四年前から追いかけている。私は世界の誰よりも彼に一方的な恋をしている。
冬特有の鋭利な空気の冷たさ、深く昏い空に星屑が散っている十九時。最終下校時刻を告げるチャイムが響く。
その音に背を押されるように私は教室を飛び出し、少し離れた路地へ駆けた。

ー*ー*ー*ー*ー

『ごめん、琥珀(こはく)の気持ちには応えられない。他に好きな人がいるとかじゃなくて、今はそういうことを考える気になれない』

 四年前、中学校の卒業式。
誰もいなくなった教室で告げた私の想いは、数秒の言葉で砕かれた。
そして私はこの時初めて、彼に名前を呼んでもらった。
三年間クラスが一緒で、気づいた時には『好き』なんて感情を抱いていた。
背が高くて、運動も勉強も周りと頭ひとつ抜けていて、部活の後輩から慕われていて。理由が単純すぎて情けないけれど、声も顔も雰囲気も、私の目には全てカッコよく映ったから。それが私が『遼真(はるま)』という人間を好きでいる理由。
たかが中学生の恋愛だと言われてしまうかもしれないけれど、私の中で彼はそんなありふれた言葉で片付けられるような恋の対象ではないような気がしていた。
そしてその予感は、高校生活の三年間で確かなものとなる。

『琥珀』

 そう名前を呼んでもらうために、私は偶然を装って彼と同じ生徒会に所属した。
私が入学した学校は選択した授業科目によってクラスを決める制度を導入していて、接点を保ち続けるには生徒会への入会が一番単純で確実な方法だった。
器用に物事をこなせるタイプでは決してない私だけれど、忙しさで潰れてしまいそうな日々には『青春』というラベルを貼ってやりこなした。
彼の近くにいられる時間が増えても、私が彼へ抱く印象は変わらない。
整った容姿への見方も、運動能力や成績への尊敬も、周囲からの慕われ方も、最終的には全て私の中の『カッコいい』に繋がっていく。
距離感も変わらない。私は彼が好きでも、彼が私に対して抱いている想いはわからないまま。
幼馴染でも、友達でもない。ただ顔を合わせて、必要最低限の言葉を交わす関係が三年間続いた。
そして週が明けた月曜日には、生徒会の任務移行式が控えている。
任務移行式とは、受験や就職、卒業を控えている三年生の生徒会役員の責務を、後輩役員へ引き継ぐという私が通う学校で一つの伝統として受け継がれている式典のこと。
だから私は式典前最後、この瞬間に全ての想いを彼に込めると決めた。
その式典がすぎてしまえば、私と彼の接点は完全に無くなってしまうから。

ー*ー*ー*ー*ー

 今朝、『今日、何時に学校から出て来れる?』なんて遠回りな質問の後に『それから会えないかな、そこの少し離れた路地で』と不器用な誘い方で彼は私を呼び出した。
生徒会室で最後の書類整理を行なっている途中、心なしか頬を(あからめ)て呟く彼の様子から私は少し期待している。
彼が私と同じ想いを抱いているという奇跡への期待。
高校三年生、冬。
数えられる程しか残されていない登校日の中で、私はもう一度だけ彼に想いを伝えたいと願っていた。
数ヶ月後の卒業で離れてしまう彼へ四年間抱え続けた気持ちの全てを伝えて、私の頭にある『青春』のラベルを剥がしたかった。
それができたら、きっと私の中に未練なんて悲しいものは残らない。

『実は私も、遼真に話したいことがあるんだよね』

 普段なら、訊かれた通りに下校時刻を伝えて『わかった』と頷くだけの私が『話したいことがある』と(こぼ)してしまうほどの期待。
私は今、その期待に向かって駆けている。

「遼真、遅くなってごめんね」

「大丈夫、琥珀のことを呼び出しちゃったのは僕の方だから」

「私だけかな、この状況になんとなく緊張してるの」

「僕はあんまり緊張とかしてないけど、緊張する気持ちもわからなくはないよ」

 人気(ひとけ)のない薄暗い路地には、一つだけ街灯が建てられている。
手を少し伸ばしたら彼の袖に触れてしまうような距離で、私は上がった息を鎮めている。
そんな私を前に淡白な返事を(こぼ)す彼が私へ何を告げようとしているのか、私には全く読むことができなかった。

「どうして、ここに呼び出してくれたの?」

「その前に、琥珀の話を聴かせてほしい」

「私の話……?」

「今朝『話したいことがある』って言ってたから、それが変わってないなら先に聴きたいなって思って」

「私ね、ずっともう一度だけ遼真に伝えたいって思ってたことがあるんだ」

 異常になほどに冷静に、彼は私の言葉に頷く。
言葉を間違えないように何度も頭で気持ちを整理して、少し視線を外した後、もう一度彼と目を合わせた。

「私ね、中学校の頃からずっと遼真のことが好きなんだよね」

「知ってるよ」

「違うの、中学校の卒業式の時とは言葉の重さが違う……『好き』に変わりはないけど、それでも当時とは比べ物にならないくらい好きなの」

「……それなら、僕もひとつ琥珀に訊きたいことがあるんだ」

「何……?」

「僕のどこが好きなの?四年間も同じ人を好きでい続けられるほどの理由って何?」

「それは……遼真は容姿も整ってるし、勉強も運動も器用にできるし、人望もあるし。言葉が足りなくて上手に伝わらないかもしれないけど……遼真はカッコいいんだよね」

「それが、四年間の理由?」

「そうだよ、私が四年間、遼真を好きでいる理由」

 改めて、その理由の単純さに気付かされる。
好きになる理由に正解も不正解もないけれど、きっと彼が求めていた理由とはかけ離れているということはよくわかる。
もっと少女漫画のようにロマンチックな言葉を並べられたらいいのだけれど、私は四年間を懸けてもそんな言葉をみつけることはできなかった。

「琥珀」

「……どうしたの」

「ありがとう」

「えっ……」

「だから、琥珀の気持ち、伝えてくれてありがとう」

「こちらこそ……聴いてくれて、受け取ってくれてありがとう」

「僕の話、聴いてもらってもいいかな」

「聴きたい、聴かせてほしい」

「四年前の告白の返事、受け取ってほしくて。だからここに来てほしいって誘ったんだけど……」

「だけど……?」

「ちょっと今の琥珀からの話で予定が変わった」

「どういう意味?」

「琥珀は覚えてるはわからないけど一応確認するね。四年前、卒業式の後に教室で、僕に琥珀がなんて言ったか覚えてる?」

「なんて言ったか……ごめん、その時は緊張しててよく思い出せない。でも間違いなく『好き』っていうことは伝えていたと思う」

「そうだね『好き』って伝えてくれた後に、僕は理由を尋ねたんだよ。そしたらさっきと同じことを琥珀は言ったんだ」

「同じこと……?」

「容姿のこと、運動とか勉強のこと、人とのこと。そして最後には『カッコいい』って言ってくれた」

「……少しずつ、思い出してきたよ」

「琥珀」

「何?」

「今から僕が四つ、大事なことを言うから絶対に聞き漏らさないように聴いててくれる?メモに書いてもいいからさ」

「わかった」

「それじゃあ、続けて四つ言うよ」

 恐怖心と、緊張感と、それでも微かに残されている期待。
張り詰めた空気の中で、言葉を書き留めようと待っている指先が震えている。

「僕が琥珀と同じ大学へ進学すること。実は僕には年の離れた妹いること。僕達の共通の友人である心叶(みと)は学校に内緒で深夜にコンビニバイトをしていること。僕は琥珀を彼女にする気がないこと」

「その四つ……?」

「そうだよ、僕が言った『大事なこと』はこの四つ」

「ちょっとまだ、理解が追いついてないよ」

「例えば何個目に言ったこと?」

「全部。私より遥かに成績がいい遼真が同じ大学なんて信じられないし、妹さんの話なんて噂でも聴いたことないし、真面目な心叶が校則で禁止されてるバイトをしてるなんてありえないし、最後は……遼真なら違う伝え方をすると思うから」

「だから全部、理解が追いついてないって言ったんだ」

「そうだよ、それに全部そんなに唐突に言えるようなことじゃないと思うから……」

「実はこの話には続きがあるって言ったら、琥珀はそれもちゃんと聴いてくれる?」

「聴くよ」

「今言った四つのことには、本当のことと嘘が混ざってるんだよね」

「え……どういうこと?」

「四つのどれかは嘘で、どれかは本当。それを琥珀には正しく見破ってほしい」

「なんのために?どうしてそんな嘘を混ぜる必要があるの?」

「それは今夜、深夜二時に教えてあげる。だからそれまでに琥珀は答えを出してほしい」

「深夜二時って……」

「明日は休みだし、中学の頃に一回だけ琥珀の家に招いてもらったことがあって場所は覚えてるから。深夜二時に琥珀の家に答えを聴きに行くよ」

「全て嘘ってことはない……?」

「言えない、ちゃんと琥珀が考えた答えじゃないと僕は受け取れない」

「……わかった、深夜二時ね。それまでは私なりに考えるから、最後に本当か嘘か、正解は教えてほしいな」

「それは約束するよ、急に言ったのにありがとう」

 ぎこちなく手を振って、彼を街灯の下に残したまま私はその場を去った。
少し遠回りをしてバス停へ向かい、いつもより二本遅い便に乗る。
学生は一人も乗っていない。一番後ろの窓際の席、通学鞄を抱えながら冬の冷たさが移っている窓に額を委ねて揺られた。
夜風で冷えたはずの頬は、知らぬまに熱っていた。

ー*ー*ー*ー*ー

 バスに揺られた感覚を残したまま、その浮遊感と共に身をベッドに投げた二十一時半。
約束された時間まで、四時間と半分が残されている。
スマートフォンに書き留められている四つの嘘と本当。
静かすぎる部屋の中とは対照に、私の頭の中だけは騒がしく散らかっていた。

「書き出してみることが……何かに繋がるのかな」

 身体を起こし、机へ向かう。
昨晩開いたまま残されている参考書を机の端へ寄せ、スマートフォンのメモを白紙の上へ書き写した。
考えなければいけないことは四つ、一つ目は。

「遼真が、私と同じ大学へ進学する……」

 常に学年首位の成績を修め続ける彼と、赤点の(ふち)(きわ)を渡っているような私。
確かに大学は学びたい分野で選択する場所。事実、私は高校二年の夏に偏差値を理由に志望校を変更した。
進路先の最終決定前に受けた最後の模試の判定が、合格基準に届いておらず泣く泣く大学パンフレットを漁ったあの日が懐かしい。当時の担任と大学受験の厳しさを知り、将来への視野の広さを教わった日。
周りの友人が模試の結果を歓喜の声と共に交わしあう中で、隣の教室で俯いたまま浴びた夏の風の冷たさを私はきっと忘れない。
その時のパンフレットを見返しても彼の成績なら、同じ分野を学べる偏差値の高い大学なら容易にみつかった。
決めつけるような形になってしまうけれど、この事は『嘘』に分類されると思う。

「二つ目……年の離れた妹がいる、だったよね」

 彼の兄弟に関する話は、噂ですらも耳にしたことがない。
中学生の頃の参観可能な学校行事に妹らしき人物の姿をみた記憶もない。
数分考えたけれどこれに関しては、いくら考えても答えを導けないような気がする。躊躇(ためら)う気持ちを抑えながら、私はある人の連絡先を探した。

「急に電話なんてごめんね、驚かせちゃったよね」

「大丈夫ですけど……琥珀先輩から電話なんて珍しいにもほどがありますよ、何かありましたか?」

「……遼真について訊きたいことがあってね」

「遼真先輩ですか?いまだに仲良くしてもらってますけど……俺も答えられるかわからないですよ」

 画面越しに助けを求めた相手は、彼が中学生時代の二つ下の後輩。
部活動での親交があり、廊下で肩を組みながら騒ぐ姿をよく目にしていた。
そんな存在に助けを求めてしまうことは、どこか反則行為のような気もするけれど今の私には思っている以上に残されている時間が少ない。

「遼真に対して、どんな印象を持ってるのかなって思って」

「印象……優しい、とかですか?」

「そうなんだけど……ちょっと詳しく、深く掘ったような印象を教えてくれたら嬉しいな」

「割と、子供っぽいですよ。なんというか一緒に遊んでくれたり、騒いでくれたり、羽目を外してくれたりする……遊び心に溢れている印象が強いです」

「遊び心が強いか……」

「でも遼真先輩は面倒見もいいんですよね、本当に。お父さんとか……お兄ちゃんみたいな優しさがあるんですよね」

 遠回しに印象を尋ねてみたけれど、予想以上に核心をついた情報が耳を伝った。
きっとこの情報に間違いはない。

「知りたかったことを……本当にありがとう、夜遅くにごめんね」

「いえいえ、琥珀先輩も暇な時には遼真先輩と僕の通ってる高校に遊びに来てくださいね。二人で来てくれるの、楽しみにしてますから」

「二人で……?」

「はい。なんというか二人、すごいお似合いなんで。遼真先輩とはまた中学生の頃みたいに馬鹿騒ぎしたいですし、とにかく楽しみに待ってますから」

「ちょっと複雑な気持ちだけど……そうだね、また遊ぼうね。ありがとう、またね」

 最後の言葉への動揺を、通話終了後の規則的な機械音で沈める。
話を聴く限り彼に年の離れた妹がいたとしても、不思議なことではないような気がしてきた。

「面倒見の良さと後輩からの慕われ方は、確かに私も気づいてたことだよね」

 紙に書き出したメモの横に『本当』の二文字を添えた。
そしてその下の文字に視線を移す、動悸がする。

「心叶が、深夜にバイトなんて……私には考えられないんだよね」

 嘘と本当が一つずつ並んだ紙の上で、思考が止まる。
私の通っている学校は原則バイトが禁止されていて、許可を求める場合には厳しい書類審査が必要になる。無許可でのバイトが学校側に知られた場合、一定期間の停学処分となる。
正義感と責任感が強く、優等生という言葉を唯一掲げられる人。それが『心叶』という人間(ひと)
入学当初から彼女と仲の良い私の勝手な想像だけれど、彼女が危険を(おか)してまで禁止されている行為に手を染めるような人だとは思えない。

「でも……遼真も、そんな簡単な嘘なんてつくわけないとは思うから」

 彼女に連絡しようと出した手を、残っている少しの冷静さが止めた。
もし本当に彼女がバイトをしていたとしたら、きっと今は勤務時間中。そんな中で私の話に手を煩わせるわけにはいかない。

「そうなったら……」

 それでも一人で考えたところで答えに辿り着ける事ではないことも確か。
少し卑怯な方法かもしれないけれど、私はもう一度スマートフォンを手に取った。
時刻は二十三時、残された時間は三時間。

「……遼真、急にごめん。今、時間大丈夫?」

「大丈夫だよ、なにかあった?」

「心叶のことで、一つ訊きたいことがあるんだ」

「答えられる範囲なら、いくらでも答えるよ」

「心叶が本当にバイトをしていたとしたら、どこのコンビニでバイトしてるの?」

「それを僕が答えたら、本当か嘘かわかっちゃうよ。僕は琥珀に『考えてほしい』って言ってるの」

「違う、答えを知りたいわけじゃない」

「じゃあどうしてそんなこと訊くの?」

「難しすぎるの、考えたからこそ難しすぎる。だからヒントが欲しくて、嘘の延長でもいいから私の質問に答えてほしい」

「わかった。それなら今から僕が言うことは信じすぎない、そして疑いすぎないで聴くことを約束してほしい」

「約束する、ありがとう」

「心叶は学校に内緒で、深夜に心叶の家から一番近いコンビニでバイトをしてる。この情報で、もう一回考えてみてよ」

「心叶の家から……」

「二人は仲がいいんだからお互いの家に少なくとも一回くらいは行ったことがあるはずだよ」

「最近放課後はお互いに予定があってあんまり遊べてないんだよね……ちょっと記憶に自信がないよ」

「自信がなくなったら琥珀の勘を頼ればいいよ」

「そうだよね、ありがとう。時間が来るまで考えてみるよ」

 耳元から離したスマートフォンの画面には、酷く引き()った私の顔が反射して映っている。
彼の言葉に自信を宿されたような気になって『時間が来るまで考えてみる』なんてことを言ったけれど、電話を切った数秒後の私は迫っている時間に急かされながら二択の選択肢の中で踊らされているだけ。
答えを出すために彼に求めたヒントすらも活かせないまま、ただ一点をみつめている。
彼女と三年間、隣で笑っていたはずなのに、時間を共有していたはずなのに、私は彼女の本当を見抜けない。

「それなら……みに行くことしか今の私にはできない」

 二十三時半。私に与えられている交通手段は徒歩と自転車。
残された時間を考えても悠長に歩いている余裕はない、たとえ走ったとしても私の足と体力では早く到着する見込みがない。
街灯の少ない路地を、住宅の窓から漏れる灯りを頼りに自転車を漕ぐ。
深夜の夜風は肌を刺すように冷たくて、ハンドルを握っている手は時より小刻みに震えてしまう。
言われた通り勘を信じて、私は角を曲がる。

「この信号を曲がって、次の交差点をまっすぐ進んで……」

 (くら)い住宅街を抜ける。
目を細めて遠くをみると、見覚えのある外壁と細長い蛍光色に光る看板がみえた。
正確な距離はわからないけれど、ここがきっと彼女の家から一番近くにあるコンビニ。
震えた足で、自転車を駐める。
軽快な入店音を浴びながら、レジへ視線を移す。

「やっぱりいないよ……」

 レジカウンターの横に立っている店員と、奥の方でホットスナックを仕込んでいる店員の二人だけ。
どちらも彼女ではない。
深夜のコンビニは静かで、繰り返し流れている店内放送だけが空っぽな空間に響いている。
すぐに帰ることも気が引けて、意味もなく店内を一周することにした。
季節外れにアイスでも買って帰ろうかと手が伸びたけれど、慌てていて財布すら持ってきていないことに気づいた。
売れ残った商品達が寂しく(たたず)んでいる棚の間を辿っていく、反響するローファーの音に少しだけ恥ずかしさを覚えた。

「琥珀……?」

「え……」

 しゃがんで商品の陳列をする店員から呼び止められる。
その少し骨ばった肩と華奢な背中は、間違いなく私が知っている彼女だった。

「あっ……申し訳ございません、人違いでした。いらっしゃいませ」

「人違いじゃないよ、心叶。私だよ、琥珀だよ」

「申し訳ございません、本当に人違いでして……郵便物のご予約をなさっていたお客様と間違えてしまって」

「こんな深夜に郵便物の予約なんて滅多にないはずだよ。誤魔化さなくていいから、顔を上げてよ」

「ごめん、琥珀……このことは誰にも言わないでいてほしい」

「言うわけないでしょ、なんで心叶を(おとしい)れるようなことを私がする必要あるの?」

「琥珀は優しいね」

「優しくなんてないよ、優しくなんてない」

「そんな謙遜(けんそん)しないでよ、私が惨めになる」

「ねぇ、心叶」

「……何?」

「後からでもいいからさ、二人で話す時間をくれたりしないかな」

「いいよ、ちょうどやることも終わったし裏のベンチがあるところで話そうか」

「急に押しかけちゃったのにごめんね、ありがとう」

「大丈夫、気にしないで」

 案内されたベンチの横には喫煙所があって灰の(にお)いが鼻の奥を刺す。
端に少しだけ残っている数日前に降った雪が彼女の小さな手によって払われる。

「ごめん、私が呼び出しちゃったのに言葉が上手に出てこない」

「ゆっくりで大丈夫だよ。私の時間は気にしなくて大丈夫だから、琥珀のペースで話してほしい」

「最近お互いに予定が合わなくてさ、話す時間も無かったから……今、ちょっとだけ緊張してるんだ」

「それは私もだよ、それに後めたい気持ちもある。琥珀が緊張してるように、私は目を合わせることすら怖い」

 ここまで臆病な目をした彼女を私は初めてみた。
指の先が赤くなるほどに握られた手を包みたいけれど、触れることすら今の私は躊躇ってしまう。

「いつから……?」

「え……」

「いつから、ここでバイトしてるの?」

「高校一年の秋から」

「バイトしてることは本当なんだね」

「……本当だよ、もう嘘をついても遅いってわかったから琥珀から訊かれたことは全部話すよ」

「わかった。でも、言いたくないことは言わなくていいから」

「どうして琥珀が優しさをくれるの?規律を破ったのは私なのに」

「友達だからでしょ。規律とか堅苦しく決められたことの前に、今の私は心に従いたいの」

「そっか……琥珀らしくないけど、それでも嬉しいよ。ありがとう」

「学校からは許可が降りてるの……?」

「降りてないよ、無断で内緒で続けてる」

「そっか、気疲れとかしない?大丈夫?」

「最初の頃は怖くて、レジに立ってる時は常に怯えてたけど慣れてきてからは大丈夫。そもそも学校から遠いし深夜だから人もあんまり来ないんだよね」

「そうだよね、深夜だから人も少ないよね。心叶ならちゃんとそういうことも考えてるはずだもんね」

「バレたら停学処分だし、先輩の話を聞く限り停学処分なんて軽いものでは済まないらしいし」

「え……どういう意味?」

「停学処分の後に職員会議内で審議があるんだって、そこで復学許可が降りなければ自主退学を強いられるらしいの」

「嘘……」

「嘘じゃないよ、それに風紀の良さに重きを置いてる学校なら考えられなくもない罰だと思うし」

「そう言われたらそうだけどさ、でもあまりに厳しいような気がして」

「それくらい厳しい方が覚悟を持って規則を破れるでしょ」

 久しぶりに面と向かって話をした彼女だけれど、話の端々に賢さが滲み出ている口調は変わらない。
そして時々リスキーな選択をするところにも懐かしい感覚を覚えた。

「理由、聴きたいな」

「理由って何の?」

「心叶がそこまでの覚悟を持ってまでバイトをする選択をとった理由」

「大したことじゃないよ」

「大したことじゃないのに、二年も続けてるなんておかしいでしょ」

「おかしくなんてないよ、きっと過去に処分を受けた先輩も動機は軽いものだろうし」

「心叶らしくないって意味だよ、私は心叶が中途半端な理由でリスクを背負うような人だとは思えないの」

「遊びたかったの」

「……え?」

「最近、放課後に琥珀と遊んでなかったでしょ。その時間、他校の人と遊んでた」

「そのこと、詳しく聴かせてほしい」

「一年生の最初の頃に付き合ってた彼氏の(つて)で他校の知り合いが増えたの」

「それは素敵なことだね」

「でもその子達と私では金銭感覚が合わなくて、その子達の言う『遊び』についていくことが難しかった」

「……そうだったんだ」

「彼氏と別れて、私がその子達といられる理由がなくなっていくような気がしてね。少しでもついていくために、バイトで手持ちのお金を増やしたかったの。それが目的、そして理由だよ」

「そっか……話してくれてありがとね」

 打ち明けた後の彼女は心なしか震えてみえた。
踏み入ってはいけないところまで聞き出してしまったかと遅すぎる後悔に襲われる。
冷たいはずの風すら感じさせないほどの動揺が、五月蝿く私を取り巻く。

「他校にも友達ができるなんて、心叶はすごいね」

「……そんなことないよ」

「その友達が通ってる学校って、もしかしていつものバス停から四十分くらいの私立高校?」

「え……そうだよ、あの私立の学校に通ってる子」

「名前はなんて言うの?」

「どうして?」

「私の従兄弟(いとこ)がその学校に通っててさ、同級生なら知り合いも多いんだよね。今度一緒に遊べたら嬉しいなって思って」

「……夕希(ゆき)ちゃんっていう子かな、一番仲良くしてくれてるのは」

「黒髪が綺麗ですごい可愛いあの子かな……ちょっと声が低い感じの!」

「その子!本当に可愛くて憧れちゃうよね」

「それは一緒に遊びたい気持ちもわかる……性格も柔らかそうだもんね。仲良くなれてる心叶が羨ましいよ……やっぱり『類は友を呼ぶ』って言葉の通りなのかな」

 無理矢理捻じ曲げた重い空気は、すぐに落ちてきてしまう。それくらい重い。
室外機の音が沈黙で鈍った耳を襲う。
何も考えていないような(ひょうじょう)で私はローファーの先をみつめた。

「怒ってるでしょ、琥珀」

「何に怒るの?」

「彼氏がいたことも他校に友達ができたことも黙ってたし、バイトをしてることも言ってなかった。それに誤魔化すようなことも言っちゃったし」

「怒ってないよ。全てを知らせないといけない約束なんてしてないし、心叶にだって内緒にしておきたいこともあるでしょ」

「琥珀が優しいことなんてわかってるからさ、ここまで来て嘘つかなくていいよ。怒ってるなら怒ってるって言ってよ」

「それは私の台詞(セリフ)だよ」

「え……」

「口を挟まないように頷いたり話を広げてみたりしたけどさ、今の心叶が話してくれたことが本当なわけないことくらい私にもわかるよ」

「どうして嘘って言えるの?夕希ちゃんの話だって、本当だったじゃん。琥珀だって知ってる子だったんでしょ?」

「夕希ちゃんの苗字、心叶は知ってる?」

「苗字……名前で呼んでばっかりいたから忘れちゃったかな」

「嘘だよね」

「嘘じゃない、忘れることだって琥珀にもあるでしょ?」

「あの学校に『夕希』なんて名前の子、いないよ」

「え……」

「心叶が話してることがどこか怪しくて、わざと嘘の特徴を言って確かめてみたの。試すようなことをしてごめん」

「ごめん、私これ以上の言い訳は思いつかない。認めるよ、今言ったこと全部嘘だって」

「本当の理由、教えてくれないかな」

「足りないんだよね」

「足りない……?」

「お金が足りないの、生活費とか学費とか」

「それ、本当……?」

「下に三人妹がいるんだけど……お父さんがいなくて、お母さんが病気で働けなくなっちゃって。だから妹達が高校に進学するお金すら足りなそうで」

「それって……ちゃんと話したら、学校から許可が降りるような状況なんじゃないの?」

「私もそうだと思ってたんだけど、そんなに簡単なことじゃないみたい。学校を辞めるかも迷ったんだけど、中卒じゃ将来的に採用してれる企業もかなり少なくなっちゃうから」

「だから、黙ってバレないようにバイトしてたの……?」

「そうだよ。学校からも離れてるし、何より時間も条件も都合が良かったから」

 彼女の真実を咀嚼する。
彼女という人間と時間を共にしてきたはずなのに、私は少し頭を回せばわかるようなことすら見抜けずにいた。
情けなくて、彼女の隣に座っている現状すらも申し訳なくなっていく。

「何時まで?」

「三時まで、そこから帰って少し眠って通学する」

「そんな生活、疲れるよ」

「私なら大丈夫だよ、体力には自身あるからさ」

「そういう嘘もつかないでよ、本当を教えてほしい。私はただでさえ鈍感だから、それでもちゃんと話を聴くことはできる」

「本当はね、ずっと誰かに頼りたかったよ。妹達の面倒を私がみないといけなくなって状況が厳しくなっても学校も親も助けてくれなかった、だから頑張ってみたんだけど……器用にこなせるような自分じゃなかったって苦しいくらい気づいていくだけだった」

「気付けなくてごめん、ずっと」

「いいの、気付かれないようにしてたから。ねぇ、琥珀」

「何?」

「私ね、後悔してることがあるんだ」

「後悔してること……?」

「もっと琥珀と遊びたかった。他校に友達なんてできてないし、彼氏がいたことも嘘。もっと高校生らしいことをしてみたかった」

「卒業したら、取り返そうよ」

「え……?」

「できなかったこと、全部やろうよ。卒業しても私は心叶の友達でいたいと思ってるから」

「嘘ついてたのに、いいの?本当を知ろうとしてくれた今日ですら嘘で誤魔化したのに、許してくれるの?」

「心叶の嘘で、大切なことに気づけたから。だから許すなんて言葉は要らないよ」

 彼女の涙を初めてみた。
俯きながら袖で瞳を拭う姿には、きっと静寂が相応しい。
何も言葉がない空間、それでも感じる通じている感情。
この上なく綺麗な静寂が『伝えなければ伝わらない』という私の中に埋まっていた幼すぎる前提を塗りつぶしていく。

「……ごめん、一回お店の中に戻るね。寒いだろうから琥珀は先に帰ってて大丈夫だよ」

「ありがとう、じゃあ先に帰るね。また来週、学校で」

 深夜二時半、約束の時間を過ぎてしまった。
彼女が店内へ戻っていく姿を見送り、自転車のペダルに足を掛けた。
震える指先を動かして車輪のロックを(ほど)く、カウンターに立つ彼女の姿をもう一度みて目を瞑り来た方向へ振り向く。

「……遼真?」

「琥珀、ごめん心配で」

「どうしてここにいるってわかったの……?」

「約束通り、二時に琥珀の家に行って連絡もしたんだけど反応がなくて。心叶のバイト先は知ってたから、もしかしたらって思ってここに来た」

「鋭いね」

「少なくとも琥珀より、勘は冴えてるはずだよ」

「悔しいけど……否定はできないね」

「ちょっと寒いけどあの横断歩道を渡った先の公園で話そう、ここじゃあまりにも人目につきすぎる」

「そうだね、行こうか」

 自転車を押しながら、彼との絶妙な空間を歩く。
何を考えているのか読み取りづらい表情の彼から目を逸らす、今は吐く息の白さすら申し訳なく感じてしまう。
理由はわからないけれど緊張とはまた違う萎縮した感情が私の中で交差している。

「時間過ぎちゃってごめんね。寒い中、待たせちゃったし」

「大丈夫、ちょっと予想はしてたから」

 誰もいない公園で、二つ並んだブランコに座る。
青春映画のワンシーンを切り取ったような甘酸っぱさはない。隣をみれないまま、溢した言葉が足元へ落ちていく。

「答え、出せた?」

「うん、正しいかどうかはわからないけど……」

「正しくなくていいよ、順番は問わないから琥珀のペースで言ってみて」

「まず一つ目、遼真が私同じ学校に通うっていうのは嘘だと思う」

「どうしてそう思ったの?」

「遼真と私じゃ、成績に差がありすぎる。頭がいい遼真が私と同じ大学に進学するなんて無理があるような気がして」

「わかった、一通り聴いてから答えを言うことにするね」

「それじゃあ二つ目、遼真には年の離れた妹がいると思う。嘘じゃないと思う」

「どうして?」

「面倒見がいいし、優しい、後輩からも慕われてるし……妹がいてもおかしくないなって思ったから」

「ちゃんと考えてくれたんだね」

「そうだよ、すごく難しかった」

「……そっか、それで三つ目はどうだった?」

「心叶が学校に内緒でバイトをしてることは本当だった」

「理由は?」

「ごめんね、これだけは考えてもわからなくて教えてもらった場所まで確かめに行っちゃったの」

「意地悪に理由なんて訊いてごめん、それは知ってた」

「反則だよね、考えてって言われたのに。答えを知りに行っちゃうなんて」

「それでいいんだよ」

「え……」

「正解を伝える前に僕が本当か嘘かの問題を与えた理由、聴いてくれるかな」

 彼の真剣な表情を初めてみた。
私に無いものを全て持っている彼の切羽詰まった表情をみつめる。
言葉なんて発せないまま、ただ頷く。

「本当は今日の放課後、四年前の告白の答えを言い直そうと思ってたんだ」

「四年前の答えを……」

「あの時は恥ずかしさもあって避けるように断っちゃったから、だから本当に思ってることを伝えようと思って」

「そんなこと、考えてくれてたんだ……」

「でも、琥珀から好きになった理由を聴いて『今はまだかもしれない』って思った」

「それ、どういう意味?」

「僕ね、琥珀のことが好きなんだよ。こんな形で伝えるはずじゃなかったんだけどね」

「そんなこと思ってくれてたなんて、初めて知ったよ……嬉しい」

「琥珀のまっすぐなところが好きなの、何に対してもまっすぐな琥珀が好き。得意じゃない勉強も居残りして補習頑張ったり、生徒会に絶対に遅刻せずに出席してくれたり。そういうところが好きなんだよね」

「……面と向かって伝えられると照れちゃうね」

「ごめん、でも今じゃないと伝えられない気がして」

「ありがとう。話の続き、聴かせてほしいな」
 
「でも、琥珀から理由を聴いた時なんとなく僕の外側だけをみているような気がしたんだよね」

「外側だけ……?」

「伝えてくれた理由が成績とか容姿とかちょっとした人付き合いとか、目でみたら誰でもわかるようなことばっかりだったから」

「それは……」

「そう感じちゃったことがすこし寂しいように思えて、だから僕が言った本当と嘘を考えて欲しかったの」

「え……」

「嘘って、人の感情の本当に奥底の部分だと僕は思ってるから」

「だから、私に『考えて』って言ったの?」

「そういうこと、正解に(こだわ)る必要はなくて、ただ相手のことをみえない奥底まで考えてほしかったの」

 四年前から追いかけている。私は世界の誰よりも彼に一方的な恋をしている。
それは紛れもない事実、抱いていた恋に間違いはない。
それでも私はずっと、彼自身をみていなかったのかもしれない。
そしてそれはきっと彼に限られた話ではない。

「正解、言ってもいい?」

「知りたい」

「まず僕が琥珀と同じ大学に行くっていう話は本当だよ」

「え……それ、本当に言ってる?」

「疑い深くなりすぎないで、今は答え合わせだよ」

「そうだよね」

「本当は別の大学に進学する予定だったんだけどね、設備の充実性とか立地とか、一人暮らしをするってなると大学のレベルよりも優先したいことがあって気づいたら琥珀と同じ大学に進むことになってた」

「そうだったんだ……想像もつかなかった」

「それと次に僕に年の離れた妹はいないよ、だからあの話は嘘」

「意外だったな……この答えには自信があったから」

「そっか、でも一人っ子なんだよね。結構我儘(わがまま)なところもあるし」

「初めて知った……考えてみないとわからないね」

「そうだよね、僕もすごく実感してる」

「最後は、言わなくてもわかるよ。本当だったって」

 彼の口調に、数分前の彼女との時間が頭を()ぎる。
嘘と本当が入り乱れた、隠された想いが詰め込まれた時間。

「私ね、ずっと心叶のこと、ちゃんとみてなかった」

「え……?」

「友達だってことに間違いはないんだけど、心叶が苦しんでることも頑張ってることも何も知らなかったの」

「それは……友達だからって知らないこともあるでしょ?」

「違う」

「……何が違うの?」

「知らなかったんじゃなくて、知ろうともしなかった。それがすごく情けない」

「それに気づけただけでも琥珀は素敵だよ、情けなくなんかない」

「遼真に対してもそうだった」

「どういう意味?」

「私はずっと遼真のことが好きだった、それは絶対に間違いないよ」

「ちょっと恥ずかしいけど、ありがとう」

「でもね、遼真のことをちゃんと知ろうとはしなかった……正確に言うなら、できなかった」

「詳しく聞かせてもらってもいい?」

「私ね、幼稚園でも小学校でも好きな人ができなかったの。初めて中学校で初めて好きな人ができて、それが遼真だったの」

「……そうだったんだ」

「だからね、確かに好きだったけど……嫌いになりたくなかったの」

「好きな人なんて、変わってもいいと思うけど……どうしてそう思ったの?」

「衝撃的だったんだよね、遼真の全部が『好き』って思ったから。だから本当に全部を知って遼真の苦手なところをみちゃったら、その『好き』が間違いだって打ち消されちゃうような気がして怖かったの」

 そうだ、これが本当の私の気持ちだ。
彼女のことも彼のことも、私は深く知ろうとしていなかったけれど本当は私の気持ちすら深くわかろうとしていなかった。
その人のことが好きだから、私は知ることを避けていた。
好きでい続けたいから、隣にいられることを幸せだと思い続けていたいから。
でも本当は、本当に私が望んでいることはきっともっと単純なことだと思う。

「ねぇ遼真」

「どうしたの?」

「私、もっと遼真のことを知りたい」

「え……」

「私、ずっと遼真のことが好きだったはずなのに、大事なことに気づくまでが遅すぎたよね」

「琥珀、僕今思ってることがあるんだ」

「何?」

「僕と琥珀は幼馴染でもないけど、切れない縁があるんだと思う」

「切れない縁……それがどうかしたの?」

「だから、これから僕のことを知っていくとしても遅すぎるなんてことはないと思う」

「そっか、遼真らしい言葉だね」

 四年間も気づかずにいたことが、一晩で紐解かれて、解き明かされた。
一つの嘘と、二つの本当。
それすら見破れないほど、私の中に積み重なっていた嘘。
この真夜中が、私を変えた。
そして私には一つ、まだ明かされていないことがある。

「遼真」

「ん?」

「最後に一つ、四つ目の答え合わせをしようよ」

「それに関してはまだ、琥珀の答えを聴いてないんだけど」

 四つ目『彼が私を彼女にする気がない』ということへの答え。
根拠なんてないけれど、私は彼に希望を告げたい。

「私は、これは嘘だって思いたい」

「そうだよね、そう言うと思った」

「でも、違うよね」

「なんで……」

「これは本当だよ、遼真は私を彼女にする気はない」

「……どうして?」

「私が、まだ遼真のことを知らないから。だからきっとまだ私を彼女にはしてくれないと思う」

「それは……」

「私の答えは伝えたよ、遼真から正解が聴きたいな」

「……正解、これは本当」

「やっぱりそうだよね」

「傷つけたらごめん、でも……」

「切れない縁なんでしょ?私達」

「え……」

「さっき遼真が言ってくれたこと、私達は切れない縁がある」

「……そうだね」

「だから、私はちゃんと遼真をみるから。そしたらもう一回、この質問をしてよ」

「いいの……?」

「待ってるよ。遼真が私への気持ちをみつけてくれたからお互いが好きだってことはわかってる。だから今度は私が、本当の想いに気づくから」

「琥珀……」

「だから、これからも隣にいさせてね」

 初めて知った、私はもっと彼のことを知りたかった。
嘘に触れること、本当をみつけること、それが相手に触れること。
きっと私はこれから、際限なく彼を好きになっていく。
そして私を変えたこの真夜中も、あと数時間で明ける。

「琥珀」

「どうしたの、遼真」

「一緒に帰ろうか」

「家の方向逆だけど……いいの?」

「いいよ、一緒に話して帰ろうよ」

「……ありがとう」

「お礼を言うのは僕の方だよ。それとさっきの返事、伝えてもいいかな」

「返事……?」

「琥珀が言ってくれた『隣にいさせてね』の返事」

「聴きたいよ、そしてずっと覚えてる」

「ずっと一緒にいさせてよ。僕はそう思えるくらいこの一晩で、琥珀のことを離したくなくなったから」

 彼の手の感触を初めて感じた。
遠くの空には、澄んだ青がみえる。
ふたりの白い息が空へ消えていく、自然と目が合う。
そして彼の目が潤んでいることに気づく、指先で濡れた目元に触れる。

「ありがとう、遼真」

 彼の声と表情で、私は彼の涙の意味を知った。

「ねぇ、遼真」

「どうしたの?」

「私ね、もう一つ気づいたよ」

「……何を?」

「私が遼真を好きでいる理由……というより、好きなところかな」

「それは聴きたいね、どんなところ?」

「ちゃんと人を好きになってくれるところ」

 指先程度に触れた彼の心の感触と温度は、繋いでいる手なんて比にならないくらい暖かい。
隣にいられる限り、私は彼を知りたい。
知ってしまうことに臆病だった私を変えた真夜中の数時間。
『遼真』という人間の、奥底に触れたい。
そんなただひとつ生まれた私の中の願い事を抱きしめながら、私達は明け方へ向かっていく。