……繰り返そう。頭にかぶった鉢。
鉢というのは植木鉢ではなく、いわゆる皿よりも深めの食器。それのかなり大きめのやつを、まるで帽子かとでもいうように、目深にかぶっているのだ。
最新のおしゃれとか変わった趣味というわけではなく、この鉢は何故か頭にかぶった状態のまま取れないらしい。この前試しに引っ張らせてもらったが、本当に取れなかった(すごく痛がられたから二度とやらないと誓った)。
その奇妙な姿に、周りの生徒たちは彼女から一定の距離を保っている。そして陰では、「初瀬香月」というフルネームをもじって「鉢かづき」と呼んでいるようだ。
「初瀬さん、この学校には慣れた?」
「は、はい……お陰様で。行き場のないところに仕事をくださって、私にはもったいない環境でお勉強までさせていただいて……中条様には、感謝してもしきれません」
ここでの「中条様」は僕ではなく、この学校の理事長である僕の父のことだ。
何でも、父はある日偶然初瀬さんを見つけ、鉢をかぶったその奇妙な姿を面白がって声を掛けたらしい。
彼女がお金も変える場所もなく困っていることを知って、この中条学園の寮で管理人の仕事を与え、ついでに入学もさせたのだそう。
僕は初瀬さんが来た初日から、興味本位で彼女のことをずっと観察していた。
だからわかった。初瀬さんは、鉢をかぶっていること以外は本当に普通の女の子だ。
いや、むしろ……僕がこれまで出会ってきたたくさんの女性たちの誰よりも、美しいように思えた。
……もういい。端的に言ってしまおう。
僕は、初瀬さんのことを好きになってしまったのだ。
「ねえ初瀬さん。僕ら一家のこと全員『中条様』じゃあややこしいし、僕のことだけでも名前で呼んでよ」
「へっ、あ、そうですよね。じゃ、じゃあ翔様、と」
「呼び捨てでもいいんだよ?」
「い、いけません! さすがに身分がありますから」
「はは、身分って」
恥ずかしそうに俯くと、鉢で顔が完全に隠れてしまう。
そんな仕草一つもすごく可愛い。
恋をすると見える世界が変わるというが、それは本当だ。
僕は初瀬さんに出会って、息苦しく変わり映えのしない毎日が、輝いて見えるようになったのだから。