逢瀬のない日は、まるで恋文のような手紙を送り合う毎日だ。
もう歳月は流れ、明日は七夕と言う仲夏の終わりのこと。
「貴女は織姫。私は彦星。今宵会いましょう」と綴られた、顔も知らない男たちから届く求愛の文を見ずに捨てた。

私が織姫と言うのなら、逢いたいのは彦星一人だけ。そして超えなければいけない天の川があるとしたのならば、きっとあの場所だ。

私は筆を手に取ると、あの庭で会いたいと手紙を出した。
暫くすると門を叩く音がして、少年が顔を出した。

「宮様から伺いました。千早様⋯あの庭に行きたいと?」
「えぇ、そうよ」
「いいのですか?本当に」
「帥の宮様は困っているのかしら?」
「少しだけ、戸惑っておられました。あそこは皇子様⋯宮様のお兄様が造られたお庭なので。ご存知ですよね」
「知っているわ。だからこそよ。乗り越えなければいけないの。今日は七夕でしょ?だから余計にそう思ったわ」
「心はもう決まっているのですね?」
「うん。随分前から⋯私は悪い女かしら?」
「いえ。私はそうは思いません。きっと運命の巡り合わせなのですよ。千早様と宮様は出会う運命だった⋯と信じます」

まあるい月が高々と登り、私は車に揺られ屋敷に着いた。
待っていた少年に手招きをされ、忍ぶように庭に向かった。
ここに来るのも随分と久しぶりだ。僅かに残る香りに、もう懐かしさは感じなかった。その庭の真ん中で、一人男が月を見上げて待っている。

「⋯皇子様?」
いや。違う。私は過去を乗り越えるためにここに来た。
皇子様への好きはどんな好きだったのだろう。単に容姿に惚れたのか、声に惚れたのか。ただ、好きだったのか。好きは簡単だ。都合のいい言葉だ。ごめんなさい。私は愛を知ってしまったの。これ程までに恋焦がれて、涙を流した人はあの人だけ。だからお別れをちゃんと言いに来ました。貴方と出会えたことに後悔はない。だけど、私は乗り越えて次に進みます。

「千早殿⋯」
「帥の宮様⋯ごめんなさい。我儘を」
「どうしてこの場所に?」
「ここが、私と貴方様の天の川だと思って⋯」
「えっと⋯」
「私は貴方様を心から愛しています」
「千早⋯」
「恋しくは来ても見よかしちはやぶる神のいさむる道ならなくに」
私はひとつ、歌を詠んだ。最愛の人へ、愛をこめて。
「貴方様が私のことが恋しいのなら、どうぞ私の元へいらして。何度でも逢ってください、神様でさえだめだと禁止している道ではないのですから。この恋はだれにも邪魔はできません」
「どんな道でも後悔はないのか?辛く険しい道でも⋯」
「貴方様が傍に居てくれるのなら⋯私はどんな運命も受け入れます」

「千早⋯僕は君を愛してる」
「私も⋯、貴方様を愛しています」

月光が二人を優しく包む。
伸びた影が、ようやく重なる。
恋歌を歌った唇が、貴方の唇で優しく塞がれた。
もう二人に恋歌は必要ない。
最愛には、言葉は要らないのだ。



だけど、運命は残酷で。
私たちは永遠ではなかった。