二人で食事をとっていたある日のこと。
「ねぇ、博士。新しい小説が読みたいのだけど」
「どんな小説だい? いつもの英雄伝シリーズの新作を買ってこようか」
 ナイフとフォークを置いて、ロザリーは「いいえ」と首を横に振った。
「ラブロマンスがいいわ。そうね、可哀そうな境遇の少女が王子様に見初められてお姫様になるような……素敵な、」
「どうしたんだいロザリー⁉」
「えっ?」
 唐突に目を見開いて心配する博士に、ロザリーは体をビクつかせる。
「わ、私、何かおかしなことを言ったかしら……」
「きみは、御伽噺のような恋物語は大嫌いだって、一度も読んだことなどないじゃないか」
「そうだったかしら? でもなんだか読みたくなってきたの。私が何を読んだっていいでしょう?」
 博士の言葉に、どこか責められてるような感覚を覚えるロザリー。語尾が少し強められた彼女の声に、博士はハッとする。
「あ、あぁ、そうだねロザリー。取り乱してすまない。次に街に行ったらいくつか見繕ってこよう。本屋の店主にからかわれてしまいそうだな、はは」
 博士は精一杯の冗談を言ってその場をごまかした。
 しかし、心臓はバクバクと脈打ち、全身は冷や汗をかいていた。
 嗜好が変化している。
 ロザリーには、恋人の記憶がある。そして人工知能による学習もさせているから多少の変化はおかしくはない。しかし、これまで毛嫌いしていたものを欲することは、学習の範囲を超えていた。
 そして、それはこの時だけに留まらず、その後も変化が現れた。
「今日は紅茶じゃなくて、博士と同じコーヒーが飲みたいわね」
「馬に乗ってみたい」
「違う色のドレスが着たい」
 ちょっとしたことから、大きなことまで嗜好が変わっていくロザリー。
 博士はロザリーにどういう心境の変化なのか尋ねるが、彼女自身にもよくわからないらしく、機嫌を損ねてしまったこともあった。
 博士はプログラムのバグだろう、とロザリーが眠りについた後、夜を徹してシステムをチェックするもバグは一つも見つからなかった。
 博士は、確信する。
 ――ロザリーに、自我が芽生え始めている。