白姫の力の話を聞いた翌日、雪華は文に連れられてとある場所を訪れていた。そこは、古びた小屋のような外観の建物だった。
 中に入ってみると診療所のようになっていて、怪我をした龍たちが人型となってベッドに横たわっていた。人型となることさえできなくなったものたちは、建物の裏にあるひらけた場所で動けずうずくまっていた。
 けれど、その場所は診療所と明確に異なるところがひとつあった。医師も薬師もいないのだ。
 入り口に立ち尽くしたまま、雪華は文に問いかけた。

「治療は、されないのですか?」
「……治療のしようがないのです。我々龍は、他の龍に傷つけられた場合、ただこの場で身体を休めるだけしかできません。治るか治らないかは、体力と運次第なのです」
「そんな……」

 文の説明に、息が浅く苦しくなる。
 ここにいるのは治安維持部隊の隊員だけではない。そこでうずくまっている小さな子どもも、奥で眠っている年老いた老婆も、皆治るかどうかもわからないまま、ここにいるなんて。

「白姫様?」

 おもむろに歩き出した雪華を、文は慌てて追いかける。
 雪華はすぐ近くでうずくまっていた、小さな男の子の元へと向かった。

「ひどい」

 男の子は着物の上半身を脱ぎ、通常よりも低い位置で結んだ帯紐に引っかけていた。その理由は聞かなくてもわかる。背中にある大きな傷跡から絶えず膿があふれ、きちんと着物を着られないのだ。

「お姉ちゃん……誰……?」

 振り返った男の子は、赤い顔に荒い息をしていた。傷口が化膿し、熱が出ているのかもしれない。
 雪華は小さく息を吸い込むと、自分自身の手のひらを男の子の背中にかざす。そして、どうか男の子の傷が治りますように、と祈った。

「いたいの、いたいの、とんでいけ」

 雪華が言葉を口にした瞬間、手のひらからまばゆいほどの光があふれ出る。昨日は気づかなかったけれど、光は優しいぬくもりに包まれているように感じた。
 周りにいた人たちも、雪華の光になにが起きるのかと視線を向ける。

「う、そ……」

 雪華が手のひらをかざしていた男の子は、驚いたように立ち上がった。二度、三度と自分自身の身体を見回すと、歓声とともに飛び上がった。

「治ってる! 嘘みたいだ! やった! やったあ!」

 涙を流しながら跳びはねると、そのまま雪華に飛びついた。

「お姉ちゃん、ありがとう! 今の、お姉ちゃんがやったんだろ? お姉ちゃんの光に当たったら、身体が温かくなって、胸がドクドクってうるさくって、それで、それで!」

 驚きと喜びにあふれ涙を流す男の子に、雪華まで嬉しくなる。けれど、男の子を慌てて文が引き離した。

「落ち着きなさい。この方は白姫様です。無礼は許されません」
「お姉ちゃんが、白姫様……? 黒龍様の、奥様?」

 男の子の問いかけに、ためらいながらも雪華は小さく頷いた。その態度に反応したのは、男の子だけではなかった。

「白姫様! 私の夫も!」
「いいや、白姫様。うちの息子を! どうか息子を助けてください!」

 あちらこちらから雪華に助けを求める声が聞こえてくる。隣に立つ文が鎮めようとするけれど、その声がかき消されるぐらい、皆白姫の力を求めていた。この声を、縋るような視線を無視することなんて雪華にはできなかった。

「白姫様、おやめください」
「大丈夫」

 ふたり、三人と光を当てていくごとに、心臓の音が激しくなるのを感じる。額から伝い落ちた汗が、黒龍から与えてもらった着物の(えり)()らしていく。それでも自分のことを求めてくれる声がある限り、雪華は力を使い続ける。
 ずっと邪魔者扱いされて、必要のない人間だと言われ続けてきた雪華にとって、たくさんの人が自分を求めてくれているこの状況が嬉しくて仕方がなかった。でも。

「あっ」

 小さく叫ぶ文の声が聞こえたその瞬間、足に力が入らなくなり、目の前が真っ暗になった。

「白姫様!」
「だ……いじょ……ぶ」

 気づけばその場に座り込んでいた雪華のそばに、慌てて文が駆けつける。脇を支えてもらい、なんとか身体を起こすことができた。
 そんな雪華を、文は鳴きそうな声で必死に止めようとした。

「大丈夫ではありません! そんなに真っ青な顔をしてらっしゃるというのに!」
「でも、まだ……」
「『まだ』ではない」

 無理やり立ち上がろうとする雪華の身体が、その瞬間ふわりと宙に浮いた。

「あれほど無理はするなと言っただろ」
「黒龍様……」

 いつの間に診療所へやってきたのか、黒龍は雪華の背中と足に腕を回して身体を抱き上げていた。

「文」

 黒龍は雪華の声など聞こえていないように、文に声をかける。
 文は慌てて膝をつき頭を下げた。

「白姫は部屋に連れて帰る。ここは任せた。それから、あとでなにか身体に優しいものを持ってきてくれ」
「承知いたしました」

 黒龍は雪華を抱き上げて歩き出す。

「じ、自分で歩けます」
「黙ってろ」

 雪華の言葉を一蹴すると、黒龍は雪華を抱く腕に力を込めた。
 それ以上なにも言えず、黙ったまま歩く黒龍に身体を預ける。その腕の中は荒々しい言葉遣いとは裏腹に優しく温かくて、気づけば雪華は意識を手放していた。

「あ……れ」

 気がつくと、自室の布団の中にいた。
 確か先ほどまで黒龍の腕に抱かれていたはず。しかし、窓の外はもう薄暗くて、あれからずいぶんと時間が経ったのを思い知らされる。

「目覚めたか」

 その声は、雪華の布団のすぐ近くから聞こえた。上半身を起こし視線を向けると、布団から一番近い壁にもたれかかるようにして黒龍が座っていた。

「あ……」
「なにか言うことは?」
「運んでくださり、ありがとうございます」
「そうではない」

 苛立ったような声をあげると、黒龍は壁にもたれたまま雪華に鋭い視線を向けた。

「無理をするなと言ったのに、なぜ倒れるほど力を使った。自分の身体を大事にできないのであれば、二度と力を使うことは許さない」
「そんな!」

 せっかく自分にも誰かのために役立てると思っていたのに、それを禁じられれば、雪華はただの役立たずに逆戻りしてしまう。そんなのは嫌だ。

「申し訳、ございません」
「なにを謝っている」
「言いつけを守らなかったから……」

 雪華の答えに、黒龍は右手で自身の髪をかき上げると苛立ちを隠さずため息をついた。

「そうではない」
「え……。では、なぜ?」
「本当にわからないのか」

 黒龍は問いかけるけれど、言いつけを守らなかった以外でなぜ黒龍が怒っているのか雪華にはまったくわからなかった。おずおずと頷く雪華に、黒龍はもう一度ため息をつくと立ち上がり、そして。

「無茶をしてなにかあったらどうするんだ」

 強く雪華の身体を抱きしめた。

「俺が怒っているのは、お前が自分を大事にしないからだ。誰かのためになにかをするのはいい。だが、自分をちゃんと大切にしてくれ」
「私を……」

 自分自身を大切にするなんて、これまで考えたことがなかったし、誰にも言われてこなかった。
 雪華を抱きしめる黒龍の腕に力が込められ、黒龍がどれだけ雪華を心配して案じてくれていたのかが伝わってくる。

「ごめんな、さい」
「わかったなら、いい」
「はい。……それから」

 雪華はそっと黒龍の背に自分の腕を回した。

「ありがとう、ございます」

 雪華の腕が身体に触れると、一瞬黒龍の身体がわずかに震えたのがわかった。けれど、それには気づいていないふりをして、ギュッと抱きしめ返した。
 誰かに抱きしめられるぬくもりも、誰かを抱きしめた身体の熱さも、全部雪華にとって初めてのものだった。


 十日後、ようやく黒龍の許可が出て、雪華は文と一緒に診療所へと向かうことができた。倒れた翌日には元気になっていたのだけれど『まだ駄目だ』と言う黒龍の言葉に従った。黒龍にはたくさん心配をかけたので、せめて黒龍が安心できるまでは大人しくしておこうと思ったのだ。

「んー、久しぶりに外を歩く気がする」
「縁側に出るのが精一杯でしたものね」

 辺りに気を配りながら文は苦笑いを浮かべる。最初こそ責任を感じ、黒龍と同様に部屋で安静にしているようにと言っていた文だったけれど、黒龍の過保護さに最後は『黒龍様ってこんな方だったかしら……』とつぶやいているのを聞いてしまったほどだった。
 診療所を再び訪れるにあたって、黒龍といくつかの約束事をした。
 ひとつは、一日に使う力の上限。治癒する患者の症状の重い軽いはがあるけれど、一日に三人までとすること。
 ふたつ目は、少しでも体調が悪くなったりしんどくなったりするようであれば、三人に達していなくても必ず中止する。
 三つ目は、その日あった出来事を黒龍に話す。どういう患者を治療して、どんな話をしたか。それを聞かせてほしいと黒龍は言っていた。
 三つ目の約束をさせてしまうぐらいに心配をかけてしまったことを申し訳なく感じる。同時に、そんなにも雪華を気にかけてくれる優しさがどこかくすぐったかった。


 黒龍との約束通り、三人の治療を行い屋敷へとまっすぐ帰る。そんな生活を何日か繰り返したある日。

「あれ? どこからか泣き声が聞こえない?」

 診療所を出てしばらく歩いたところで雪華は立ち止まった。雪華の言葉に文が辺りを見回すと、普段使っている帰り道とは反対の方から泣き声が聞こえた。
 黒龍の屋敷はかなり奥まったところにあり、町を挟んで反対側にある診療所からの帰り道には湖や小高い丘などが広がっているらしい。どうやら泣き声はそちらから聞こえてくるようだった。

「様子を見に行ってもいいかしら?」
「ですが……」

 文は顔を曇らせる。
 黒龍からは、診療所からの帰り道はどこにも寄らずまっすぐに帰ってくるようにと言われていた。先日心配をかけたこともあり、できれば約束は守りたい。けれど、泣いている子どもの声を聞かなかったふりはできない。
 少し悩んだあと、文は「わかりました」と頷いた。

「私が見てきますので、白姫様はこちらで待っていてもらえますか?」
「でも」
「おひとりで帰られて、なにかあれば黒龍様に申し訳が立ちません。かといって、白姫様がこのまま泣き声を放っておけない方なのも知っております」

 文はすべてお見通しとばかりに微笑む。

「確認してすぐに戻って参りますので、どうかこちらにいらしてください」
「わかったわ。ごめんね、でもよろしくお願いね」

 雪華の言葉に「はい」と返事をすると、文は泣き声のする方へと向かった。
 だんだんと小さくなっていく文の姿に、少しだけ不安を覚える。ここに来てから、こんなふうに外でひとりになるのは初めてでどこか心細い。『無事解決しました』と文が帰ってきてくれるのを、雪華は今か今かと待ち続けた。
 しばらくすると、泣き声が止まった。もしかすると文が子どもの元にたどり着いたのかもしれない。そう思っていた雪華の耳に聞こえたのは。

「キャーーッ」
「文」

 離れていてもわかるほどの、文の悲鳴だった。
 文が向かった方向に慌てて駆け出した雪華は、湖に引きずり込まれそうになっている文の姿を見つけた。

「文!」
「白姫さ……来ちゃ駄目です! 逃げてください!」

 自分がひどい目に遭っていながらも雪華を気にかける文に、雪華は思わず声を荒らげた。

「馬鹿なこと言わないで!」

 急いで駆け寄ると、湖岸の草を必死に掴む文の腕を掴んだ。

「白姫様!」
「私は文を見捨てたりしない!」

 必死に引き上げようとするけれど、水の中から文を引っ張っているなにかの力はあまりにも強くて、雪華程度ではどうすることもできない。

「このままでは白姫様まで水中に引きずり込まれてしまいます。どうかお願いですから、手を離してください」

 文の言うとおり、少しずつ雪華の身体も水面へと近づいていっている。ふたり揃って引きずり込まれるまでそう時間はかからない。
 それでも雪華は手を離すわけにいかなかった。雪華が手を離せば、その瞬間文が水中へと姿を消すのは容易に想像がついたから。
 文の腕を掴む手に力を込めた。その瞬間。

「嫌っ!」

 水中のなにかが、雪華ごと文の身体を湖へと引きずり込んだ。
 突然の事態にうまく息を止めることもできず、鼻の中に水が入る。どうにか息を止めようとするけれど、どんどん奥へと引き込まれるうちにゴボッと肺の中の空気を吐き出してしまう。
 ぼやけそうになる視線の先に見えたのは、獣のようななにかが文の足を引きちぎらんばかりに()みついている姿だった。
 雪華は意識を失いそうになりながらも手を伸ばす。
 文を助けたい。その一心で祈った瞬間、辺りは光に包まれた。
 気がついたときには、雪華は水面に顔を出していた。光に目がくらんだ獣が、文から口を離した瞬間、もがくようにして浮上したのだ。

「文! 文!」

 どうにか水面まで引き上げたけれど、文は意識を失ってしまっている。湖岸に戻り雪華ひとりの力で岸に上げられるかというと、不可能なのはわかりきっていた。

「誰か、助けを……」

 誰か、じゃない。雪華が助けを求められるのなんて、たったひとりだけだ。

「黒龍様! 黒龍様! 助けてください!」

 こんなところで叫んだって、黒龍まで届くわけがない。それでも必死に叫び続けた。黒龍ならきっと、雪華の元に駆けつけてくれると信じて。

「雪華!」

 そのとき、怒鳴るようなその声とともに辺りは暗闇に覆われた。

「黒龍様っ!」

 暗闇のように思われたそれは、龍の姿となった黒龍だった。湖岸に降り立った黒龍は、人間の姿になるのももどかしいと言わんばかりに、雪華と意識を失った文を引き上げた。

「無事か」
「あ……黒龍さ……ま……」

 なにがあったのかと問いただされると思った。なにをやってるんだと叱責されても仕方がないと覚悟していた。
 けれど、黒龍の口から出た言葉は、ただ雪華の身を案じるものだった。

「無事で、よかった……」
「わ、私よりも文が!」
「文のことはこのあと来る他の者に任せろ。それより、お前も怪我をしているじゃないか。痛くはないか? 苦しいところは?」

 人型に姿を変え、黒龍は雪華の頬に、腕に、身体に触れていく。怪我のひとつも見逃さないと言わんばかりの行動は、雪華を心配してのものだとわかるけれど。

「私は大丈夫です! それよりも文を! 文の治療をさせてください!」
「白姫?」

 黒龍の身体を押しのけると、雪華は這うようにして文の元へと向かう。身動きひとつしない文の身体にそっと触れた。

「冷たい……」

 腹の辺りを噛まれたらしく、下半身は流れた血で赤く染まっていた。龍は治りが早いと言っていたのに、どうして。

「……この傷は、龍によるものだな」

 隣に並んだ黒龍が眉をひそめつぶやく。

「龍による傷って……まさか」

 雪華の言葉に、黒龍は頷いた。

「診療所にいる者たちと同じだ。龍族の中には、俺たちのように人型を取り、知性を持ち、人と同じように生活をしている者もいる。だが、以前も言ったように獣同然に人や龍を襲い、それを悦とするやつらも少数ではあるが存在する。恐らく文を襲った者も……」
「そんな!」

 確かに、龍による傷は治りが悪いと聞いていた。だからあの診療所にいる人たちは治るのを待つしかない。
 けれど、まさか黒龍たちと同じ龍の中に、龍を襲うのを楽しむような、そんな人たちがいるなんて想像もしていなかった。
 でも、ひとつだけわかったことがある。

「龍による傷であれば、私に治せると。そうですますよね」

 雪華は文の手を握りしめた。きっと自分が助けてみせると心に誓う。

「待て、文はこちらで治す。白姫はこれ以上力を使うな」

 黒龍の言うことはわかる。今日はすでに診療所で三人の治療をしてきた。これ以上力を使えば、雪華だって無事ではいられないかもしれない。それでも。

「文は私にとって大切な人です。だから私に助けられる力があるのなら助けたいのです」
「どうしてそこまで」

 黒龍は雪華の言葉が理解できないとばかりに顔をしかめた。そんな黒龍に、雪華は小さく微笑んで見みせた。

「文が私をどう思っていようと、私にとって文は大切な、大好きな友達なんです。友達が怪我をして苦しんでいるのになにもせずにいるなんて、私にはできません」
「白姫」

 驚いたような表情を浮かべたあと「そうか」とつぶやいた黒龍は、それ以上雪華を止めることはなかった。
 文へと向き直ると、雪華は文の手を両手でギュッと握りしめる。

「いたいの、いたいの、とんでいけ」

 どうか文が目覚めますように。文の怪我が治りますように。祈りを込めて唱えた。
 辺りを真っ白な光が包む。文の身体につけられた傷が徐々に薄くなり、そして。

「ん……あ……」
「文!」
「白姫……様……」

 うっすらと目を開けた文の身体を、雪華は抱きしめた。

「文! よかった! 気がついて本当によかった!」
「白姫様の……おかげです……」

 雪華の頬にそっと手を伸ばすと、文は笑みを浮かべた。

「水中で、私はあの龍に二度殺されそうになりました。白姫様が力を使ってくださらなければきっと、私は一度目の傷で死んでました」
「あのときの……」

 どうにかして文を助けたいと思って、無我夢中で祈ったあのときの光が、水中にいた板龍の目くらましになっただけでなく文のことも守っていたなんて。

「白姫様は、命の恩人です」

 文の言葉に、雪華は安堵と、それから一抹の寂しさを覚えた。
『命の恩人』となった白姫を、文が友達だと思ってくれる日なんて、きっともう来ない。助けたいと願ってした行動が、雪華と文の間の距離をさらに広げてしまうなんて考えてもみなかった。
 それでも、あのときの行動を後悔なんてしない。文が助かる以上に大事なことなんて存在しないのだから。
 身体を起こすと、雪華は胸の痛みを押し殺しながら微笑みを浮かべた。

「文が助かって、本当によかった」

 これでいいのだと顔を上げて立ち上がろうとした雪華の腕を、文が掴んだ。

「文?」
「さっきの、黒龍様に言ってくださった言葉、沈む意識の向こうで聞こえていました」
「え……」

 雪華の腕を掴む文の力が強くなる。

「私を友達だって、大切だって言ってくれて、ありがとう」
「あ……」
「私も、雪華が大好きだよ」

 照れくさそうに笑う文に、雪華は抱きついた。頬を伝う涙は、文の頬を流れる涙と混じって、ひとつになって流れ落ちた。


 庭に咲く花が紫陽花や梔子(くちなし)に変わる頃、文は雪華のお世話係の役目を解かれた。表向きは雪華がひとりで身の回りのことをできるから、という理由になっていたが、実際は先日の一件の責任を負わされたようだった。
 あの日、雪華の無事を確認したあとの黒龍の荒れ具合は尋常ではなかった。口には出さないものの怒っているのが周りにも伝わるようで、腫れ物に触るような空気で皆黒龍に接していた。
 そのせいで、雪華は尋ねそびれていた。あの日、名前で呼んでくれましたよね、と。
 確かにあのとき、駆けつけた黒龍は雪華を名前で呼んでくれたように思う。あんなふうに誰かから名を呼ばれるのは祖母が生きていた頃以来で、思い出すたびにくすぐったさと胸の奥が温かくなるのを感じる。
 また、名前で呼んで欲しい。
 そんなささやかなようで、雪華にとっては口に出すのも(はばか)られるような願いごとは、未だに黒龍に伝えられずにいた。
 縁側に出て庭に咲く花々を見ていると、襖の向こうで声がした。

「入っても大丈夫でしょうか?」
「ええ、もちろん」

 雪華の答えを待って開けられた襖の向こうには、文の姿があった。

「今日のお仕事は終わったの?」
「終わりましたよ。ほんっとうにもう、葛葉様ったら厳しいんだから」

 文句を言いながら、文は座卓の前に座った。雪華も笑みを浮かべ、その向かいに腰を下ろす。
 世話役を解任された文は、葛葉の指導の下、炊事場の仕事をしているようだった。ひととおりの仕事を終えると、こうやって雪華の元に顔を出す。友達として。

「黒龍様が、葛葉は見込みのある人には特に厳しいって話してたわ」
「えー、特に厳しくなくていいんですけどね。もっと優しくしてほしい!」

 不服そうに頬を膨らませる文を、雪華はふふっと笑う。
 丁寧な口調ではあるけれど、砕けた感じで話してくれるのが嬉しい。以前の無理やりに話してもらったときとは違う、文との親密さが嬉しくて仕方なかった。

「なに笑ってるんです?」
「ううん、なんでもないの」

 不思議そうに首を傾げる文に、雪華はもう一度笑みを浮かべた。
 そのあと、文が葛葉から持っていくように指示されたという焼き菓子をふたりで食べていると、庭の方から声が聞こえた。

「あー、美味しそうなもの食べてる!」
「え……あっ、玲様?」
「僕のこと、覚えててくれたんです? 嬉しいなぁ」

 無邪気な笑顔で喜ぶと、玲は縁側に座った。
 焼き菓子を頬張っていた文は、玲の姿に驚いたのか()せたように()き込んでいた。突然庭から玲が現れたから、驚いても不思議はないが、咽せるほどだろうか?
 疑問に思いながらも文にお茶を飲むように言ったあと、雪華は玲のそばに膝をついて声をかけた。

「玲様。どうされましたか?」

 黒龍の弟だという話だったけれど、相変わらず太陽のように輝く白金の髪色をした玲は黒龍とは似ても似つかぬ容姿をしていた。

「この間のお礼を言いに来たんだ。僕の手の怪我を治してくれてありがとう」
「そんな、お礼なんて……」

 そもそもあの程度の傷であれば、きっと龍にとってはかすり傷だったはずだ。雪華が余計なことをしなくても、きっとすぐに治っていただろうに、こうしてわざわざお礼のために来てくれるとは、なんていい子なのか。
 屈託なくニコニコと笑いかける玲に、雪華は生家で唯一自分に優しく接してくれた夏斗を重ねてしまう。
 夏斗は元気にしているだろうか。姉が死んだと思って、心を痛めていないだろうか。最後に見た泣きじゃくる夏斗の姿を思い出し、胸がひどく痛む。

「白姫様? どうかされましたか?」

 黙ってしまった雪華を気遣うように玲は顔を(のぞ)き込む。そんな姿も可愛らしくて雪華は首を振った。

「いえ、大丈夫です。玲様はお優しいですね」
「そ、そんなこと」

 恥ずかしそうに頬を赤らめる玲の姿が愛らしく、雪華はもう一度微笑んだ。
 文が持ってきてくれたおやつを玲も一緒に食べながら、雪華はふと浮かんだ疑問を口にした。

「玲様は、黒龍様の弟君だとおっしゃってましたよね」
「そうです。僕の髪は兄様みたいに格好いい黒色ではないですが、同じ龍王を父に持つ兄弟です」
「龍王と言うことは、白龍様の……?」

 ようやく先ほど文が咽せるほど驚いた理由がわかった。黒龍の弟というだけでなく、龍王である白龍の息子が突然現れれば、驚いても仕方がない。
 そんなことを考えながら玲へと視線を向ける。確かにその白金の髪色は、空を駆ける白龍と似ている気がした。
 でも、玲が白龍の子どもだとすると疑問が浮かぶ。
 「玲は玲、文は文、ですよね」

同じ息子である玲には名前があるのに、どうして黒龍は――。
同じ白龍の息子の名前がなら、だろうか
「それがどうかしましたか?」

 雪華の言葉の意味がわからないとばかりに、焼き菓子を口にしながら玲は首を傾げる。そんな玲に、雪華はおずおずと尋ねた。

「では、黒龍様のお名前は?」

 雪華の言葉に一瞬、その場が静まり返った。聞いてはいけないことだったのだろうか。

「兄様は、黒龍様ですから」

 すると、ふっと口角を上げて玲は言った。その態度が少し気にかかったけれど、それよりも玲の言葉の意味が知りたくて、雪華はさらに問いかける。

「黒龍様だからって、どういうことですか?」
「そのままの意味ですよ。兄様は黒龍なのです。白龍の上をいくもの。僕たち白龍よりも神に近い存在。兄様がお生まれになった瞬間、すべてが……」

 だんだんと独り言のように小声になっていく玲の言葉は、うまく聞き取れない。

「玲様?」

 俯きがちになる玲に恐る恐る声をかけると、少しの間のあとパッと顔を上げた。そこにいたのは、さっきまでと同じ、屈託のない笑みを浮かべる玲の姿だった。

「だから、そんな唯一無二の存在である兄様に、名前というその者を縛るものをつけることができる者なんて存在しないんです。例えそれが、当代の龍王であろうと」
「名前がない……」
「あったとしても、呼ぶなんておこがましいこと、許されないと思いますけどね。だから皆、敬意を込めて『黒龍様』とお呼びするのです」

 玲の言いたいことはわかる。名前をつけられない理由も理解はできる。けれど納得できるかというと話は別だ。
 名前を呼んでもらうどころか、つけてさえもらえない。そんな黒龍に、雪華の胸がひどく痛んだ。
 雪華という名前があるにもかかわらず、生家で『色なし』としか呼ばれなかった日々を思い出す。それは自分という存在を否定されたようで、少しずつ、でも確実に心を(むしば)んでいった。鈍感になることを覚え、『色なし』と呼ばれ『雪華』という存在を消されることを受け入れていった。
 だからこそ、あの日黒龍が雪華を求めてくれて嬉しかった。たとえそれが、雪華が白姫だったからだとしても。


 その日の夜、黒龍が雪華の部屋を訪れた。夕餉のあとの時間を一緒に過ごしたいと頼んでおいたこともあり、多忙な中、時間を割いてくれたようだった。

「白姫から俺を呼ぶなんて珍しいな」

 黒龍は口角を上げる。その口から出る『白姫』という雪華だけの呼び名が好きだった。自分という存在を認め、ここにいていいと言われているようで。けれど……。

「もう『雪華』とは呼んでくださらないのですか?」

 座卓の前に座り、用意されていた湯飲みに口をつけようとした黒龍は思わず手を止めた。

「な、にを」
「先日、龍の姿で駆けつけてくださったとき、私を『雪華』と呼んでくださいませんでしたか……?」

 聞き間違いではなかったと思うものの、断定して尋ねるのは少し不安が残ったため、回りくどい聞き方になってしまう。けれど、黒龍はそんな雪華の胸中など知るよしもない様子で、珍しく答えに詰まっているようだった。

「勘違い、でしたでしょうか?」

 雪華の勘違いだったと押し切られてしまえば、もう雪華にはそれ以上踏み込む勇気はなかった。
 目を伏せた雪華の向かいで黒龍は顔を背け、それから口を開いた。

「聞こえていたのか」

 なぜか不服そうに言う黒龍だったけれど、その返答に胸の奥でなにかが飛び跳ねた。
 あれは、聞き間違いではなかった。それがこんなにも心躍るなんて。

「やはり、呼んでくださっていたのですね」
「それがどうした。気に食わなかったとでも――」
「嬉しかったのです」

 黒龍が言い終わるのを待ちきれず、はしたないと思いながらも雪華は話を遮ってしまう。けれど、それほどまでに嬉しかったのだと黒龍に伝えたかった。

「私は、物心ついた頃からずっと家族よりから『色なし』と呼ばれてきました。それが当たり前で仕方ないのだと諦めつつも、心のどこかで自分という存在がなくなるのをつらく感じていました」

 黒龍は黙ったまま雪華の話を聞いてくれる。

「ここに来てから皆さんが、私を『白姫』『白姫様』と呼んでくださり、私に新しい名前を与えてくれたような気持ちになりました」

 本名ではなくとも、『白姫』という呼び名に皆がどれほどの愛情と親しみを込めてくれているか、わからないわけがない。

「さらに、そんな私を黒龍様が『雪華』と名前で呼んでくださった。それが嬉しくて、私という存在がここにいることを再認識させてくれました」

 どれほど言葉を重ねれば、この気持ちが伝わるだろう。

「雪華」

 ふいに、黒龍が雪華の名前を呼んだ。『白姫』ではなく『雪華』と。

「雪華」
「はい」

 自然と顔がほころび、口元が緩む。
 その名を呼んでほしかった人たちにはきっと、もう二度と呼ばれはしない。それでも黒龍が読んでくれるのであれば、何物にも代えがたいほど嬉しいのだと、いつか伝えられる日が来るだろうか。
 日が落ち、薄暗くなった縁側に黒龍と並んで座る。日中は汗ばむほどの暑さだが、夜の(とばり)が下りる頃には、ずいぶんと過ごしやすくなっていた。

「名前、か」

 なにかを考え込むように黙り込んでいた黒龍が、ポツリとつぶやいた。

「……黒龍様には、お名前がないと、伺いました」

 顔色を窺うように、雪華はひと言ずつ確かめながら話す。黒龍の気を悪くさせないために。そんな雪華の気持ちが伝わったのか、黒龍は短く「ああ」とだけ答え、夜空を見上げた。

「それが俺にとって当たり前だった。お前が『色なし』と呼ばれるのを当然だと受け入れていたように」
「はい。でも私は、それがつらく悲しいことだったと気づけました」
「……そうか」

 しばしの沈黙のあと、黒龍は雪華を見た。

「名前がないのは、悲しいことだと思うか?」

 まるで黒龍を悲しい存在だと思うかと、尋ねられているようだった。

「……名前がないのが悲しいかは、私にはわかりません。ただ」
「ただ?」

 黒龍は話の続きを促す。
 雪華は黒龍をまっすぐに見据えると、口を開いた。

「名前があるのは、嬉しいことだと、思います」

 その人を想ってつけられた名前はきっと、その人に与えられる最初の愛情だから。

「なら、お前がつけろ」
「私、が?」

 一瞬、黒龍になにを言われたのか理解ができなかった。そして理解したあとも、彼の意図がわからず混乱してしまう。

「わ、私にそのようなことはできません」
「なぜだ。白姫であるお前がつけた名前なら、誰にも文句は言えんだろう」

 そういう意味かと少しだけ残念な気持ちになり、そんな感情を抱いてしまった自分が恥ずかしい。

「そ、れは確かにそうかもしれませんが……」

 俯き、黒龍から表情が見えないようにすると「はは」と小さく笑った。なにを思い上がっているのかと、今すぐこの場所から立ち去りたい気持ちに駆られる。

「お前というやつは」
「え……?」

 (あき)れたような口調のはずなのに、妙に声色が優しく、そして嬉しそうに聞こえて、雪華は黒龍へと顔を向けた。そこにいたのは、細めた目で優しく雪華を見つめる黒龍の姿だった。

「黒龍様?」
「お前につけてほしい。どうせお前しか呼ばぬ名前だ。好きにつけろ。その代わり、つけたからには責任を取れよ」
「責任とは?」

 恐る恐る聞き返す雪華に、黒龍は意地悪く口角を上げた。

「その名前以外で、俺を呼ぶのを許さない」

 それはつまり、雪華にだけ呼ぶことが許された、特別な名前で……。

「いいの、ですか」
「いいもなにも、俺がお前につけろと命令しているんだ。……いや、違うな」

 黒龍は自分の言葉を自分で否定すると「雪華」と名前を呼んだ。

「俺がお前に、雪華につけてほしいんだ」

 黒龍の頼みに、雪華は静かに頷いた。黒龍からの信頼と、それから言外に込められた雪華への想いを受け取って。
 雪華も黒龍も無言のまま、時間だけが過ぎていく。
 まるで漆黒の闇のように吸い込まれそうな夜空と、そこに溶けてしまいそうな黒龍。
 ふたつを交互に見つめながら、雪華はふいに幼い頃に祖母から見せてもらった小さな石が脳裏に浮かんだ。それは黒龍の髪のように綺麗で吸い込まれるほどに()きつけられる黒の石。確か名前を……。

黒耀(こくよう)
「ん?」
「黒耀は、どうでしょうか」

 おずおずと、でもこれ以上似合いの名前は見つからないと自信を持って黒龍に告げる。
 黒龍はなにかに気づいたようで「ああ」とつぶやいた。

「黒曜石か」
「はい。黒龍様の髪の色によく似たとても綺麗な石の名前です」
「俺の髪の色?」

 そう言ったかと思うと、黒龍は雪華の顔を覗き込むように近づける。瞬きをすれば睫毛が触れてしまいそうなほどの距離に、雪華は声にならない声をあげた。

「こ、こくりゅ……さ……」
「お前の瞳とも同じだな」
「え?」

 黒龍の言葉に、雪華は目を見開いた。驚きを隠せない雪華に、黒龍は言葉を続ける。

「真っ白なお前の唯一持っている色が、瞳の黒だ。その黒は、俺の目や髪と同じ色をしている」
「私の、黒……」

 未だ心臓の音が収まらず狼狽(ろうばい)する雪華をよそに、黒龍は「黒耀。黒耀か」と雪華の提案した名前を何度か繰り返し、それから笑みを浮かべた。

「気に入った。これからは俺のことは黒耀と呼べ。雪華、お前がつけた名だ」
「はい、黒耀様」

 雪華が名を呼ぶと、黒龍――黒耀は満足そうに頷いた。黒曜石のように美しい漆黒の瞳には、雪華の姿が映っていた。


 黒龍の元にやってきてから、気づけば三ヶ月あまりが経っていた。
 夏の厳しい日差しが降り注ぐ中、雪華は黒龍とともに庭を見つめる。視線の先には自分の背丈よりも高くなった向日葵(ひまわり)と丈比べをする玲の姿があった。
 ああやってはしゃぐ玲の姿を見ていると、夏斗のことを思い出す。季節が移り変わったということは、夏斗が祝詞を奏上したということだ。元気に、しているだろうか。
 思いを()せていると、すぐそばで葛葉の柔らかい声が聞こえた。

「ふふ、ここもずいぶん(にぎ)やかになりましたね」

 井戸の水で冷やした茶と羊羹(ようかん)を雪華と黒耀の横に置きながら、葛葉は微笑みを浮かべていた。

「騒々しいぐらいだがな」

 黒龍は湯飲みを手に取りながら、眉をひそめる。

「そうですか? 静まり返っているよりいいじゃありませんか」

 そう言うと、葛葉は雪華の方を向いた。

「白姫様のおかげですね」

 その言葉の裏に、雪華が来たせいで騒々しくなったという意味が含まれているのではと気まずく思っていると、庭にいた玲が不服そうに頬を膨らませた。

「えー、葛葉。それって白姫様がうるさいって言ってる? ついでに僕のことも?」

 まるで雪華の心を読んだかのような玲の言葉に、心臓の音が跳ねるのを感じた。けれど、葛葉は優しく「いいえ」と首を振った。

「白姫様がいらっしゃってから、この屋敷が明るくなって、まるで雨上がりの空に虹が架かったような気持ちになりますって意味ですよ」
「そっか! ならよかった! ね、白姫様」

 無邪気に笑いながら、玲は雪華にだけわかるように片目を閉じた。気のせいではなくて、どうやら雪華が不安に感じているとわかった上で葛葉に尋ねてくれたようだった。

「あ、羊羹! ねえ、僕の分もある?」
「はい、ありますよ。こちらでお食べになられますか?」
「うん、兄様たちと一緒に食べる!」

 縁側に置かれた羊羹にめざとく気づいた玲は、嬉しそうに駆け寄ってくる。そして、ふと思い出したように黒耀に話しかけた。

「そういえば、兄様。ご存じですか? 白姫様は甘い物がお好きなんです!」

 葛葉が用意してくれた羊羹を口に含みながら、雪華に「ねーっ」と首を傾けながら笑いかける。その口ぶりがあまりにも可愛らしくて、雪華もつられて笑みを浮かべながら「はい」と返事をしようとしたのだけれど。

「知っている」

 雪華が口を開くよりも早く、黒耀はなぜか不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら答えた。
 なにか怒らせるようなことをしてしまっただろうかと慌てる雪華をよそに、葛葉はおかしそうに笑っている。玲は相変わらず無邪気に「さすが兄様ですね」と感心していた。
 結局、雪華には黒耀がどうして不機嫌になったのか、その理由がわからずじまいだった。


 翌日、朝餉が終わり部屋へと戻ろうとしていた白姫を、黒耀が呼び止めた。

「今から町に行くぞ」
「え、町、ですか?」
「そうだ。準備をしろ」

 突然の言葉に驚きながらも雪華は頷き、準備をするために部屋へと戻った。

「ど、どうしよう。他の着物のほうがいいかしら」

 今、着ているものは白を基調とした生地に黄色が差し色として使われ、所々に青紫の花々があしらわれていた。可愛くて気に入っているものの、黒を基調とした着物を着る黒耀の隣に立つとなれば、もう少し明るい色合いのものがいいだろうか。
 箪笥の引き出しを開け、中の着物をひとつずつ確認していると、誰かが雪華に声をかけた。

「どうしましたか?」

 振り返るとそこには、文の姿があった。

「文、助けて! 今から黒耀様と町に出かけることになったの。でもこの着物だと黒耀様の隣に立つには華がなさすぎるかと……」
「それで、箪笥の中を見てらしたんですね」

 文は雪華を自分の方に向けると、上から下まで視線を向ける。そして、なにかを思いついたかのように、着物ではなく小物が入った引き出しに手をかけた。

「こちら、開けてもよろしいですか?」
「ええ。でも、どうして?」

 雪華に了承を得て、文は引き出しを開けた。隣から覗き込んでみると、中には帯留めや帯締めが入っているのが見えた。

「そうですね、これとかどうでしょう?」

 文が取り出したのは赤と橙、それから黄色の紐で編まれた帯紐だった。

「明るい色合いの帯紐を結べば、比較的大人しい色合いの着物でも、明るく――って、雪華? どうしたの!??」
「え?」

 帯紐を引き出しへと乱雑に置くと、文は焦ったように雪華の腕を掴む。その態度に、逆になにが起きたのかと驚き、そして気づいた。

「あれ? 私……どうしたんだろう」

 頬を涙が伝い落ちていた。

「どうしたんだろう、は私の台詞です。お身体の具合でも悪いのですかが? それともなにかお気に障るようなことを言ってしまいましたか?」
「あ、ううん。そうじゃないの。本当になんでもなくて。ただ……」

 雪華は文が置いた帯紐を手に取った。
 赤と橙と黄色の紐で編まれた帯紐は、いつか祖母が雪華にくれた髪紐とよく似ていた。大事にしていたのに、ここに来る前に切れてしまった髪紐と。

「雪華?」

 ギュッと握りしめたそれを、雪華は帯の上で器用に結ぶ。最後に帯留めをつけてできあがりだ。

「どう、かな?」
「とても素敵ですよ」
「よかった。……これね、昔祖母がくれた髪紐によく似てて。それでちょっとだけ感傷的になっちゃったの」

 突然泣いてしまったことを恥じ、笑ってごまかす雪華の腕を取ると、文は姿見の前に連れていった。

「よくお似合いです」
「本当だね」

 姿見に映してみても、文の言うとおり着物と帯紐の色がよく似合っていた。
 普段この引き出しを開けないから、こんなところに帯紐や帯留めが入っているなんて知らなかった。
 黒耀に与えてもらった部屋ではあったけれど、必要最低限のものだけを使わせてもらっていた。だから必要のない箇所は開けることも見ることもない。
 けれど、どれも黒耀が雪華のためにと誂えてくれたものたちだ。なのに見向きもしないとなると、興味がないと思われても仕方がないどころか、気に食わないと勘違いさせてしまう可能性だってある。
 ちゃんとお礼を伝えよう。それで――。

「雪華様、そろそろ玄関に出ませんと、黒龍様がお待ちかと」
「あ、そうだった。急がなきゃ」

 慌てて着物を整えると、玄関へと向かった。
 すでに黒耀の姿があり、土間の敷き瓦に立つ姿が見えた。

「も、申し訳ございません!」

 慌てて駆けつけた雪華に、黒耀は「かまわない」と手を差し出す。その手に掴まり、雪華の草履が用意されていた沓脱石へと降り立った。
 屋敷の外に出ると、黒耀はなぜか龍の姿へと形を変えた。戸惑う雪華に、当たり前のように黒耀は自分の背中を指し示した。

「さっさと乗れ」
「え? あ、あの。行き先は町では……?」

 町へ行くのなら龍の姿にならずとも歩いていくことができるはずだ。なのに、黒龍の姿でなど現れれば、大混乱を引き起こしてしまいかねない。それがわからない黒耀ではないはずだ。
 困惑する雪華に、黒耀は「なにを言ってるんだ」と呆れたような声を出した。

「お前たち人間の住む町に行くんだ。龍の姿にならずして、どうやってあの崖を越えろと?」

 あの、と黒耀が顎で指し示したのは、遥か向こうにそびえ立つ非常に険しい崖だった。

「人間の……。で、ですがどうして」

 思わず問いかけた雪華から顔を背けると、黒耀は不機嫌そうに口を開いた。

「お前の好きな甘い物を買いに行く」
「え……」
「だからさっさと乗れ」
「は、はい!」

 命じられるがままに雪華は黒龍となった黒耀の背中に乗る。
 こうやって背に乗せてもらうのは、贄となるために崖から飛び降り、黒耀に助けてもらったあの日以来だった。まさか再び背中に乗る日が来るなんて思っても見みなかった。それも、雪華のために甘い物を買いに行くからだなんて。
 胸の奥がぽかぽかするのを感じる。くすぐったくて、温かくて、嬉しくて、照れくさくて。この感情はいったい……。
 ふわっとした浮遊感のあと、黒耀は空へと浮き上がる。だんだんと小さくなる黒耀の屋敷を見ていると「呆けていると落ちるぞ」という黒耀の声が聞こえてきて、慌てて黒龍黒耀の背を掴んだ。

「あれ?」

 しばらくして、雪華は黒耀が降り立とうとしているのが、あの日、雪華が飛び降りた崖ではないことに気づいた。
 あの場所に降り立てば雪華が気に病むかもしれないと気遣ってくれたのかもしれない。黒耀の、こういう()(さい)な優しさが雪華は好きだった。

「どうした?」
「いえ、なんでもありません」

 口に出して尋ねたところで『気まぐれだ』とごまかされるに決まっている。だから雪華は黒耀に聞こえないように小声で「ありがとうございます」とつぶやくと、その背中をギュッと抱きしめるようにしがみついた。
 やがてたどり着いたのは、どこかの切り開かれた山中だった。黒耀は人型に姿を戻すと、雪華になにかを差し出した。

「帽子、ですか?」

 桜が嬉しそうに被っているのを見たことがある。頭が隠れるようになったそれを手に取った雪華に、黒耀は乱れた着物を直しながら口を開いた。

「お前の髪色は、人の世では目立つ。そのまま歩けば、彩りの一族だとすぐに気づかれてしまうだろう」
「あっ」

 黒耀の言いたいことは、すぐに雪華にもわかった。
 彩りの一族の存在は、そう珍しいわけではない。本家である雪華の父親だけでなく、いくつかの分家も存在する。四季を彩れるのは本家筋だけではあるけれど、分家の人間も皆、同じように四季折々の髪色をしていた。色なしである、雪華以外は。
 もし贄として死んだと思っている雪華が生きていることがなにかの拍子で両親や桜の耳に入れば、どういう行動に出るのか想像もつかない。
雪華は黒龍の贄となり、死んだと皆からは思われている。それは彩りの一族の、ひいては色彩国の繁栄に繋がる。その雪華が生きているとなにかの拍子で両親や桜に知られれば、どんな手を使ってでも始末しようとするはずだ。
 雪華は小刻みに震える自分の身体をギュッと抱きしめる。今の生活があまりにも幸せすぎて、それが壊されるかもしれないと想像するだけで恐ろしかった。

「そんな顔をするな」

 雪華の頭を、黒耀の大きな手が優しく包み込む。

「本当は俺ひとりで来るというのことも考えた。お前の不安を思えば、そのほうが安全だろうと。だが」

 黒耀はためらうように言葉を途切れさせると、眉間に皺を寄せながら、ぼそりとつぶやいた。

「お前が自分の好きな物を選ぶ姿を見たかったんだ」
「黒耀様……」

 まさかそんなふうに黒耀が思ってくれているなんて想像もしていなくて、雪華は驚きを隠せない。両手で口を押さえる雪華から顔を背けると、黒耀は舌打ちをした。

「くそっ」

 苦々しげに言うその姿は、もしかしたら照れ隠し、なのだろうか。
 笑みがこぼれそうになるのを雪華は必死にこらえる。笑ってしまえばきっと、黒耀が本当に機嫌を損ねてしまいそうだったから。
 雪華は髪を器用にまとめると、帽子の中へと入れ込んだ。髪紐があれば、もう少し綺麗にできたけれど仕方がない。
 こんなふうに髪を上げるのは初めてで、首筋が心許ない。姿見があるわけではないので、出来映えを確認することもできなかった。

「どうで、しょうか」

 恐る恐る黒耀に尋ねてみる。すると、黒耀は一瞬驚いたように目を見張ると見張ってから、ふっと優しく微笑んだ。

「よく似合っている」

 その微笑みがあまりにも綺麗で、そして優しくて見惚れてしまいそうになるのを慌ててこらえると、「ありがとうございます」と小さな声で伝えた。
 切り開かれた山から少し下りたところに町があるのだと黒耀は教えてくれる。

「雪華の暮らしていたところからは離れている。顔見知りに会う心配はない」
「ありがとうございます」

 黒龍の気遣いが、素直に嬉しい。
 ようやくたどり着いた町ではちょうど市場が出ているようで、道の両端にたくさんの店が並んでいた。

「わああ」

 果物に菓子、うどんに蕎麦(そば)、それから(くし)や簪と、いろいろなものが売られている。あちこちに視線を向かわせる雪華に、黒耀は優しく笑いかけた。

「楽しそうだな」
「はい! 今までも屋台に行ったことはあったのですが、家族のための買い物ばかりで、ゆっくりお店を見るなんてできなくて。だからこうやっていられるだけで楽しいです」

 買い物が終わったのならすぐに帰らなければ父親から叱責され、母親からは冷たい視線を向けられる。大急ぎで帰ったはずなのに、寄り道でもしていたのだろうと難癖をつけられる。あの家で、雪華に自由などひとつもなかった。

「焦らなくとも、すべて見て回ればいい。なにかほしいものがあればどれでも買ってやる」
「そ、そんな」

 今までも散々世話になっているのに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。雪華は慌てて首を振った。

「大丈夫です。いろいろなお店があるなと見ていただけですので」
「……そうか」

 雪華の答えに、黒耀はおもしろくなさそうに鼻を鳴らす。なにか機嫌を損ねるようなことを言ってしまったのだろうか。

「黒耀様?」
「なら、俺が勝手に選ぶ」
「え、あ……」

 ひとり歩き出したかと思うと、黒耀は一軒の店の前で立ち止まった。そこは色とりどりの石が売っている店で、加工して首飾りや腕輪にしてくれるようだった。

「好きな色はあるか?」
「好きな……」

 色に対して嫌いという感情はあれど、好きかどうかなんて考えたことがなんてなかった。反射的に首を振りそうになり、慌てて止めた。

「雪華?」

 そんな行動を疑問に感じたのか、黒耀は眉をひそめて尋ねる。
 雪華は黒耀を見つめ、そして目を伏せた。

「黒、です。黒耀様の髪色のように綺麗な黒が、好きです」

 こんなことを言えば、黒耀が好きだと言っている告白していると誤解されても仕方がない。それでも好きな色と言われたらを問われたら、黒しか思いつかなかった。

「……そうか」
「はい」

 黒耀は戸惑いを隠すように頭をかくと、店主に声をかけた。

「黒い石を並べてくれ」
「はい、承知いたしました」

 店主は手早く黒い石ばかりを並べる。同じ黒でも、くすんだような黒、赤みがかかった黒、黒に見えて実は濃い青や緑のものもあった。

「惹かれるものはあるか?」

 黒耀の問いかけに、雪華はひとつの石を指差した。

「この黒が、好きです」

 それは吸い込まれそうなほどの黒だった。黒耀の髪と同じ、艶やかで深い黒。他のどの石よりも、雪華にとって心惹かれるものだった。

「なら、これを……そうだな、首飾りにしてくれ」
「かしこまりました」

 店主は器用に石を紐に巻きつけると、首飾りに作り替えた。それを黒耀は雪華の首にかける。

「よく似合っている」
「本当ですか?」

 鏡がないので自分の姿を見ることができず恐る恐る聞き返した雪華に、黒耀だけでなく店主も笑みを浮かべた。

「よく似合ってらっしゃいますよ。黒は魔除けの色。きっとなにかあったらその石が身を守ってくれます」
「そんなものに守られなくとも、俺が守る」
「おや? これは余計なお世話だったようで」

 黒耀の言葉に店主ばかりか、周りにいた買い物客もクスクスと笑っていた。つられて雪華も笑ってしまう。

「なにを笑っている」

 眉を寄せ不快感をあらわにする黒耀に、雪華は慌てて首を振った。

「い、いえ」
「ふん。次に行くぞ」
「あっ」

 雪華の手を取ると、黒耀はその場をあとにした。
 しばらくふたりで屋台を見て回っていると、黒耀がピタリと足を止めた。

「あれを買うぞ」
「え?」

 黒耀が指差す先には、大福を売っている店があった。黒耀は雪華の返事など聞こうともせず、まっすぐに屋台へと歩いていく。

「こ、黒耀様」

 急いでその後ろを追いかけるけれど、雪華が隣に並んだときにはすでに大福をふたつ、注文し終わっていた。

「まっ……んぐ」

 待ってください、と言おうとした雪華の開かれた口に、黒耀は受け取ったばかりの大福をひとつ放り込んだ。といっても、雪華の手のひらより少し小さいぐらいの大きさの大福をひと口で食べられるはずもなく、かぷりとかじりついたそれを落とさないように慌てて両手で掴んだ。

「ん……おいひい……」

 かじりついた餅は、口に入れた瞬間からその柔らかさに感動さえ覚えた。
 餅はふわりと軽く、口の中で溶けてしまいそうなほど。くどすぎず上品な甘さの(あん)()は舌触りもよくなめらかだ。そのふたつが合わさり、極上の大福餅となっている。

「確かに美味いな」

 雪華の言葉に、自分もひとつかじりついた黒耀は感心したように言う。

「今度から大福はこの店で買わせよう」
「わ、すごく嬉しいです」

 今までのお店が悪いわけではなかったけれど、ここの大福を知ってしまった今となっては、どうしても物足りなさを感じるに違いない。

「俺はお前が喜ぶのが一番嬉しい」
「こ、黒耀様」

 笑みを浮かべ優しい瞳を雪華に向ける黒耀の姿に、つい視線を逸らしてしまう。

「ふふ、仲がよろしくて羨ましい」

 思いがけず聞こえた笑い声に顔を上げると、屋台の店主が雪華と黒耀をおかしそうに見つめていた。

「ご夫婦かな? 奥さん、素敵なご主人でいいねえ」
「え、ご、え?」
「そんなふうにおだてても、もうひとつは買わんぞ」
「おや、残念」

 黒耀と店主は軽口をたたいて笑っていたけれど、雪華はそれどころではなかった。店主は雪華と黒耀を夫婦だと間違えていた。いや、間違えてはいない。白姫は黒龍の花嫁なのだから、雪華は黒耀の花嫁のはずだ。
 けれど、本当に花嫁だと呼べるのだろうか。
 雪華は胸の奥が重くなるのを感じる。
 いるだけでいいという黒耀の言葉に甘え、嫁らしいことなんて今までなにひとつもしてこなかった。自由にのびのびと暮らし、世話になっているだけだ。
 みんなが『黒龍の花嫁』だと思ってくれたとして、雪華自身が自信を持ってそれを名乗れるだろうか。

「……つか。おい、雪華」
「え? あっ」

 雪華の口に放り込まれた小さななにか。それは舌の上で溶けて、甘みが口いっぱいに広がっていく。

「こん……ぺいと……」

 その味には心当たりがあった。
 昔、祖母がくれた秘密のお菓子。家族に知られないように、大事に持っていなさいと言われて、ずっと大切に持っていた。贄となるはずだったあの日、唯一雪華が生家から持ち出したのも、祖母にもらった金平糖の小瓶だった。
 幼い頃、家族と違う姿のせいで虐げられ、つらくて悲しくて泣いていた雪華に祖母が金平糖をくれた。『つらいことがあれば、ひとつ口に含みなさい、甘い物を食べているときは幸せな気持ちになれるから』と。
 中に残っている数粒は、古くなって恐らくもう食べられはしない。それでも雪華にとってあの金平糖は大切な宝物だった。その味に、もう一度出会えるなんて。
 優しい甘さと一緒に、祖母との思い出がよみがえる。懐かしさが胸の中で膨らみ、気づけば頬を涙が伝い落ちていた。
 黒耀の手が、雪華の背をそっと撫でる。そのぬくもりが温かくて、雪華は自然と笑みを浮かべていた。

「少しは落ち着いたか?」

 雪華が涙を拭うと、心配そうに黒耀は問いかける。

「はい。……私、金平糖、大好きなんです」

 どうしてかと問われたら、祖母との思い出を話すのもいいかもしれない。誰にも話したことのない、大切な記憶。だけど黒耀ならきっと、心を寄せてくれるとはずだから。けれど……。

「知っている」
「え?」

 黒耀の返答は、雪華の想像とはまったく違うものだった。

「知ってるって、どうして」

 金平糖の話は、黒耀の屋敷に来てから誰にも話していない。それこそ文にだってだ。なのに、どうして知っているのだろう。
 戸惑いながら黒耀に視線を向けた。黒耀は軽く舌打ちをすると、雪華から視線を逸らし口を開いた。

「お前が俺の屋敷に来た日に、小さな小瓶を持っているのが見えた。なにを持っているのかと疑問だったのだが、翌日箪笥に同じ物が入っていたから、わかったんだ。この金平糖が入った小瓶を持ってきたんだなと」
「それで……」

 両親たちに見つからないように胸元に隠していたけれど、崖から飛び降りた拍子に、見え隠れする位置までずれてしまっていたのかもしれない。

「もうひとつ、食べるか」

 黒耀の言葉に、雪華は素直に頷く。黒耀は当たり前のように雪華の口元にひとつ差し出した。

「え、あ」

 どうするべきかとわずかに逡巡したあと、雪華はためらいがちに口を開く。黒耀の長い指が、雪華の口元に近づいた。

「んっ」

 その指がほんの一瞬、唇に触れた気がした。
 ピクリと反応してしまった自分が恥ずかしくて、目をギュッと閉じる。その瞬間、口の中に金平糖の甘さが広がった。

「美味いか?」
「はい」

 黒耀の意地の悪い笑みに、もしかして先ほどのはわざとなのではと思うけれど、尋ねるなんてできられるわけがない。ただ「美味しいです」と、答えるのが雪華にとって精一杯だった。
 雪華の返答に黒龍は満足そうに頷くとき、自分の口にもひとつ放り込む。そして。

「甘い物を食べていれば、笑顔になれるのだろう?」
「え……」

 いつか祖母が雪華に教えてくれたのと同じことを黒耀は淡々と告げると、顔を背けた。そして。

「お前は、難しい顔をしているよりもさっきみたいに笑っているほうがずっといい」

 仏頂面のまま言うその言葉がおかしくて、雪華は思わず笑ってしまう。

「なにを笑ってるんだ」

 笑われている理由がわからず顔をしかめる黒耀に、雪華は満面の笑みを浮かべた。

「なんでもありません」

 そう答えながらも、雪華の表情は明るいままだ。
 黒耀は気づいているのだろうか。ううん、きっと気づいていない。
 甘いお菓子がなくとも、黒耀のそばではいつも、雪華が笑顔になっていることを。
 それは、雪華の中に新しい感情が芽吹き始めた瞬間、だったのかも知れない。