さて、それではスローライフの第一歩として、家をつくろうと思う。
衣食住。どれも大事だが、火急を要するのは住まいだ。衣類に関しては問題は無いし、食事もまだストックがある。尽きたら魔物を狩りに行けばいい。魔素の森に入ってから、食用出来そうな魔物は何体も見た。
「というわけで、まずは家をつくろうと思うんだけど、本当に二人で住むのか?」
「あったりまえじゃない」
「あったりまえなんだ……」
「でも、家をつくるって、ここには私たちしかいないのよ? 大工を連れてくることも出来ないし」
ユズリアの疑問は当然だ。もちろん、貴族の彼女に建築の知識があるとは思えない。
「俺が建てるから、安心してよ。ユズリアには木材を調達してきてもらおうかな。木ならそこら中に余るほどあるし」
ユズリアは眉にしわを寄せて黙りこけている。いや、呆れているのだろうか。
「木が切り倒せないなら、俺がやるけど……」
「馬鹿にしないで。それくらい『身体強化魔法』があれば出来るに決まってるわよ! そうじゃなくて、」
「むっ、他に何か?」
「家って、道具がないと建てられないのよ? 一般教養受けてないにしても、常識だと思うのだけれど」
なるほど、彼女はそっちの心配をしていたのか。それにしても、貴族のお嬢様に常識を諭されるとは、恐れいった。確かに、一般教養は受けてないから、そこに関しては反論の余地はない。
代わりに妹には学校通わせてるからね。美しき兄妹愛ってやつですよ。
「その心配ならご無用。とりあえず、設定図考えているから、材料の木を持ってきてもらえるかな」
「……まっ、私にアイデアがあるわけじゃないしね。伴侶の世迷言も妻が付き合ってあげるとしましょう」
「まだ言ってる……」
ユズリアは意地悪く舌を出して森の奥に消えていった。おい、可愛いな、やめてくれよ。
「あんまり遠く行くなよー! 危なくなったら、大声で呼べー!」
「私だってS級よ!」
そんな反論が木々の奥から返って来る。どうにも、彼女が同じSランク冒険者だと忘れそうになる。昨日だって、一歩間違えれば初撃で喉元を突き破られていたというのに。
思いだして、背筋が冷える。なるべく、怒らせないようにしよう。それがいい。妹だって、ぶち切れると手の付けようがなかったからな。その点、ユーニャは大人しくて可愛いもんだった。
少し距離が離れたところで、雷鳴が天を貫いた。次いで、木々が倒れる振動が地面から伝わる。
こうしちゃいられない。さっさと大まかに設計図をつくってしまおう。パンプフォール国での住まいは五年ほど前から、土地だけ買って自分で建てた家だ。その時、大工のドワーフに教えてもらったノウハウはまだ覚えている。あの後、数年はドワーフたちの勧誘がすごかった。それも、今となっては懐かしい思い出だ。
その後、何度か同じように雷が瞬き、ユズリアが戻って来た。
「とりあえず、これくらいでいい?」
そう言いながら、樹齢数百年であろう巨木を、四本まとめて軽々引きずってくる細い女の子。うん、やっぱり彼女を怒らせては駄目だ。
「あ、ありがとう……。多分、足りると思う」
「でも、この木は魔素を十分に吸っちゃってるから、使えないんじゃない?」
確かにユズリアが持ってきた木々は幹も葉も黒々と染まっている。魔素を含んだ木材は耐久力が弱く、一般的には使うことが出来ない。
「とりあえず、泉の中にぶち込んでみようか。それで駄目なら、他の方法を考えよう」
「それもそうね」
彼女はひょいっと一本の巨木を持ち上げ、泉に突き刺す。深さが人の腰辺りまでしかないから、巨木の根本が浸かるだけだ。しかし、次の瞬間、泉に浸かった部分がすっと鮮やかな黄櫨色に染まり、ぐんぐんと上に昇っていく。ほんの数秒で幹が浄化され、葉も緑のみずみずしさを取り戻した。
「す、すごいな……」
「これ、ただの魔力溜まりじゃないわよね……」
泉の正体は謎に包まれたままだが、すさまじい浄化能力を持っていることが分かった。
続いて、ユズリアに浄化した巨木を木材に成形してもらう。細い剣一本で木を加工する様をドワーフたちが見たら、怒り狂って襲い掛かってきそうだが、今だけは目をつむってもらうとしよう。そもそも、木が割れてしまう前に綺麗に断ち切る『雷撃魔法』を使いこなす彼女にしか出来ない芸当だ。
ユズリアが居なかったら、この時点で詰んでいた。
「ありがとうな」
感謝の言葉を告げると、ユズリアは首を傾げた。
自覚が無いのかもしれないけれど、人間とは思えないことを次々こなしているんだ。もっとその豊かな胸で威張ってくれていいのに。
「それで、結局ここからどうするのよ」
目の前に山盛りになった様々な寸法の木材を見て、ユズリアが疑問を投げかける。
「まあ、見てなって」
俺は似合いもせず腕をまくる。そして、柱となる大きな木材を掴み、グッと力を入れた。そう、思い切り、踏ん張って、使えもしない『身体強化魔法』の術式を胸の中で唱えて、せーのッ!
しばしの沈黙。遠くで、鳥型魔物の鳴く甲高い鳴き声が聞こえてきた。
うん、無理!
ほとほと呆れ顔のユズリアに木材を持ってもらう。
なんか、本当にすんません。
尊厳の欠片も無い状態に涙を流しながら、木材と木材のつなぎ目に『固定』をかける。これで、俺が『固定』を解除しない限り、どんな衝撃を受けようが、地震に襲われようが、業火に包まれようが、木材が離れることはない。
「へえー、これなら確かに家を建てられそう。本当、とんでもない魔法ね」
ユズリアが感嘆の声を挙げるが、俺は無い胸すら張る気にならなかった。
「僕、くっつけることしか出来ないんで……へへっ……」
「主語変わってるじゃない……」
そんなこんなで、ユズリアに木材を持ってもらい、俺が『固定』をかけて、組み立ててを繰り返す。
ユズリアに間取りの希望を聞きながら、都度設計を変えていき、数日かけてようやく念願の家が完成した。
天井の高い一階建てのウッドハウスだ。玄関を開けてすぐに広い居間。その横に調理場を設け、反対には大きめの風呂場。居間の奥に寝室を二部屋。各所に光の魔石を取り付け、寝室のベッドには魔素の森産Aランク相当鳥型魔物の高級羽毛を敷き詰めてつくった枕と敷布団。調理場と風呂場には火の魔石と水の魔石を取り付け、持ってきた鍋やフライパン。
文句のつけようがない完璧な一軒家(最高の庭付き)だ。寝室が二つあることに首を傾げてはいたが、ベッドは大きくしたいなど、ユズリアの希望にも沿った満足のいく出来。まさにスローライフに相応しい。
「で、できたー!」
「ああ、今日からここが俺たちの住まいだ!」
二人でまだ閑散とした居間に、身を投げ出して大の字になる。天井を高くしたおかげで随分と開放的な気分だ。深呼吸をすると、魔素の森に生えてたとは思えない芳醇な木の香りが肺を満たす。
横目でユズリアを見ると、彼女も満足げに目を細めていた。
「でも、まだ色々と揃えなきゃいけないものもあるわね」
「そうだな。テーブルと椅子はつくったけど、それにしても殺風景だもんな」
「今度、実家から調度品を持ってこようかしら」
「貴族御用達の生活用具って、スローライフにはもったいない気がするんだけど……」
自然と完璧に調和したこの空間に、煌びやかな装飾はあまり似つかわしくないな。
「それもそうね。じゃあ、今度街まで行って、買いそろえましょう」
「街って言ったって、ここから一番近いロトゥーラの街でも一週間はかかるぞ?」
「あら、私にかかれば二日で往復できるわよ」
確かにユズリアの魔法を持ってすれば、それくらいの早さで行き来出来てもおかしくはない。うらやましいくらい便利な魔法だ。
「じゃあ、お使いでも頼みますか」
「貴族を使いっ走りに使うなんて、顔に似合わず随分と豪胆なのね」
「勘弁してくれ……」
ユズリアは可笑しそうに笑う。つられて俺も笑みが零れていた。
衣食住。どれも大事だが、火急を要するのは住まいだ。衣類に関しては問題は無いし、食事もまだストックがある。尽きたら魔物を狩りに行けばいい。魔素の森に入ってから、食用出来そうな魔物は何体も見た。
「というわけで、まずは家をつくろうと思うんだけど、本当に二人で住むのか?」
「あったりまえじゃない」
「あったりまえなんだ……」
「でも、家をつくるって、ここには私たちしかいないのよ? 大工を連れてくることも出来ないし」
ユズリアの疑問は当然だ。もちろん、貴族の彼女に建築の知識があるとは思えない。
「俺が建てるから、安心してよ。ユズリアには木材を調達してきてもらおうかな。木ならそこら中に余るほどあるし」
ユズリアは眉にしわを寄せて黙りこけている。いや、呆れているのだろうか。
「木が切り倒せないなら、俺がやるけど……」
「馬鹿にしないで。それくらい『身体強化魔法』があれば出来るに決まってるわよ! そうじゃなくて、」
「むっ、他に何か?」
「家って、道具がないと建てられないのよ? 一般教養受けてないにしても、常識だと思うのだけれど」
なるほど、彼女はそっちの心配をしていたのか。それにしても、貴族のお嬢様に常識を諭されるとは、恐れいった。確かに、一般教養は受けてないから、そこに関しては反論の余地はない。
代わりに妹には学校通わせてるからね。美しき兄妹愛ってやつですよ。
「その心配ならご無用。とりあえず、設定図考えているから、材料の木を持ってきてもらえるかな」
「……まっ、私にアイデアがあるわけじゃないしね。伴侶の世迷言も妻が付き合ってあげるとしましょう」
「まだ言ってる……」
ユズリアは意地悪く舌を出して森の奥に消えていった。おい、可愛いな、やめてくれよ。
「あんまり遠く行くなよー! 危なくなったら、大声で呼べー!」
「私だってS級よ!」
そんな反論が木々の奥から返って来る。どうにも、彼女が同じSランク冒険者だと忘れそうになる。昨日だって、一歩間違えれば初撃で喉元を突き破られていたというのに。
思いだして、背筋が冷える。なるべく、怒らせないようにしよう。それがいい。妹だって、ぶち切れると手の付けようがなかったからな。その点、ユーニャは大人しくて可愛いもんだった。
少し距離が離れたところで、雷鳴が天を貫いた。次いで、木々が倒れる振動が地面から伝わる。
こうしちゃいられない。さっさと大まかに設計図をつくってしまおう。パンプフォール国での住まいは五年ほど前から、土地だけ買って自分で建てた家だ。その時、大工のドワーフに教えてもらったノウハウはまだ覚えている。あの後、数年はドワーフたちの勧誘がすごかった。それも、今となっては懐かしい思い出だ。
その後、何度か同じように雷が瞬き、ユズリアが戻って来た。
「とりあえず、これくらいでいい?」
そう言いながら、樹齢数百年であろう巨木を、四本まとめて軽々引きずってくる細い女の子。うん、やっぱり彼女を怒らせては駄目だ。
「あ、ありがとう……。多分、足りると思う」
「でも、この木は魔素を十分に吸っちゃってるから、使えないんじゃない?」
確かにユズリアが持ってきた木々は幹も葉も黒々と染まっている。魔素を含んだ木材は耐久力が弱く、一般的には使うことが出来ない。
「とりあえず、泉の中にぶち込んでみようか。それで駄目なら、他の方法を考えよう」
「それもそうね」
彼女はひょいっと一本の巨木を持ち上げ、泉に突き刺す。深さが人の腰辺りまでしかないから、巨木の根本が浸かるだけだ。しかし、次の瞬間、泉に浸かった部分がすっと鮮やかな黄櫨色に染まり、ぐんぐんと上に昇っていく。ほんの数秒で幹が浄化され、葉も緑のみずみずしさを取り戻した。
「す、すごいな……」
「これ、ただの魔力溜まりじゃないわよね……」
泉の正体は謎に包まれたままだが、すさまじい浄化能力を持っていることが分かった。
続いて、ユズリアに浄化した巨木を木材に成形してもらう。細い剣一本で木を加工する様をドワーフたちが見たら、怒り狂って襲い掛かってきそうだが、今だけは目をつむってもらうとしよう。そもそも、木が割れてしまう前に綺麗に断ち切る『雷撃魔法』を使いこなす彼女にしか出来ない芸当だ。
ユズリアが居なかったら、この時点で詰んでいた。
「ありがとうな」
感謝の言葉を告げると、ユズリアは首を傾げた。
自覚が無いのかもしれないけれど、人間とは思えないことを次々こなしているんだ。もっとその豊かな胸で威張ってくれていいのに。
「それで、結局ここからどうするのよ」
目の前に山盛りになった様々な寸法の木材を見て、ユズリアが疑問を投げかける。
「まあ、見てなって」
俺は似合いもせず腕をまくる。そして、柱となる大きな木材を掴み、グッと力を入れた。そう、思い切り、踏ん張って、使えもしない『身体強化魔法』の術式を胸の中で唱えて、せーのッ!
しばしの沈黙。遠くで、鳥型魔物の鳴く甲高い鳴き声が聞こえてきた。
うん、無理!
ほとほと呆れ顔のユズリアに木材を持ってもらう。
なんか、本当にすんません。
尊厳の欠片も無い状態に涙を流しながら、木材と木材のつなぎ目に『固定』をかける。これで、俺が『固定』を解除しない限り、どんな衝撃を受けようが、地震に襲われようが、業火に包まれようが、木材が離れることはない。
「へえー、これなら確かに家を建てられそう。本当、とんでもない魔法ね」
ユズリアが感嘆の声を挙げるが、俺は無い胸すら張る気にならなかった。
「僕、くっつけることしか出来ないんで……へへっ……」
「主語変わってるじゃない……」
そんなこんなで、ユズリアに木材を持ってもらい、俺が『固定』をかけて、組み立ててを繰り返す。
ユズリアに間取りの希望を聞きながら、都度設計を変えていき、数日かけてようやく念願の家が完成した。
天井の高い一階建てのウッドハウスだ。玄関を開けてすぐに広い居間。その横に調理場を設け、反対には大きめの風呂場。居間の奥に寝室を二部屋。各所に光の魔石を取り付け、寝室のベッドには魔素の森産Aランク相当鳥型魔物の高級羽毛を敷き詰めてつくった枕と敷布団。調理場と風呂場には火の魔石と水の魔石を取り付け、持ってきた鍋やフライパン。
文句のつけようがない完璧な一軒家(最高の庭付き)だ。寝室が二つあることに首を傾げてはいたが、ベッドは大きくしたいなど、ユズリアの希望にも沿った満足のいく出来。まさにスローライフに相応しい。
「で、できたー!」
「ああ、今日からここが俺たちの住まいだ!」
二人でまだ閑散とした居間に、身を投げ出して大の字になる。天井を高くしたおかげで随分と開放的な気分だ。深呼吸をすると、魔素の森に生えてたとは思えない芳醇な木の香りが肺を満たす。
横目でユズリアを見ると、彼女も満足げに目を細めていた。
「でも、まだ色々と揃えなきゃいけないものもあるわね」
「そうだな。テーブルと椅子はつくったけど、それにしても殺風景だもんな」
「今度、実家から調度品を持ってこようかしら」
「貴族御用達の生活用具って、スローライフにはもったいない気がするんだけど……」
自然と完璧に調和したこの空間に、煌びやかな装飾はあまり似つかわしくないな。
「それもそうね。じゃあ、今度街まで行って、買いそろえましょう」
「街って言ったって、ここから一番近いロトゥーラの街でも一週間はかかるぞ?」
「あら、私にかかれば二日で往復できるわよ」
確かにユズリアの魔法を持ってすれば、それくらいの早さで行き来出来てもおかしくはない。うらやましいくらい便利な魔法だ。
「じゃあ、お使いでも頼みますか」
「貴族を使いっ走りに使うなんて、顔に似合わず随分と豪胆なのね」
「勘弁してくれ……」
ユズリアは可笑しそうに笑う。つられて俺も笑みが零れていた。