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音代は「ほう」と意外な気持ちと関心の気持ちの両方が入り混じった声をだした。
「1人で作ったのか」
音楽室は吹奏楽部に使われていたため、放課後職員室にいた音代の前にあらわれたのは先日音代に相談をもちかけてきた相原真里である。
自信に満ちあふれた顔で音代の前でスマホを差し出し、さすがに職員室で自分の歌声が流れるのは恥ずかしかったのでイヤホンできいてもらった。
まだちゃんとした歌詞ができていないものの、ピアノの伴奏と真里の歌声は音楽としてかたちになっていた。
「助っ人に協力してもらいました」
「誰だ助っ人って」
少し怪訝な顔をした音代に、真里はうーんと頭を悩ませる。
間宮から自分が協力したことを内緒にしてほしいと後日メッセージで伝えられた。
「やっぱり1人で作りました」
「無理あるだろ、素人がここまでのピアノが弾けるか」
「もー、そこはいいじゃないですか!曲、どうですか」
音代の手からスマホとイヤホンを奪い取り、そう問いかける。
まだ未完成ではあったものの、すでに誰かにきかせたい衝動にかられた。客観的意見がききたかったのだ。
これで、幼馴染が納得するか真里には分からなかった。
この曲を完成させたら、自分のことをみてくれるのか。
「悪くない。だが、未完成だろう。完成させないと幼馴染にきかせられないんじゃないのか」
「そうなんですけど、えっと、」
「なんだ」
「プロの曲みたいに、その、レコーディング?みたいなのしたくて、ほら、楽器とかもっと豪勢にして」
「周りに楽器できるやついるのか?レコーディング環境はどうするつもりだ」
「今のところ、ピアノできる人しか知らない、レコーディングもよく分からないし、音代先生はいろんな楽器できるんですよね。協力してくれませんか」
おそるおそるといった声色で音代にそう言った真里に音代は首を横に振る。
「結局俺頼みか。俺は何もしない」
「そこをなんとか」
「なぜそこまでして曲を完成させたいんだ。そのピアノ伴奏で歌うので十分だろ」
音代は腕を組んで、立っている真里を見上げる。
一曲を仕上げることは、そうとうな労力と気力がいることを彼女は知らないのかもしれないと音代は思った。だが、音楽に何かしらの可能性を感じている若者のを無下に扱いたくはなかった。
真里は、唇をきゅっと噛んで、まっすぐ音代をみつめる。
「好き、だからです。聡太のこと
だから、ちゃんと完成させたい」
音楽と感情はいつだって密接だ。
音代は嫌でもそれが分かっている。若くて、真っ直ぐで、脆い。
少し懐かしい気持ちになって音代の口角はあがる。
「聡太がいつもきいている音楽に嫉妬したっていうのもあるけど、いつも一生懸命で無我夢中で部活に励んでるのみてたら、わたしも何か成し遂げたくなっちゃって」
自分の作った曲を聴いて、大好きな幼馴染が一歩踏み出せるような、そんな曲を作りたい。
幼馴染にきかせる、幼馴染だけにむけた音楽だ。
「レコーディングは1週間後だ」
「え?」
音代はゆっくりと瞬きをして、デスクの上に転がっているボールペンを指揮棒のように動かし、真里に向けた。
「お前は、この曲を作った責任がある。楽器隊はある程度俺が集めるが、ピアノはその助っ人やらを呼べ」
「え、あ、協力してくれるってことですか?レコーディングって?あの、どうやって」
困惑している真里に、音代は言葉を続けた。
「レコーディング場所は今から教える。あと、楽譜を作れ。楽器を弾く者たちが練習できるようにな」
「楽譜なんてつくったことないです!てか昨日の間宮さんみたいに、感覚でできないんですか?」
「ほう、ピアノは間宮っていうのか」
「うわー!口が滑ったあ!」
怒涛の音代の攻撃に真里は地団駄を踏む。
まず、内緒にしてほしいといった間宮を説得し、レコーディングに協力してもらわないといけない。
そして、レコーディングのことや楽譜のこと未知のことで溢れていた。だが、存外嫌だとは思わない。
恋心をバネにして自分がどこまで本気になれるか試すことができる。頭を悩ませることがたくさんあるが、それは不安や恐怖ではなく、好奇心にあふれている。
「わたし、楽譜読めないし、つくれないし、レコーディングなんて分からないんですけど」
「それは大丈夫」
「どういうことですか?」
「そういうのに強い、暇人がいるから」
音代はニヤリと不敵に笑った。