どんな風に成長しているのだろう。母の命を引き換えに生きている人間だ。大切に生きていてほしいと願っていた。
 あの頃は子供だったし、顔すらよく覚えていない。我が家を一変させた出来事の発端となった少年。
 探しに行くこともできず、母の葬式には来たらしいけれど、入院していたから話したことはない。
 たしか同じ歳だ。もしかして、病気なのだろうか。だからもうすぐ死ぬのかもしれない。

「行くぞ」
 
 対象者のクラスに向かう。
 タブレットを出す至。
 そこには担当する人間のデータが詳細に記されていた。

「人間が最期に必ず死神と対面するわけではないんでしょ?」
「俺は寿命が九十日の人間の中で、やり残した人間の償いとか後悔をできるだけ無くす仕事をしている。全員には関わることは不可能だし、悔いがなければ死神は必要ない」
「少年は悔いがあるということ?」
「聞いてみなければ内容はわからないが、悔いがあるから選ばれているんだろう」
「死神も人数が限られているから、全員に寄り添うことはできないよね。でも、死ぬ日を知らずに生きるのと、死ぬ日をわかっていてやり残したことがないようにして死ぬのとどちらが幸せなのかな」

 疑問が沸く。

「ずっと生きていたいと願う人もいる。でも、命には限りがある。目を背けて生きている人間が大半だ。まさか、近々死ぬとは思わない人間も多い。あれをやっておけばよかったと思って死ぬよりは、ちゃんと後を濁さずに死んだ方がいいような気がするがな」

 もっともなことを言う高校生。精神的に普通の人間よりもずっと大人びている。
 そういった仕事だからなのだろうか。顔立ちも大人びていて、葵と同級生というのも不似合いな気がする。
 はっきり言って葵は精神年齢が幼い。典型的な男子という印象しかない。
 小学生がそのまま高校生になったようなヤンチャなタイプ。
 でも、葵にはだいぶ助けられていた。

「私に死神の仕事のお手伝い、できるかな」
「できる器のある者を選んでいるんだ。歌恋にできないわけがないだろう」

 達観した感じは葵とは全然違うタイプだ。見た目も大人っぽいし、至は初めて接するタイプの人間だ。とは言っても、死神族だから人間とは少し違うんだろうけれど。

「お母さんが助けた少年に会うことなく死んでしまったら、私は未練があったかもしれない」
「だから歌恋に出会えた。その奇跡に感謝だ」

 奇跡か。たしかに、死神族に出会い嫁として選ばれるのは至極幸福なことで、奇跡で現すと何分の一なのだろうか。
 至に出会うことができたのはどんな確率だったのだろうか。

「奇跡というより、これは必然と言ったほうが正しいのかもしれないな。運命というものは偶然ではなく必然だ」
「死ぬことも偶然ではなく必然ということ?」
「死神としてはその通りだな。もう決まっていることで、覆すことは不可能だ」

 なんて不毛な現実だろうか。どんなに長生きしたくても生きられない人がいる。
 事故や事件に巻き込まれて生きられなくなる場合も既に決まっていること。
 それは決まっていることだから。人間がどうあがこうと人生も変わらないのかもしれない。
 努力も運命のひとつで、実ることとなっているとしたら、肩の力を抜いて生きられるのかもしれない。

「歌恋は賢いな。運命は変えられない。人間の未来は決まっているんだ」

 対象者である男子を見つけた。
 ちょっと影があって怖そうなオーラがある。
 ずっと会いたいと思っていた人が目の前にいる事実。

「あの男だな。声をかけよう」
「不審者だと思われるんじゃない?」
「問題ない」

 慣れている様子で死に行く人間に接触しようとしている。
 一人暗い雰囲気に包まれている男子がいた。
 同じ歳くらいだが、絶望に満ち溢れているような気がした。
 髪の毛は長めで明るい茶色が目立っていた。うちの高校は校則に比較的厳しいので、校則違反なのだろう。
 校則なんてガン無視なタイプらしい。
 孤立しており、荒んだ瞳は細くつり上がっている。
 何があったのだろう。生きているのに全然楽しそうではない。

「俺は死神の四神至だ。金子漣(かねこれん)、九十日後におまえは死ぬ」
「へぇ。本当に死神がいたのか。死ぬ前にお目にかかれて光栄だよ。そういえばうちの高校に転校してきたのはおまえか? 噂になってたぞ」

 少しばかり笑いながら、目は死んでいた。

「転校生は俺のことだろう。ちなみに、死の宣告で、おまえのように取り乱さない奴はかなり希少だ。取り乱したり、現実逃避する者が多いからな」
「死んだ方がマシな人生だからさ」

 冷めてるな。

「金子くんは昔、海で溺れたことがあったよね」
 確認してみる。

「そんなこともあったな。あれが不幸の始まりだ」
「私が助けようとして溺れてしまったの。私のお母さんが助けて、あなたは一命を取り留めたの」
「そんなこともあったな。あの時、最初に助けようとした女がおまえか」
 彼の瞳はとても冷めていた。

「死神、俺は最期に母親の残した言葉の意味を知りたい」
「残した言葉?」
「あの後、両親は離婚したんだ。母は家出をして行方知れずだ。父に育てられた。父はあんまり家庭的じゃない人間で、なんとかここまで生きてきた。父は何かを隠している。最後の母の置き手紙は不可解な内容だった」
『名前を似せても好きな人を諦めることはできませんでした。ごめんなさい、幸せになってください』
 彼は文章を全て覚えていて、すらすらと言葉を発した。
 名前を似せる? 謎解きのような置き手紙だ。

 こちらをちらっと見る瞳は鋭い。
「海で溺れたあんたも死神なのか?」
 歌恋の方を見て金子漣は質問してきた。

「私はただの人間ですが、四神家の婚約者なんです。だから、全力でお手伝いします。私、ずっとあなたのことを探していました」
「俺はあの時死んでいたほうが良かったかなって思ってる」

 冷めた応答。声もどこか元気がない。
 せっかくお母さんが命をかけて助けた命なのに。
 あからさまに着崩した制服は、彼の心を表しているのかもしれない。
 心の中が崩れている。欠けたものがあるのかもしれない。

「実は、私も余命九十日なんです。でも、死神の婚約者として仕事をすることで延命措置させてもらってるんです。だから、対象者を幸せに導きたいと思っているんです」
 自分の境遇を一応説明しておく。余命は少ないけれど、永遠が待っているらしいのはズルいと思われるかもしれない。

「俺は、この世界に基本未練がない。この世界はあまりにも不平等すぎる」
「それは嘘だな。未練がある奴にしか死神が担当することはないからな。不平等と感じている原因が未練かもしれないな」

 至は慣れた口ぶりで話す。何人の死を見届けたのだろうか。同じ歳なのに、落ち着いていて何かを覚っている人。

「大なり小なり未練はあると思うよ。例えば、あのお菓子食べてから死ねばよかったとか、昨日の晩御飯は肉を食べておけばよかったとか」
 自分に置き換えてみる。実にしょうもない思想を持っているなと自覚する。

「しょうもない未練だな」
 漣はため息をつきながら、あきれ顔をする。
 たとえ話があまりにも軽い発想だ。

「人間はしょうもないもんなんだよ。俺たち死神族は人間と同じ格好をしてこの世界で生きているから少しはわかるつもりだ」
 至は同じ歳とは思えない貫禄がある。今まで何度悲しい思いをしてきたのだろう。

「お前、俺と同じ歳のくせに生意気なんだよ」
 不良特有のケンカ腰の姿勢。こちらの怒りをあおる。

「金子漣、おまえは九十日間は自分の意志で死ぬことはできないからな。俺たちから逃れることも、延命方法もないんだ」
「わかったよ。でも、宣告してから三か月は長いよな。で、俺はどうやって死ぬの?」
 物分かりが良すぎなような気がする。だって、自分が死ぬのに。

「詳細は死神にもわからないんだ」
「案外無能だな」
 漣は毒舌だ。

「多分だけど、俺は自分の最期がなんとなくわかるかな」
 こんな落ち着いて受け入れる高校生がいるのかぁ。ちょっとびっくり。

「精一杯あなたの最期を私たちは見届けたいの」
「さっそく漣の家に行くぞ」
 至はぐいぐいいく。

「なんだよ。家に来る気かよ。父親は仕事で帰りは遅いし、つまんない毎日だよ」
 歩いていると後ろから元気な声がする。

「あれ? 漣が珍しく友達を連れている」
「友達じゃねーよ」
 たしかに彼との関係は何だと説明はしずらいな。

「はじめまして」
 とりあえずあいさつ。ボブヘアーの元気な感じの女の子は誰なんだろう。
「明日香と申します。漣のお隣さんなの。そして、近々私たち兄妹となります」
 なんかすごいカミングアウトだ。

「そうなの?」
「お隣だからうちのお母さんが料理を差し入れして、仲良くなったみたいな? うちはお父さんだいぶ前に亡くなってるから。再婚して家族になるんだ」
 あっけらかんと話す。明るい女の子だなと思う。

「兄妹とは言っても、どっちが兄とか姉とかは生まれ順なのかな。だったら漣がお兄ちゃんかな」
「どっちでもいいし。俺はすぐいなくなるから」
 寿命のことか。すぐいなくなるという意味を知ると悲しい。漣は冷めていた。

「高校卒業したらすぐに一人暮らしするなんて寂しいじゃん?」
「そーいう意味じゃないけどな。親父も家族ができてよかった。孤独死されたら気の毒だしな」

 言葉の端端にいい人らしさを感じられる。やっぱり悪い人じゃない様子。
 悪い人を演じるために服装を着崩したり、髪型を奇抜にしているのかもしれない。
 人は大なり小なり演じていると思う。
 新しい家族があの事件をきっかけにまた生まれている。
 母がいない穴を誰かが埋めていくように、世の中はひしめきあっているように思える。
 漣の母親がいなくなったおかげで、新しい家族ができる不思議。

「こういうのって、実は血のつながらない二人が恋愛に発展する同居ラブコメの香りがするなぁ。なんてね」
 明日香は冗談半分で言う。
「俺が長生きしたらそうなったかもしれないな」
 ふっと笑う。漣は新しい妹となる人に心を開いているように思う。

 もしかしたらいろいろな意味の好きを抱えた二人なのかもしれない。
 友達であり、家族であり、幼馴染であり、恋愛対象としても大切な関係。
 これは想像の域を出ない。漣は恋愛には疎いタイプのようにも思えたし、目の前の女の子も特別ドキドキしている恋する乙女とは少し違うような気がする。無意識な好意。こんな恋もあるのかもしれない。もっと大人になって時間が経たないと気づかない恋心。私たち人間には自分でもわからない本能とか気持ちが心の奥に隠れていることがある。

「こいつは、俺の大切な家族だ。だから、明日香には幸せになってほしいって思ってる。俺の親父とも仲良くしてほしいしな」
「私はずっと父がいなかったから。お父さんという存在に憧れがあったの」
 年齢より幼い感じは、彼女の中に埋められなかったピースがあるからだろうか。
 父親の愛というものに強い憧れがあるようだった。

「とりあえず、俺はこいつらと大事な話があるから。またな」
 明日香と別れる。

「今日は夕ご飯作って差し入れするね」
 いつものことなのか漣は当たり前のように手を振った。

「俺に未練があるのなら、明日香を守れないことかもしれないな。兄として明日香を見守りたかった」

 怖そうな目をしているはずなのに、とても優しい感じがする。これは家族愛なのだろうか。
 もしかしたら恋愛なのだろうか。愛といってもたくさんの形の愛があるんだな。
 立場や状況によって恋愛になったり、家族愛になったり。

 いい人だ。こんなにいい人が、なぜ死ぬのだろう。一度救った命なのになぜ――。
 死神側の人間のくせになぜという疑問しかわかない。
 どうして人は死ななければいけないのだろう。
 素朴な疑問が湧き上がる。

「残りの日にちでやりたいことはあるか? 例えば、妹になる彼女に何かをしてあげたいとか」
 至が漣に聞く。

「明日香に思いを伝えたいと思うかな。それは、今後誰かと幸せになってほしいとか、家族と仲良くしてほしいとかそういう兄としての思いだ」
「漣くんは明日香さんに恋愛感情はないの?」
「恋愛感情って実に曖昧だよな。友達としての好きとどう線引きされているのか世間の人はどう思っているのかわからないんだよ」
「たしかに難しいね。私の場合、結婚前提でお付き合いすることになったから、恋愛感情は後付けだったりするし」
 人とは違う恋愛の形。でも、自然と至に惹かれている自分がいた。

「つまり、俺は愛されているってことだな。恋愛感情があるってことを今確認した」
 至はクールな顔をして嬉しいのか、少しばかり表情が優しい。
 いちいち確認したなんていうなんて。女子にモテているのに、不器用な人なのかもしれない。

 至が思いたった様子で立ち上がる。
「どうせいなくなる漣のことを明日香は忘れたほうがいい」

「きっと忘れられないと思うよ。だから、きれいな思い出として残してあげたらいいような気がする」
 死神初心者のくせにおせっかいが発動する。

「金子漣、明日香という少女と二人でたくさん思い出を作れ」
 神様の一種だからなのか、至はいつもどことなく偉そうな人だなぁ。
 でも、そんなところもひっくるめて好きだなと思う。

「今までいっぱい思い出は作ってきたから、今更感はあるな。幼なじみだぞ」
「デートっぽい感じはどうかな?」
「デートって線引きもわかんないけど。兄や友達同士ならデートにならないんじゃないのか?」
「兄と妹として外出をなるべくして、感謝の思いを伝えたらいい」
「実は、俺らは家で二人で飯を食うことも多いんだ。だから、今更男女としてどうというのは違うような気がするな。幸せにはなってほしいけど」
「私たちにお手伝いができるなら、何でもするよ」
「どうせいつかは死ぬんだ。それが少し早いか遅いかの違いだ」
 漣の目は冷めていて、どこかよどみを感じる。
 死を伝えなければもっと楽しく生きられるかもしれないのに、伝えなければいけない死神の仕事は辛い。

「俺が死ぬことを明日香に伝えたらまずいのか?」
 漣が問う。

「問題はない。ただ、相手が信じないことが多い。自殺するのかと警戒されることはある」
 少しばかり考えた顔をする。

 あの時、お母さんが少年の命を助けたのに、結果的に自分があの世へ送ることになるなんて。
 もどかしい思い。でも、自分の寿命と死神の婚約者として生きるには、避けては通れない悲しみ。
 死という人が誰でも行きつく最後の答えに向き合っていけるのだろうか。不安に包まれる。

 制服から私服に着替えてソファーでくつろぐ漣。
 ほぼお互いを知らない三人はいろいろな話をした。
 相手を知ることは死神の仕事では一番大事なことだと至に言われた。
 仕事というのはやりたくなくてもやらなければいけないものなのだろうか。
 相手を知ると失うことが怖くなる。多分、全然知らない人ならば、怖くないのかもしれない。
 多分、知らない人には、感情移入ができないからだ。

「話をしていて気付いた。俺の未練は出て行った母親が今どうしているか知りたい。なんで俺を捨てたのか死神という名探偵に調べてほしいんだ」
 漣が思い立ったように提案した。

「それは、可能だ。お前の母の人生は死神のタブレットに記録されているんだ。いきさつは巻き戻せばわかるが、人の人生は長いから少し時間が欲しい。母の姿を見たいなら、どの時代を見たいか?」
「そんなことできるのか。じゃあ、俺が生まれた時かな」
「今の姿ではなく十七年前の生まれた時代か」
 目の前に至のタブレットが置かれる。

「これで見ることができる。生まれた時なら探しやすいから、すぐ再生できるぞ」
「おまえ、有能だな」
 死神相手にも物おじしない漣。
 再生ボタンが押される。
 タブレットの画面をじっと見つめる。
 
「生まれましたよ」
 看護師さんの声と共に、赤子の声がする。
 若い時の漣の母親は歌恋がよく知った顔だった。
 こんな顔をするんだ。母親という優しい笑顔がそこにあった。

「生まれて来てくれたんだね。名前はもう考えたの。漣くん」
 それは今までみたこともない優しい母親のまなざしだった。
 こんな顔をするんだと驚いてしまう。

「こんな俺でも生まれてきた価値があったのか知りたかったんだよ」
「長生きが幸せだということは必ずではないかもしれないね」
「不老不死を夢見る者も多いが、決して幸福だけがそこにあるわけではないからな」
「でも、生きる長さも幸せも自分では選べないんだよね」
「人間ができることは努力なんだ。でも、結果が伴うわけではない」

 健康や食べ物に気をつけて長生きを試みたり、化粧で若作りをしたりして、不老に近いことを試してみたり。
 みんな自然にやっていることだ。私たち人間は自然と不老不死に近づこうとしている。
 近づいたとしても、それは自己満足であり、完全なる不老不死ではないことは頭ではわかっている。
 でも、少しは野菜を多く摂取したほうがいいとか無意識な健康意識はどこかに持っている。
 人間は健康であることにこだわる。

「俺は望まれて生まれたんだな。それがわかって満足だ」
 漣は安堵していた。
「なぜおまえを置いて母親が出て行ったのかは調べておく」
 至が死神手帳に文字を書き込む。

「今週末の夏祭りに一緒にいってみない? ベタだけど花火大会を楽しんだらいいかもよ」
 女子ならば、絶対好きな人と行きたいイベントナンバーワンだ。

「好きな人と絶対行きたいはずだから、誘ってみよう」
「俺のことを好きだとは限らないだろ」
 漣はあまり自信を持っていないようだった。

「嫌いではないと思うよ。それに、あなたにとっては最後の花火大会になるんだから」
「そうだぞ」
「最後か。嫌いじゃない奴と一緒に行くのも悪くないな」
 この人には悪あがきをするとか、努力をするようなところがなくて、いつそのときが来てもいいように冷静に受け止めている印象が強い。そんな高校生は滅多にいない。大人でも滅多にいないと思う。

「本当はあの時、死んでいたかもしれない命だろ。でも、長生きして何か楽しかったのかというと微妙だったな。もしかしたら、あの時死んでいたほうが良かったと思っている自分がいるんだ」

 死んだような目をした人だ。まだ生きているのに、目に輝きがない。
 大変な人生を歩んできたのかもしれない。

「苦労の多い人生にピリオドを打ってしまいたい自分がいた。だから、死神が現れて、少しほっとしてるんだ。兄妹として、最後の夏を満喫してみるか。じゃあ、ダブルデートみたいに四人で海とか行っちゃうか?」
 漣は意外と乗り気の様子だった。

 翌日、明日香に提案してみた。
「え? 海に行くの? 夏祭りの花火大会も?」
 少し驚いた様子の明日香。

「今年の夏は特別だから、楽しみたいんだ。こいつらも一緒だ」
「改めて初めまして。歌恋と申します。至とは結婚を前提にお付き合いをしておりまして」

 まさか今から死へいざなうなんて口が裂けても言えない。
 不幸の存在の死神なんていらないに決まっている。
 塩をまかれて二度と訪問不可ということだって充分ありうる。
 幸い死神ということに気づいてはいないようだった。

「俺の名前は至だ。金子漣と一緒に夏を楽しむことになってな」

 本当は監視する目的があるからなるべく一緒にいなければいけないらしい。
 でも、こんな青春っぽいのはとっても嬉しい。今まで体験したことがないワクワクがあった。
 あまり警戒することなく明日香は至と歌恋を受け入れてくれた。

「漣ってあんまり友達いないから、兄妹として嬉しいなぁ。海は大好きだし、花火も祭りも大好きだよ」
 笑顔がはじける。明日香が陽ならば漣は陰の香りがする。でも、仲がいいのが不思議だ。

「歌恋ちゃんって彼といつからおつきあいしてるの? イケメンだね」
「まぁ、成り行きだけど。最近だよ。正直私にはもったいないよ。明日香ちゃんは、好きな人とかいないの?」
「いるのかな。まぁ自分でも好きなのか自信ないけど、嫌いじゃないかな」

 漣のことだろうと直感で分かった。彼を見るまなざしは特別な感じがするし、視線の先に漣がいるという感じがひしひしと伝わって来た。家族愛に近い恋愛感情。他の同級生とはまた違った恋愛の形だ。

「漣くんもイケメンだよね」
「でしょ。陰があってちょっと怖そうな感じがするけど、優しくて思いやりがあって……いい感じの人」

 視線が泳ぐ。照れているのだろう。女子同士ならではの会話。言葉の端はしに好きがあふれる。
 きっと隠しきれない愛情が彼女の中に詰まっていて、本人すらも気づかない愛情だ。
 愛ってどこかしらにこの世の中に散りばめられているんだよね。
 愛に飢えた歌恋は、そんなことに今まで気づかなかった。気づけなかったと言ったほうがいいかもしれない。

「でも、兄妹になるわけだし、異性としてっていうのは違うかなって思うんだよね」
「血のつながらない兄妹は結婚だって可能なんだよ」
「え? そうなの?」
「ほんとだよ。そんな小説読んだことあるし」
 驚いた顔をする明日香はまさに青天の霹靂といったところだろうか。