
至の背中が寂しそうなのはそのせいなのかもしれない。
歌恋は元々友達と呼べる人間がいなかったので、一人で休み時間を過ごすことが多かった。お弁当もひとりぼっちなのが辛くて、教室を抜けて階段の踊り場にいたりした。人が来なくて落ち着くのは屋上の手前の階段の踊り場だ。屋上は出入り禁止になっており、施錠されているから、人は来ない。楽しそうな声を遠くから聞くだけの人間だった。
今まではお弁当と言っても、手作りではなく、売店で買ったものを食べるようにしていた。本当ではないお母さんは手作り弁当を作ってはくれなかった。給食が無くなってから、お昼休みとか食べるという行為がとても辛い時間となった。本当の娘にしか作らないお母さんだった。食事は楽しいもののはずなのに、全然楽しくない。
そんな時、いつもひょいとやってきて話しかけてきたのは青龍葵だった。友達が多くて人気者でカッコいい。歌恋とは正反対の陽の当たる場所にいる人。幼なじみということもあってか気にかけてくれる彼のことが嬉しかった。昼休みの階段は二人だけの空間となった。
たわいない話をしてくる葵。
心をくすぐる面白いネタをよくぞ持っているなと感心する。
頭の回転の速い人で、気を遣える人。
料理上手で手作りのおかずを分けてくれる人だった。
友達と呼んでいいのかもわからないけれど、そばにいてくれるとありがたかった。
歌恋と休み時間を過ごして面倒にならないのかと不安にすらなった。
「俺、昨日告白されて付き合うことになったんだけどさ、いまいち好きっていう感情が湧かないんだよな。っておまえみたいな恋愛ゼロ人間に話してもわかんないよな」
「むかつくけど、ごもっともです」
歌恋のことをいじりながらも近況を話してくれたり、一緒に笑いあえていた。そんな人が近い将来死んでしまうなんて。若いからまだ絶対に死なないと思っていた。身近な大切な人が死ぬなんて想像もできなかった。それは自己都合で自分のいいように解釈していただけなのかもしれない。
彼が作った卵焼きの味はちょっぴり甘いのに少ししょっぱくて、唐揚げはさくっとしているのにジューシーだった。料理上手でクラスの人気者は女子にも人気があっていつも彼女と別れたと聞くと新しい彼女ができていた。
「なんですぐに別れちゃうの?」
一度気になって聞いたことがある。
「断れない性格なんだよな。好きじゃなくても、もしかしたら好きになるかと思って付き合うんだけど、俺がめんどくさがり屋で返信しなかったり、一緒に過ごさないからフラれちまうんだよな」
「誰かを好きになったことはないの?」
沈黙が流れた。
「好きになったとしても、付き合うっていうのは俺にあっているのかもわかんねーし。友達として仲がいいっていうのは一番いいような気がする。別れるとか友達だったら基本ないだろ」
「たしかに、友達だと別れるっていうのはあんまりないかもね」
最近は夜遅くまで家の家事をしていてあまり寝ていない。
眠いな。あくびをして目を閉じるとその後のことは覚えていない。
気づくとチャイムが鳴り、放課後の時間帯になっていた。
「あれ、私寝てた?」
気づくと葵の腕に寄っかかって寝ていたらしい。
「ごめん。授業さぼらせちゃったね」
「別にいいよ。俺も授業に出たくはなかったし」
「でも、枕代わりにしちゃうのは反則だよね。彼女もいるのに、私なんかのためにごめんね」
「私なんかなんていうな。おまえは疲れてた。家事押し付けられてるんだろ。勉強もしてたら睡眠時間はなくなるよ」
ひどく真剣でまっすぐな瞳だった。
「なんかという言葉はマイナスな印象を描くからやめとけ。おまえはちゃんと生きてると思うし、もう少し楽な生活ができたらいいんだけどな。俺にできることはこれくらいだから、少しは頼れよ。お前は全然友達もいないんだから、俺が友達として力になってやるよ」
いつも、男っ気がないことをからかっていた葵だったけど、実際に四神家の婚約者となったと聞いた時は、喉からなにかが飛び出るかというくらいびっくりしていた。魅力がないのに歌恋を選んでくれた至には感謝をしている。でも、ずっと温めていた気持ちを急に変えることは難しい。
多分、好きの種類が違うんだと思う。好きだと言われて惹かれている至。
片思いが長かった葵。憧れの延長戦だったのかもしれない。
「同じ高校に入れてよかった」
葵がふと口にした言葉。
「なんで?」
「支えてあげることしかできないから。同じ高校だと機会が増えるだろ」
照れた顔をする。
相変わらずのボランティア精神だな。
至は学校の生徒ではあるけど、実際は仕事で忙しく休んだり早退することは多い。婚約することになっても、葵はいつも通り話しかけてくれていた。変わらぬ距離で接してくれていた。それはとても嬉しいことでもあった。
自宅にいるとき、至が神妙な顔で話しかけてきた。
至は剣道の稽古をしていたようだった。
いつもの日課で木刀をふり、いつも体を鍛えている。
己にとても厳しい至は体が絞られており、汗が美しく滴っていた。
「青龍葵が好きだったんだよな。なんとかしたいとは思っている」
残念そうな怒ったようなさびしい声だった。
至は葵に対しては敵視しかしていない。
「好きと言っても友達の好きだから。私たちはそれ以上の関係じゃないよ。私が辛い時に接してくれた人だから恩を感じているのかもしれない」
何にもない歌にいつも困った時に寄り添ってくれていた人がいなくなってしまう。
「私たちは無力なんだね」
「青龍の家は延命の力を持っているだろ。親戚に能力者がいればあいつは死ななくて済むんだけどな」
「最近は異能がある人間は生まれていないと聞いていたけど」
「異能は開花することもある。最初から出せるわけではない。現時点で能力を秘めている者を探せばいるかもしれないってことだ」
「葵に親戚について聞いてみようか」
「まだ本人に言う時期ではないが、俺の方で能力者がいないか、素質がある者がいないかを調べてみるよ」
「至がこんなことするなんて、少し意外かもしれない」
「俺がそんなに冷たい人間に見えるのか。死神家業上死に至らすのは仕方がないんだよ。助けてあげられる可能性が今回はゼロじゃないからな。青龍の家ならば、俺以外の誰かが助けることができるかもしれないだろ。家系能力がそもそも違うんだ」
「見つかるといいな。私はずっと孤独だったけど、彼がいたから踏ん張れたのかもしれないって思うし、特別な存在かな」
「特別だっていうのは、ちょっと許せないけど。俺がもっと早く出会ってればとは思うんだが、こればかりは仕方がない。歌恋を助けてくれた人だから、俺も恩を感じてはいる。俺が早く出会っていれば、絶対におまえは俺に惚れてたって思うよ。一目惚れしてたに違いない」
変なところで負けず嫌いを発揮する。意地になっているのかもしれない。愛が重いけど心地いい。
「相変わらず負けず嫌いだね。私は私のことを好いてくれる人なら、基本とても嬉しいし、気持ちに応えたいって思ってる」
「受け身な気持ちじゃなくて、自発的に好きになってほしいのが本音なんだがな」
「至には感謝と愛情しかないよ」
顔が赤くなる。至は純粋で嘘がつけないまっすぐな性格だ。
歌恋にはもったいないくらい愛情深い人だ。
「私は至に出会えてよかったって思ってるよ」
優しい表情が自然と湧き上がる。それは至のお陰だと思っている。
言葉にしないと伝わらない。葵にはあまり言葉にして気持ちを伝えられなかった。
でも、至にはちゃんと気持ちを伝えたい。
大切な人がいなくなってしまうことはいつ何時起きるかわからないから。