ロザリーは、まるで遊牧民のように世界中を点々とした。気の向くまま、足の向くまま訪れた街で日銭を稼ぎながらその日その日を楽しんだ。たくさんの人と出会い、話し、笑いあった。時には騙されたり罵られたり悔しい思いをすることもあったが、そのどれもが屋敷にいては味わえないものだった。
 狭い鳥かごを抜け出した雛鳥は、広い大空を満喫し人生を謳歌していたのだ。
 かけがえのない経験を重ね、喜びに満たされていくうちに、どういうことか、ロザリーの中の博士の記憶は薄れていき、仕舞いには消えていた。
 旅立った当初こそ、一人眠る寂しさに毎晩のように博士を思い出していたというのに、今では名前すら思い出さない。

 しかし、ロザリーは常に心の奥底で、隙間風が吹いているのを感じていた。
 ――何かが、欠けている。
 満たされているはずなのに、どこか物足りない感覚に不安を覚える日々が続く。そしてそれを、新たな発見と出会いで埋めようと世界を飛び回った。
 ある時、ロザリーは訪れたことのない街に辿りつく。
 なんの変哲もない、小さな街だ。なのになぜだろう、どこか見たことがあるような既視感に捉われたロザリーは、街をくまなく探索してみることにした。
 店が並ぶ大通りを歩いている時、子どもとぶつかった。
「いってー!」
「あ、ごめんなさい。大丈夫? けがは無い?」
 ロザリーは、尻もちをついた子どもに手を差し出す。しかし、ロザリーを見上げた子どもの顔がみるみる青白くなっていく。
「ロ、ロザリー⁉ うわああああああ!」
 口をぱくぱくとさせた後、そう叫んだかと思えばものすごいスピードでどこかへ駆けていってしまった。
「どうして私の名を知っているの……?」
 ――もしかして、私はこの街に来たことがある?
「あーはっはっはっは!」
 大声に思考が中断され、顔を上げるとすぐ近くの花屋の夫人らしき女性が笑っていた。
「急に叫ばれておどろいただろう! いやー、私も驚いた! お嬢さん、森の屋敷のロザリーに瓜二つじゃないか!」
「森の屋敷……?」
「ほら、あそこさ」
 夫人が指さす先、森の一角に佇む立派な屋敷が目に映る。
 その瞬間、ロザリーの頭の中におびただしい量の記憶が流れ込んできた。
「うぅっ」
「どうしたんだい、お嬢さん」
 頭を抱えたロザリーに夫人が駆け寄るが、次の瞬間にはロザリーは駆けだしていた。
「すみませんっ、急用を思い出したので失礼します!」
 夫人の心配する声を振り切って、ロザリーは走る。――森を目指して。