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タンバリン窃盗事件。
案外、犯人はすぐに見つかった。
音代の脅しがきいたかたちだった。

音楽室に現れた金髪の男子生徒はネクタイをだらしなく緩めピアスは右に3個左に2個と片頬には絆創膏を貼っている。そして片手にはその見た目とはそぐわない1つのタンバリンが握られていた。

男子生徒はピアノの椅子に座り腕を組んでいる音代の前にそれを差し出した。

「さーせんした」

音代は困惑する。「さーせんした」とはなんだ。何かの隠語か。
ーーーもしかしてこの少年は自分に謝っているのか。音代が怪訝そうに眉間に皺をよせたのをみて男子生徒は慌てた様子もなくタンバリンを受け取るように促す。
しゃらん、と軽快に鳴ったそれ。

「何に使った」

「返したんだからいいだろめんどくせぇな」

「それが窃盗をしたやつの態度か」

タンバリンを受けとればこの男子生徒はそそくさとここを出ていくだろうとふんだ音代は腕を組んだまま下から男子生徒を睨む。
音代の雰囲気に少しだけ男子生徒が怯んだ。

「謝っただろう」

「「さーせんした」の何が謝罪なんだ九条(くじょう)

音代はその生徒の名前を知っていた。九条(なぎさ)。音代が予想していた通り2年1組の生徒である。
ただ、音代の盗んだ予想の人物像とは外れていた。検討がついていたわけではなかったが、もっと音楽に関わりのありそうなやつの仕業だと思っていたのだ。
いつも喧嘩にあけくれているようなこんな不良が何に使ったんだろうかと音代は考えを巡らせる。

「まさかお前、これを喧嘩の道具に?」

「そんなリズミカルな喧嘩するかよ コントか?」

音代も九条も同じような想像をしてしまい思わず口角が上がった。
タンバリンで喧嘩。相手の頭を叩けば太鼓の音が鳴り、周りについた小さな金が揺れ鳴る。
確かに、コントだ。と音代は堪えるように口元を手で隠した。

「お前、楽器をそんな使い方 絶対、俺は許さないからな」

少し肩を揺らしながら音代がそういうと、九条は「するわけないだろうそんなこと」と言い放ちもう一度タンバリンを音代に差し出した。

「すみませんでした」

「よし」

言い直された謝罪に納得して音代がそれを受け取れば九条は「っす」と息だけもらし音代に背中を向ける。
音代は即座に立ち上がった。
ーーー1番ききたいことをきいていない。

「盗んだ理由をきいてない」


ピタリと九条の足が止まる。
九条は音代に背を向けたままため息をつく。

「言う必要はねぇだろ 壊したわけでもないし」

そう言って音楽室の扉を開ける。
「待て」と音代は幾分か大きな声で九条を呼んだが無駄であった。九条は音楽室を出た後音代の方には見向きもせず片手で荒々しく扉を閉めその場を去ってしまった。

音代は音楽の教員免許はもっているものの、教師として働き始めてたったの2ヶ月である。人との距離の縮め方すら分からない音代にとって10代との関わり方などもってのほかだ。未知の生物に近い。

こんなことでは神城に頼まれている例の女子生徒を探すことさえままならない。
ーーーなんとかしなければ。

「どうすればいいんだ」

そんな独り言が虚しく響いた。壁に飾られているモーツァルトたちが答えてくれるはずもなく力なくピアノの椅子に座る。
生徒たちから距離を置かれているのは知っている。芸術科目ましてや音楽を教える身でこれは非常にまずいのではないか。

自分がどうみられているかなどは音代にとっては正直どうでもよかった。
ーーーどうでもよかったのだが。
タンバリンを盗む意味不明な不良に自殺を促す曲を発信する女子生徒。
音代は頭を抱えた。

肘がピアノの鍵盤にあたり不協和音が響く。
音代は顔を顰める。

「距離感、か」

鍵盤と鍵盤の距離を間違えればそれはひどい不協和音になる。人との関係も一緒だと音代は思った。
ーーーまずは生徒を知るとしよう。自分のやり方で。