■一章 ウチら、いつまでイツメン?

 運命って変わりすぎ。流れてく川か。

 ウチらのイツメンもそう。見かけは同じっぽいけど普通に入れ替わってるし。いつものメンバーとは一体……。
 そういう入れ替わりや変化に初めて気が付いたとき、ウチは怖くなった。なのに、いつの間にかとっくに慣れてて。

 変わるのは人だけじゃない。景色も場所も。駅前とか繁華街とか、やたらと大きいタワーマンションとか。
 綺麗なのは完成した時だけで、廃れていくのは速攻だ。
 たった一年で火事になったり事故ったり、次の年には小さな家とか駐車場に入れ替わってたり。
 で、そういう家と、そこに住んでた人は運命を共にする。気が付くとどこかへ消えた後。

 残酷だよ。人って、思うよりずっと早く別れるんだね。
 ウチ前はフォロワーさんが二~三十人くらいいたけど、今でも生き残ってるのは三人くらいになった。

 うん。京都は、厄災で破壊されたんだ。

 とてつもない災害が五回も起きた。本当のことだよ?
 訃報のループの毎日だった。
 夜は誰々の赤ちゃんが生まれたってストーリーズを見て幸せになれても、朝は絶対に誰かの死が伝わってくる。

 嬉しい気持ちも悲しい気持ちも、全部ぐちゃぐちゃに壊された。
 ウチらの存在自体、学校のプールに浮かぶ泡みたいに頼りない。

 みんな生まれては死んで。生まれては死んで。
 どこから来て、どこへ行くのかなー。

 ウチらって誰のためにがんばってるんだ。
 本当の喜びとかさ、マジでどこから来るんだろう。ウケる。いやウケない。

 って、暗いのなしなし。

 人も物も儚くて、ウチら朝顔の花びらで光るキラキラの露だ。
 透明で美しい露が消えたら、その後に花は残る。けど、やがてはしおれる。

 花が先に枯れても露が残ってても、結局は夕方には終了。それが運命っぽいってわかってきた。

 だったらさ――
 ウチら『今』を生きて幸せにならん?
 そう思ったんだ。

 地震とか火事とか台風とか。
 食糧不足とか感染症とか。
 遷都とかいうゴリ押しの人災もキツかったよ。
 けどやっと、自然と思えるようになったから。
 ウチらは大丈夫、生きてるだけで尊いかもって。

※ ※ ※

 ウチは今、ちっちゃいワンルームでこれを書いてる。気ままなぼっち暮らしで。

 打ちのめされたウチが、どんなこと考えてどんな風に生きてるか。
 あなたに読んでもらえたら救われるし、もしあなたが今しんどい思いをしてるのなら、少しでも楽になってもらいたい。



■二章 映画みたいな壊れ方

 ウチが自我を持ち始めてから、そこそこの数の春夏が過ぎた。大人になると意味不明な事件ともそれなりに遭遇するよね。
 てわけで、昔の四月の夜の話をしようか。では問題。

【問題】京都は大嵐に見舞われました。どうなったでしょう?

【正解】一晩で全部灰になりました。

 え? って思う。ワケがわからない。でも本当に燃えたんだよ。
 この日は大嵐が酷くて、路地には仮設の病院が準備されていた。困っている人を助けるためにね。
 けど、よりにもよってその仮設病院から火が上がったんだ。
 風のせいで火が広がった。近くの家は炎の渦に巻き込まれて、遠くの家も巨大な煙に呑まれた。

 空は煙と塵の黒で満たされて、炎の赤が反射して。不謹慎だけどさ、京都の上空はフェスのステージライトみたいに輝いていた。
 真っ赤な恐怖の中で、誰が冷静でいられるんだっていう。
 煙に襲われて一酸化中毒で倒れる人。せっかく無事だったのに財産を守りたくて炎へダイブしちゃう人。
 歴史的な建造物とか、議員さんたちの豪邸も十六軒は焼失した。当然、小さい家は数えきれないほど。地獄のドミノ倒しがどこまでも続いていってしまった。

 胸に穴が空くってレベルじゃないよ。

 街の三分の一が映画みたいに壊滅したんだ。
 何千人もの人が亡くなって、動物たちも星の数ほど。たくさんの宝物が一瞬で塵になった。

 悲しかったし空しかった。
 けど、何かに対する怒りもあった。

 人間の計画ってちっぽけだな、って。
 首都だからって税金を使いまくって開発して、限界を超えるのに密集させて人を住ませてさ。どんだけー。



■三章 誰の声も聞こえない

【問題】あれから三年後、京都は復旧できたでしょうか?

【正解】異常な竜巻に襲われていました。

 知らなかったよ。竜巻って街の中でもいきなり起きるんだね。
 三駅分くらい、まっすぐにズバッと京都は斬られた。徹底的にボロボロにされた。
 そのエリアは一軒も無事で済まなかったよ。どの建物も完全に地面と同化したり、梁と柱だけがポツンと立ってたり。
 街路樹なんて数百メートルは飛んじゃうし、柵も全部きれいに吹き飛んで、敷地の境界なんてごちゃごちゃ。
 家の中のものは四方八方に散らばって、屋根の重い瓦さえ冬の葉みたいに空を舞う。
 塵が煙みたいに空を覆って、太陽を遮って、誰にも何も見えなくなる。
 恐ろしい風の音で誰の声も聞こえなかった。

 光のない本当の地獄みたいな嵐。
 壊れたのは物だけじゃない。家族を守ろうとして怪我を負う人も多かった。

 ……この嵐。実は、天皇様のお住まいのすぐ近くに大ダメージを残して去っている。

 だからみんな、心の中でこう思っていたんだ。
 あの竜巻、悪いことの前兆じゃないかって。



■四章 世界から忘れ去られたウチらは、悲しいまま故郷に残った

【問題】どうすれば復旧できるでしょうか?

【正解】今すぐ首都を引っ越して運気アップ。今のトレンドは京都より大阪!

 はい、呆れた人はウチの仲間だ。
 被災地を堂々と捨てるとか有り得ないでしょ。

 けど政治家はマジだった。
 たった数ヶ月で移動が決まって、みんな困惑よ。
「京都がずっと首都だったのに、そんな急に変える?」ってヘイトたらたらで。

 でもまあ、文句言っても無駄だったんだけど。
 天皇様とか政治家の人たちは問答無用で大阪に引っ越したから。早かったなぁ逃げ足。

 ネガる人も当然いる。「意味わかんない」「世界終了のお知らせー」って。
 けど権力が大事なお偉い人たちは、ライバルより一日でも早く移り住もうって大慌て。お金がある人が有利だから、逃げ足にもやっぱり格差が生まれる。

 それで、結局ウチらは……希望も住む場所も失った。
 政治の世界から忘れ去られたウチらは、悲しいまま京都に残った。

 ほんの数年、いや数ヶ月前はまだ賑やかだったんだよ?
 お金持ちのタワマンマウントとか、お屋敷の広さマウントとか。でも完全に荒れ果てて既にオワコン。
 文化の残骸は淀川を下って、大阪の新しい首都へと流れていって。庭はただの畑に変わって戦後みたいな風景。それに、人の心まで変わってゆくのを感じる。

 ただ壊れたわけじゃない。
 みんな生き抜くのに必死になった。
 趣味や推しに使える余裕を失って、生きること「しか」考えられない状況。

 親世代はマイカーが当たり前の風潮だったけど、もうそういうのは古い。カーシェアもあんまりしない。
 レンタルサイクルとか電動キックボードとか、とにかく小回りが利く安い乗り物しか使わなくなって、維持費の高い車は使う人がいなくなった。
 土地の値段なんかも急激に変わった。
 大阪方面が人気になって、これまではステータスだった京都の北や東の価値は大暴落したの。

 流行り廃りって、何にでもあるよね。
 人生ってマジ予測不能だし、いつ何が起こるかわかんない。

 ウチらはさ、「これ以上もう何も起きないでください」って願ってるだけなのにね?



■五章 帰りたいけど帰れない場所

 正直、コメントに困った。ウチはその日、用事があって新しい首都(大阪)を初めて見た。でも感想が言いにくい。アンチコメントになりそう。

 だって場所狭すぎ。大通りを作るスペースも間に合ってないじゃん。北は山々がゴツゴツしてて、南は海が広々と構えててさ。波の音が絶え間なくて、しょっぱい風が顔にビシビシ当たってウケる。
 そんなだからか皇居は山の中にぽつんとあって、「ログハウスか?」みたいな。
 けど、デザインは悪くなかったかも。

 その頃、京都では毎日家がバラされて、大阪で使うために川を下ってた。おかげで京都は空き地だらけ。
 なのに何故か大阪も空き地だらけだったの。ちゃんと完成した豪邸なんてほぼない。
 京都は廃墟で大阪は未完成。みんななんか、雲に乗っかったみたいにフワフワ浮ついてる。
 まあ仕方ないか。古参は財産がパーになって涙目だし、新参は建設中のバタバタに巻き込まれて大変だもんね。

 ふと見渡せば、ファッションのブームも変わっちゃったな。たった数年で。
 前は派手コーデしか勝たんみたいな同調圧力を撒き散らしてたくせに、今はシンプルなチュニックが主流。
 はんなりとエレガントなマナーはどこへやら、素朴なナチュラルスタイルが定着してる。

 好きで着てるなら素敵なんだけどね。
 でもあの人達って、前はちょっとナチュラル系を軽視してたからさ。ふーん、って思う。複雑。

 被災してからというもの、毎日何かしら変化があって、みんなの心が落ち着かない。
 世界は復旧するどころか、少しずつ乱れていってる気がする。

 この気持ち悪さには、理由がある。

 誰も大きな声では言わないけど、本当は冬になったら京都に戻りたいんだよ。
 でも叶わないかもって心のどこかで感じてる。
 そうでしょ。バラされて移動された家って結局どうなったわけ?

 知らんけど、確かなことが一つだけ。
 ウチらの故郷は、もう二度と元には戻らないんだろうということ。
 神様仏様はまだいらっしゃると思うけど、肝心の人間が……特に政治をする人が見捨てちゃったから。

 昔はさ、見捨てるなんて考えられなかったんだって。

 特に天皇様。めっちゃ心優しかったらしい。
 例えば煙が出てない家があったら、その家庭は税金を免除されていたんだって。食事を炊けないくらい困ってるってことだから。マジかーって感じだよね。
 いいなー。今なんて何しても税金がかかるんですが。
 当時の天皇様の宮殿は今みたいに見た目重視じゃなくて、ナチュラルでシンプルなお住まいだったの。お金をかけないように。

 こういう昔の人の思いやりとか賢さって、今のウチには想像つかない。というか比べようがないか。
 昔のことを調べたら、日本にはクレバーな時代がちゃんとあったんだなって、しみじみ思う。



■六章 めっちゃ祈って普通じゃない儀式をしても叶わない

【問題】そろそろ本気で救われる?

【正解】残念、エグい飢饉が来ました。二年連続で。

 今でも信じられん。あの異常な竜巻の直後、二年間も食糧不足になったんだ。次の年からだよ?

 山や畑で何も取れない。動物も捕れない。
 春夏は干ばつで、秋冬は洪水や嵐が来て、冗談抜きで散々な状況。
 穀物の収穫なんてゼロ。春に土地を耕しても無駄、夏に植えてもバカバカしい、秋には収穫なし、冬には保存するものもないっていう、完全最悪の負のループ。

 だから、さ? いろんな地域の人たちが自分の土地を捨てて県境を越えたり、家を飛び出して山でキャンプ始めたり、なんとか生きようと焦った。

 めっちゃ祈り続けたり、普通じゃない儀式をやったりもした。けど笑えるくらい効果なし。

 都心は食べ物を地方に依存してるのに、地方から何も届かないから顔面蒼白。

 誰もが助けを求めて必死でメルカリしたけど、買い手なんてゼロ。お金はなくて、けど食品は高くて足りなくて。道端で物乞いが悲しく泣き叫んで、耳を塞ぎたくなるほど。

 そんな悲痛な空気の中で、悪魔の二年間の一年目が終わったよ。言ったら炎上しそうだけど、ウチ、この時代に赤ちゃんとして生まれなくて助かった。今でも思うよ。



■七章 空は死の臭いで満ちた

【問題】次の年はちょっとマシになった?

【正解】残念。疫病・感染症が広がりました。

 ウチもさ、来年はちょっとでもマシになるかなーって思ってた。そしたら食糧不足に感染症まで来て最悪オブ最悪。詰んだ!
 祈ってもなんも変わらない。みんな今度こそバタバタ死んだ。干上がった池の魚みたいに、地面にご遺体が並んでた。

 そんでね、ブランドスーツのあの政治家も、ロレックス自慢のインフルエンサーもいよいよドン底に落ちたっていうか。
 ウチら庶民に欲しいものリストとかで物乞いするようになったの。配信なんて見かけると、こっちが泣きそうになるくらいガリガリでフラフラ。

 この時、飢えで死んだ人の数は数え切れない。
 貧しい状況で感染症が広まればどうなってしまうのか、少し詳しく伝えたいと思う。

 人って病院や家でだけ死ぬんじゃないんだね。
 壁際や道ばたでも死ぬ。で、その遺体を運ぶ人も足りないというかいない。するとどうなると思う?

 空気は死の腐敗の臭いで満ちるんだ。
 目からも鼻からも死がこびりつく。
 本当に悲しい光景が目につくばかりなんだよ。

 道が死体でいっぱいだったら、川辺へ向かうとするでしょ?
 でも川辺だってとっくに死体で埋まっている。ボートも車も通れないほどに。

 もう燃料も足りなくなって、絶望のあまり自分の家のものを売りに出すけど、それでも食べ物には交換できないっていう。カオス。

 こういう時、人は悪事に誘惑されてしまうのかな。
 善良だったご近所さんが、闇バイトを始めて抜け出せなくなるのかな。

 ウチ、たまたま気付いたんだ。
 近所のユーズドショップで、有名な仏像とか神器が転売されてるなって。
 盗品だよ。それもかなりの数。それも、よりにもよって仏様とか神様を持って来ちゃうとか。

 ウチ的には相当ショックだった。
 近所の人が強盗してるっていうのと、仏様まで転売されてるっていうのとで、わけわかんなくなって。

 何かが狂った時代に生まれて、そんな悲しいこと同時に見なきゃいけないなんて、マジでキツかった。
 気分転換して癒されたい。でもまだ、ウチらは許されなかったんだ。



■八章 死へ至る献身

 心から愛し合う人々の間で悲惨な競争が流行した。
 どっちがより相手を愛していて、最期まで一緒にいられるかっていう競争。
 ルールは一つだけ。片方がなんとか食べ物を見つけても、相手にあげて自分は諦める。

 死に至るしかない切なすぎる献身が、京都のどこででも見られ始めた。

 親子なら親が子のために最期まで食べ物を譲るのが当たり前だって言う。
 それでね、亡くなった親のそばで、まだ生きようとしてる赤ちゃんが見つかったりするの。

 こんなに悲しいことって、ある?



■九章 そして巨大地震は訪れた

 例の食糧不足はまだ続いたよ。死者も増えてる。
 あんまりだから、ある偉いお坊様が動いた。
 亡くなった人々に心を痛めて、彼らの額に聖なる印を書いてくださることになったんだ。

 そのボランティアのおかげで、辛い事実がわかったんだよね。
 京都の一部で数えただけなのに、亡くなった人が四万人以上もいたって。
 いや、想像できる?
 つまり実際はもっと多くの人が亡くなってるってことだよ。けど、けどさ。

【質問】もしかして、まだ悪いことが起きる?

【正解】巨大地震が来た。推定マグニチュードは七.四。

 台風、大火事、竜巻、食糧不足、感染症、ついでに人災でぐっちゃぐちゃに壊された京都が、わけのわかんない規模の地震に襲われた。
 世界が壊れて終わってしまう、って。
 あの衝撃の瞬間、ウチは怯えるしかできなかった。

 山は崩れ、川はせき止められ、海は溢れ、地面は割れてカオスの極み。そんな中で、本当に悲しい話がある。

 近所の自衛官の息子さん、六歳の坊やが、いつもみたいにお手製の遊び小屋で遊んでたの。その時、地震で壁が崩れて、突然その子を押し潰してしまった。
 ついさっきまで笑っていた坊やが目の前で命を失った。

 両親が亡くなった子を抱きしめるのを見てウチは泣いていた。心が張り裂けた。
 こんな悲劇の前じゃ、どんなに屈強な人でも咽び泣く。威厳なんて関係ない。愛情が声を上げさせるんだ。



■十章 リセット症候群。ウチらどこでハッピーになるん?

 や、生きてる? ウチはまだ生きてる。
 でもちょっとメンブレ。愚痴る。

 自分の人生でイヤなのは、上っ面の良さとちっぽけなスケールなんだよね。

 まあでも、どんな立場にいても悩みは尽きないか。
 誰か強い人に守ってもらえたらちょっとは楽しいかもだけど、ずっと続く幸せって訳じゃないもんね?

 最近、悲しいときは泣くの我慢して、感情もぐーっと抑えて、いつでも何かしらの不安に怯えてるんだ。
 我ながらスズメみたい。強いハヤブサの巣の近くでビクビク顔色を伺ってるの。

 仮にだけど、貧しい人がセレブの隣に住んでたらお世辞とか言っちゃいそうじゃない?
 嫌味なマウントで傷つけられないようにね。それに、自分のダサさを過剰に恥ずかしがるとかもありそう。
 自分の家族や家と比べては、お金持ちの隣人をうらやましく思ったり、自己肯定感をすり減らしたり。
 何気ない世間話の端々から毎回マウントを感じたり。って、仮の話だよ、仮の。

 でも、自分のために人間関係リセットするのも悪くない気がしてきてるんだ。ウチ、もうちょっと他人の少ない生活がいいかもって。

 住んでる場所が人ごみだったら精神がすり減っちゃうし。火事とか災害があったときにも逃げ場がないし、というか実際なかったし。

 かと言ってへんぴすぎるところに住んでたら、治安が悪くて泥棒に狙われたりするかもで迷う。迷う。

 セレブは欲が深くなる。
 貧乏ぼっちは世間から孤立する
 セレブは防犯とかの心配ごとが増えるけど、貯金ゼロだって持たざる者の不安がある。

 ……あかん、ちょっと考えをまとめよ。

 ウチが思うに、他人に頼るっていうのは、その人の支配下に入るってことなんだ。

 反対に、他人を助けるっていうのは、自分の感情に振り回されるってことでもある。

 他人やトレンドに合わせるのは自分を苦しめること。
 だけど流行を無視すると変わり者扱いでディスられちゃう。

 これ詰んでない? しんどくない?
 人生バッドエンドばっかりとか。
 じゃあウチら、一体どこで、どうやって、たとえ一瞬でも心の平和を見つけてハッピーになれるのー?

 みたいなこと、ぼっちで考えてる。
 答えはもう少しで見つかりそうだ。



■十一章 最弱が最強かもしれん

 今さらなんだけどさ、ウチ、実はばあちゃん家で暮らしてたんだ。両親とじゃなくて。
 けど、ばあちゃんが極楽に行っちゃってから体調めっちゃ悪くなって。微妙な距離の親戚やイツメンにディスられて、いじめられて。
 親切なアドバイスに見せかけた自分語りとかマウント取りもあったな。
 そのせいか元々かはわかんないけど、人間付き合いがどうしても苦手になっちゃって。

 で、決心して逃げたんだ!
 家を引っ越して「ハコぼっち暮らし」してました。
 ハコって言っても伝わらないか。
 ふつーの家の十分の一サイズで、ガチで一部屋しかないタイニーハウス。タイニーハウスって検索したら出てくるのよりマジで本気で小っちゃいハコ。

 一代目の家は、壁はあるけど玄関はないレベル。というかほぼプレハブかガレージ。
 雪降ったり風強かったりするとヤバすぎてウケた。川の近くで洪水のリスクがあるし、泥棒にも狙われやすかったなー。盗るものなんてないのに。

 まあそんなミニマル暮らしで、世界の空しさについて考えて過ごしてたんだよ。
 例の、ありとあらゆる厄災に遭遇しながらね。

 したら意外と月日が経ってて。
 ちゃんと正式に親戚と別れて、放浪の人になった。

 ウチは就職に失敗して収入もなかったし、結婚してないし子どももいなかったから、何も引っかかることはなかったんだよね。

 ほら、あるじゃん。異性と恋愛するのが当たり前、結婚するのが当たり前、いや同性と恋愛しても尊い、ただ良い仕事を見つけるのだけは当たり前、っていう謎の正義マウントになんかついていけなくて。繋がりを強いてくる絆中毒も苦手。

 同調と生産性こそが無条件で正しいっていうセカイに興味を持てなくなって。

 だから、ここ五年は大原山の雲の中でダラダラと過ごしたんだ。

 こんなウチも、死を迎える時が近づいてきて、もう露のように消えていく命だとは思ったんだけど。
 余命そんなにないって、自分が一番わかってるんだけど、えーと。
 
 また作ったんだよね。新しいハコ。

 って言ってもボロいよ?
 ファンタジーの冒険者の一晩だけの避難所、あるいはボロボロの蚕の最期の繭、みたいなね。

 昔のばあちゃんの家と比べたら、ついに百分の一以下のサイズになってたし。あはは!

 年々住むスペースも小さくなってさ。もうガレージですらないよ。三メートル四方くらい?
 場所もこだわらんから地面に固定しなかった。ただ土台を作って、その上にフレームを組み立てて屋根乗せた感じ。
 これさ、すぐ引越しできるようにっていう工夫なんだ。
 場所が気に入らなくなったら簡単に移動できる。引越しも楽々。
 カートが二台もあればハコの材料を全部運べるし、移動のコストも材料費と同じくらい安いからね。

 心の平和が守れてコスパ最強。
 ウチ、自分の心とハコさえあれば生きていけるという境地になりました。

 このメモが何の役に立つかまったくわかんない。
 けど何かの期待を込めて、あと少しだけ残してみる。



■十二章 絆中毒のイツメンから離れたら自分になれたウチ

 隠れ家は日野山って所に建てた。というか置いた。

 日当たりの良い南側には動く日よけなんて置いてね。竹製でカチッとしてて我ながら気に入ってる。

 西側にはちっちゃな祭壇があって、心の推しのポストカードを飾ってるよ。夕方になったら陽が射してエモく光る。で、その前には推しのミニフィギュアを二つだけ飾ってる。

 北側には紙製のラックを作って、好きな詩集と楽譜を置いてる。ハーモニカとギターもね。音楽が趣味なんです。

 東側には天然素材のベッド。窓のそばに書斎デスク。火鉢を置いて、モクモクと枝を燃やしてる。

 小屋の外側、北の方には小さな家庭菜園を作ったよ。ウチはそこで薬草とか育ててるの。

 すんごい小さいハコと、小さい庭。友達はゼロ。だから穏やか。
 誰も傷つけない、誰にも傷つけられない。
 これが、ウチの求めてたスタイルだったんだ。



■十三章 静かな夜は月を見ている

 最近のこと、気合入れて書いてみようか。

 ええと、南側は日当たりが良いって言ったっけ?
 外に石積みの池を作ったんだけど、陽がキラキラ映るからエモみがすごい。涙出てくる。

 今いる場所、豊山っていうんだけど、人の手が触れてない感じが自然で素敵なんだよね。
 谷は木が盛り盛りだけど西側は視界開けてて、思索タイムに最適だと思う。ウチ無限に考えられるわ。

 春は藤の花が可愛いの。西風がその藤の香りを運んできたら鳥が歌うんだ。ホトトギス。

 秋はセミたちの声がうるさいけど、切なくもあってさ。ほら、短い命じゃん?
 だからあの鳴き声って、この儚い世界について思いを馳せさせるんだよね。

 冬は雪が積もっては消え積もっては消え。見てたら世間様の罪の増えたり減ったりと重なってさ……つい哲学しちゃうね。

 で、祈りや読書に飽きたら自分タイム。
 誰にも邪魔されない、文句言われない。
 理不尽なマナーの押しつけもなし。

 沈黙の誓いなんかないけど、こんなに一人だと静かになるよ。
 ここまでぼっちに徹していたら誘惑だってなくなった。これが平穏ってやつかーって味わってる。

 朝は川辺でボートが往復するのを眺めながら、ただ美しい詩を思い出す。
 夕方は月桂樹の葉が風にそよぐのを感じて癒やされるんだ。

 ウチもアコースティックギターなんて弾いて完全にリラックスですわ。気が乗ったら、風の音や流れる水の音にシンクロして即興で歌う。
 や、ウチは音楽の才能とかないけどさ、好きなんだよ。

 しんどい承認欲求から自由になって、今はただ自分のために歌って演奏してる。
 「自分のためだけに」ってほんと楽しいから、このメモ見つけたあなたにもやってみて欲しいわ。

 まあそういうわけだから、人付き合いは……うん、ほとんどない。例外がちょっとだけだね。

 遠くの方の小屋に山番の人が住んでてさ、彼の息子さんがたまに見回り兼遊びに来るよ。あっちはかなり年下だけど、一緒に自然を楽しんでる。
 花を摘んだり実を集めたり、芋掘りしたり。
 晴れた日は山の頂上まで登って、遠くの空や町の景色を二人で分け合ってる。

 ここの自然は誰のものでもない。
 ウチらは自由に楽しめる。

 もっと広い世界を見たくなった時はね、ウチら歩く必要すらないの。
 心の中で山々を渡って、川を渡って、神社でお祈りして、好きな作家の石碑を尋ねたり。
 帰り道では桜や紅葉、落ち葉や木の実を集めて、神さまにもお供えする。穏やかに、穏やかに。解放された心で。

 静かな夜は、窓から覗く月を見てる。
 歴史上の人物のことを空想したり、山の獣の悲しい声の響きに感動したり。
 蛍の光や遠くの灯りは幻想的。朝の雨音は森の中の嵐みたいにウチを包む。

 もちろん、寂しい日はある。
 懐かしいヤマドリの声が聞こえる時は昔の家族を思い出すよ。
 シカが私に並んで歩いてるのを見ると、実はどれだけウチが世間離れしているか実感する。
 そうして、寒い夜は火鉢で火を起こして、ちょっとした温もりを楽しむ。やっぱりぼっちで。

 ウチの山は怖いところじゃない。ぼっちも恐くはない。
 けど、フクロウの鳴き声が、なんかもう。
 ウチの心理をえぐる感じがして、いろんなことを考えさせられるな。
 寂しいか平気なんかどっちやねーんって言われたら、どっちもやーって開き直るしかない。



■十四章 ウチはウチのため、あなたはあなたのため

 完全に言い訳なんだけどさ。
 ウチ、最初はここにちょっとだけいるつもりだった。なのに、なんだかんだ月日が流れて。

 今のタイニーハウスもボロくなってきた。レトロ味が出てまたイイ感じなの。
 都心のゴシップや大物の炎上ニュースは耳に入ってくるけど、昔ほどには反応しない。
 ここがウチの聖域であり安全基地なのな。

 ハコって狭いけどパーソナルスペースとしては最高だ。
 夜はベッドでぐっすり寝られて、昼はラグでのんびり過ごせる。ヤドカリみたいに小さなスペースで十分満足できたんだ。
 大半の人が、豪華な家を建てても、自分の楽しみじゃなくて他の誰かのために使ってるじゃない?
 溜まり場にしたり、配信スタジオにしちゃったり、オフラインサロンで集金したり。そのために借金をしてしまったり。
 でもウチは違うの。自分のためだけに、自分に合うサイズとスタイルで手作りしたんだよね。

 立派な家に住む意味は、少なくともウチにはなかった。ソロが落ち着くし。
 誰を招くわけでもないし、誰かと住むわけでもない。

 自分の人生は自分でコントロールするの。

 何かする時は、できる限り自分の手足を使って自分でやる。
 面倒かもだけど人に頼むよりずっと落ち着く。
 歩く時は自分の足で歩いて、何かしたい時は自分の手でやる。
 疲れた時は休むし、元気な時には活動する。
 ウチの体、自分で管理してるから無理はしてないよ。

 適度な運動とか仕事は体にいいし、怠けすぎるのはかえって身体に毒だからなー。

 ましてやだ。誰かに負担をかけたり、意志を束縛するなんて最悪だ。違う?

 ウチらには誰かの人生をコントロールする権利なんてないから。誰かにもウチらの人生コントロールする権利はないから。

 だからウチはウチのために、自分のために、できる限り自分でやる。それが一番自由で、一番ウチららしい生き方になると思わん?

 あなたは、あなた自身のためにできるんだよ。



■十五章 信頼も軽視もしない、されない。雲みたいに自由。

 さっきは長くなった!
 今日はサクッとファッションと食べ物について話そう。

 まず服装。藤の布や麻でサッと縫えば問題なし。着心地重視、ナチュラルでエコだ。見た目はウチが満足してればそれでいいかなって。無印っぽいし。

 シンプルながらも美味しいご飯があればいい、マジでありがたいって感じるんだよ。
 だってほら、ウチら地獄を見てきちゃったじゃん。まあ、都心のセレブはもう忘れて、別な考えしてるっぽいけど。

 それにしてもウチが辿り着いた生活スタイル、前と比べると、ねぇ。天と地の差でウケる。

 ディスりとマウントだらけの社会から距離を置いたら、心が解放されて軽くなった。
 嫉妬や不安なんて感じないし、マイペースで天命を全うしてるって感じ。
 ウチの身は、空を漂う雲みたいに自由。信頼も軽視もしない、されない。

 ただ夜の枕元で感じる小さな幸せがウチのすべて。
 毎日の希望は、自然が見せてくれる美しさの中に存在してる。

 って、カッコつけるのは良くないな。シンプルにいこう。

 誰かの贅沢と比べるから苦しい。
 自分の心が求めるものをちゃんと知って、素朴な生活をしてみるのが一番だと思う。

 衣食住どれも最低限で、けれど心地良いものをちゃんと選ぶ。それがウチの、最高の贅沢だったんだろうね。




■最終章 これが本当のウチらってこと

 おー、お疲れ様ー!
 我ながら良く生きた、結構書いた。
 ウチに付き合ってくれた人、ありがとうね。感謝の極みー。

 ええと、最後は何の話をしよう。んー。

 話は変わるけどさ。過去も未来も現在も、全部ウチら私のメンタル次第だと思わん?

 メンブレだと、どんな素敵なアイテムを持っててもテンション上がんないじゃん。

 でもハコぼっち暮らしを始めてからは、ウチほとんどメンタルがブレないんだよね。静かに幸せを感じてる。

 そりゃたまーに繁華街とか同窓会とかに立ち寄ったら、自分のあまりのシンプルさにやや凹みするけどさ。
 でもまたハコに戻ってくるとホッとするんだ。
 あのギラギラの世界の人たちって忙しそうというか、ヘイト競争が大変そうだなというか、騙し合いはしんどそうだな……とか、気の毒に思う瞬間もある。周囲から押しつけられた理想に苦しんでる人、実際にいるしね。

 だからさ、もし誰かに「なんでそんな極限生活してるん?」って聞かれたら言いたいわ。
 いいからやってみ、楽しんでみ。可愛い鳥や魚と同じやん!

 ウチら鳥でも魚でもないけど、自然の生物はマイペースに生きてるじゃん。

 隠者ライフには間違いなく良さみがある。ただそれは選んだ後に見えてくるってだけ。

 だからもし、しがらみだらけでキツいってなってる人がいたら、「逃げていい、離れても大丈夫」って伝われば良いな。


 ウチの人生、もうすぐ消えていくけど。
 山に隠れる月みたいにスッと落ちてなくなるだろうけどさ。

 仏様の教えみたいに、この世のものに執着しすぎないのって大事だなぁって思う。

 この小さな部屋に愛着を持って、この平和な生活で幸せを見つけて、ウチは得意げになってた。
 けど実は、この程度の愛着も魂の安寧を邪魔をしてるのかもしれないんだよね。

 夜明けの静かな時間に、自分に問いかけてみたよ。

「ウチはなんでここまで世を捨てた?」
「それでメンタルは澄み渡った?」
「今のウチ、昔のイツメンの記憶に泥を塗ってない?」などなど。

 ウチの魂は、どれにもはっきりと答えられないんだよね。まだまだ迷いまくりでウケる。
 ただ無意識に、仏様の名前をつぶやくだけ。
 結局はそれが、ウチっていう人みたいでした。

 ――お気に入りの豊山で、弥生の月の最後の日にこれを書いている。

 外はもう月明かりが山陰に消えて、暗くて寂しいや。
 でも、その光はまたいつか戻ってきて、私を照らしてくれる。そう思うと心が優しくなる。

 悲しい気持ちも嬉しい気持ちも全部、ウチは残り少ない余命いっぱいに受け入れてるよ。
 辿り着けた真実のひととき、ウチのささやかな楽しみ。あるがままを、ここに記そう。