地味で何も打ち込むことがない私。特技も特にない。つまらない高校生活確定。友達は少ないし、地味な陰キャタイプとしか仲良くなれない。どこかに遊びに行くような踏み込んだ関係にもなれない。現実の高校生なんてこんなものだ。キラキラした青春なんて物語だけのもの。何かに打ち込みたい。何かを成し遂げたい。でも、その何かはみつからない。私にできることはあるのだろうか? 楽しい毎日を送ってみたい。青春を感じてみたい。しがない私が思うのは、そんな程度の妄想。

 ため息をつきながら、間違えて入ってしまった扉。扉の向こうに違う世界が待っていたなんてこの時は思いもしなかった。茶道部に入部しようと開けた扉の先には、派手な髪型にオシャレを全身に纏う怖そうで美しい男子が三人いた。なんだか怖い! 間違えた! そう思い、無言で扉を閉めて引き返そうとする。

「ちょっと待て。軽音部に入部希望なんだよな?」
 不良系なギターを抱えた男子が華奢なのに威圧感のある容姿を見せつけながら、声をかけてきた。
「違います。茶道部に入ろうと……」私の声は彼らの奏でるギターやベースやドラムの音にかき消される。つまり、この人たちは、人の話を全然聞く気がないらしい。ジャーン、ドドド、ズンズン、そんな感じの音色が勝手に合い混じる。
「実は、女性ボーカルを探していてさ。お前やれ」
 ギターの不良少年は命令口調。睨みには逆らえない。絶対関わることのない陽キャと会話をする日が来るなんて……。心臓がドキドキする。だって、そもそも異性と話すことに慣れてないし。オシャレ男子と絡むことにも全く免疫がない。
「私、音楽なんて経験ないし」
「ボーカルは声が楽器だ。つまり、初心者にだって歌くらい歌えるだろ」
 電子ギターを唸らせる。部屋中に音が共鳴する。
「あなたたちの誰かが歌えばいいのでは?」
「あいにくここに女はいないんでね。俺、タダシ。タッチャンって呼んでよ。趣味はバスケ。よろしく!」
 この人は大きなピアスこそしているけれど、学校で成績がいつも上位常連組だったと思う。派手な風貌とはうらはらに、一位も何度も取っていると記憶している。少したれ目で大きな瞳は案外優しそうだ。顔立ちは整っている。
「俺の名前はサユキ。この曲は女性が歌う前提で作ったんだよ。俺の遺作になるかもしれないかもしれないから、大切な曲なんだ。以前は趣味でダンスをしてたんだけど、最近は体力が落ちたから辞めたよ」
 色白で華奢な風貌は一瞬女性かと思う。サラサラなストレートヘアーと甘えたような子犬のような見た目。
 遺作って、この人たちは人をからかうのが好きらしい。この人もたしかいつも成績トップにいたような記憶がある。
「俺はワタル。ギターをやっている者だ。ちなみに趣味はバイク。歌ってみろ。出来次第でクビにするから」
 目つきは悪いけど、話してみると穏やかそうな一面が垣間見れる。
「そんなに怖がるな。俺たちは同級生だろ。みんなここにいるのは一年。あんたもスニーカーの色からして、一年だろ」
 うちの学校はスニーカーの色で学年が区別されている。赤いラインは現在一年生。
「実は、ボーカルやる予定だった子が急遽辞めることになって、背水の陣ってわけだ」
 笑顔のタッチャンは話しやすそうだ。
「じゃあ、みんなが知っている曲でとりあえず歌ってみて」
 提示された曲は今流行の歌で、幸か不幸か歌える曲だった。
「歌詞はこれを見てね」
 サユキの手は細くてきれいな指をしていた。
 なんか親切な人だな。笑顔も優しいし。
 サユキは雪を連想させるはかなさを持っていた。多分色白で細身なせいだとは思うけれど。
 ワタルもタッチャンも細身なんだけれど、筋肉が程よくついている印象だった。
 後に知ったのだけれど、ワタルは弓道部とタッチャンはバスケ部と兼部しているらしい。器用な人たち。不器用な私とは大違い。
 奏でられるメロディーに乗せて、今歌える最大限の声を出す。
 緊張する。ドキドキして手汗が凄いことになっている。
 音程、抑揚に気をつけて丁寧に歌う。
 メロディーに乗せて音楽が完成している感じがした。
 最後までなんとか歌えた。
 安堵と同時にため息が漏れる。
「採用な」
 一見怖そうなのに、ギターを弾くと笑顔になるムードメーカーのワタル。
「いいじゃん」
 クールな感じなのに、一言で安心させてくれるサユキ。
「初めてなのにいい感じだったな」
 女子ウケがいいのはよくわかるような容姿と言動を併せ持つタッチャン。
 それぞれが笑顔と共に私を受け入れてくれてくれた。
 って私茶道部に入ろうと思っていたのに。
 いつのまにか軽音のボーカルオーディションに合格してしまったらしい。
 私は、間違えた扉を開けたことで、思い描いていた高校生活とは真逆な展開に向かう。
 何もない毎日。変わらない自分。自分を誇れるものはなにもない。そう思っていた。
 でも、彼らはそんな私の声を受け入れてくれた。些細なことだけれど、とても嬉しい出来事だった。
「さっそく、この曲、オリジナルだから音源送るよ。スマホの連絡先教えて」
 サユキが作ったという曲はサユキが歌った仮の声と機械で打ち込んだ音楽が入っていた。
「歌詞も送っておくから」
 初めて男子と連絡先を交換してしまった。しかも、成績と顔がいいと人気のある人。
「俺らとも交換だ。今日から同じバンドのメンバーだから」
 同じバンドのメンバー。嬉しい響きに顔がにやける。私の居場所ができたみたいで嬉しい。
 どこかに所属できる喜び。誰かと同化できる嬉しさ。こんな私にも新しい場所ができた。

 帰宅後見た歌詞は雪や冬がテーマの美しい言葉が並ぶ。
 白、白銀、羽、雪、美しい雪景色、恋……そんな感じだ。
 翌日も練習で放課後に集まることに。
 実はあれは夢で、おまえ誰? なんていわれませんようにと思いながら、緊張して扉を開ける。
「おせーぞ」  
 居場所があったことに安堵する。
 ずっとこの学校内に居場所がないと思っていた。
 初めて椅子が用意されたような感じがする。
 ただ、単純に嬉しかった。
 誰かが待っていてくれる。
 誰かが必要としてくれる。
 誰かが話しかけてくれる。
 こんなことが私の心を照らす。
 サユキは華奢なのにドラムをたたくときはとても力強い。
「俺、叩けなくなった時のために、ドラムのパートは音源に残しておくから」
 何? 叩けなくなる? こんなに上手なリズムを奏でられるのに。
「サユキは持病があるからさ」
 何気にタッチャンが言った台詞が当たり前のように耳に入ってくる。
「冬までもてばいいなと思ってこの曲を作ったんだ」
 だから、冬を楽しみたいという待ちわびた歌詞だったのだろうか。
「命を込めて作ったからさ。何かを遺してこの世から消えたいっていう俺のあがきかな」
 ドラムスティックを回しながら、話す彼からは悲壮感はなかった。
「小さな時から、高校生までもてばいい。二十歳までは厳しいって言われてきた。だから、もうそろそろかなって思ってる」
 こんなにも死を当たり前に感じている人が同じ歳でいるんだ。
 自分の苦しみなんてなんて些細で小さなものなのだろうか。
 サユキに出会って初めて感じる。
 雪みたいに溶けてすぐ消えてしまいそうな印象を抱く。終わりが見えている人生。覚悟を持って生きている人が同じ空気を吸って生きている。なんだか感銘を受ける。
「この世界に何か生きた証を、爪痕を形に残したいじゃん」
 色白な彼からは殺伐とした感じではなくいかに良い終わり方をしたい。残された時間をより良く行きたいという気持ちが感じられた。笑顔さえ見せる彼には何も怖いものがないようだった。
「俺等にできることはこの曲を学祭までに仕上げることだ」
 ワタルは表情を変えない。最善、自分たちにできることをわかっているからなのかもしれない。私たちは万能ではない。魔法を使えるわけでもないし、医師でもない。出来ることは限られている。
 一緒に彼の爪痕を残したい。それが最善なのだろう。
 何もしなくても時は流れてしまう。掌からこぼれないように時間を有意義に使わないとダメだ。
 それから、毎日自宅でも放課後も毎日歌の練習をしていた。声が楽器。感情をリズム、メロディーに乗せて。練習すればするほど呼吸や発声が進化する。私は変わることができるんだ。別れが待っていたとしても、出会わなければ何も変わらなかった。こんな私でも、必要とされてる。毎日学校に来ることが楽しくなる。自然と話せる友達が増える。私が明るくなったからなのか、理由はわからない。
 夏休みの練習の後は、ワタルが花火を買ってきて公園で火を灯す。
 光のシャワーに照らされた私は、ただそれで幸せだった。他に何もいらなかった。
 ようやく見つけた居場所。
 やりたいことが見つかった。
 別な日には近くの沼へ行き、肝試し。夏を満喫する。
 街灯がほとんどない真っ暗闇は、何もないことが怖い。
 でも、とても楽しかった。
 サユキの顔色はどんどん悪くなっているように思えた。
 夏なのに日焼けしない人。時々薬を飲んだり、体を休めている。
 こんな時間がずっと続けばいいのに――なんて自分が思う日が来るとは思わなかった。
 アスファルトの上に寝そべり、ただ星を眺める。流れ星を探す。ああ、星空はきれいだ。難しい天文学なんてわからないけれど、きれいだと感じられればそれでいい。
 夏の匂いを感じて、夏を満喫する。
 彼らとずっと友達でいられたらいいな。こんな私にも仲間ができた。夢みたい。
 夏の風は独特な香りがする。蒸すような熱風のようにも感じるけれど、時々涼しい。
 夏の空は独特な彩を放つ。無数の星がこんなにもきれいに見えるなんて。
 私は、音楽を通して想い出を作ることができた。
 もし、あの時、扉を間違えていなかったら、絶対にここにいることはなかった。
 彼らの強引さと寛容な心と挑戦する精神のおかげで今、メンバーとして一緒にいられる。
 嬉しいな。
 サユキと冬も一緒に過ごせるかな。
 というかタッチャンとワタルともずっと一緒に過ごしたいけれど。
 夏の日差しの中、私の夏休みは充実したものとなった。
 これが、青春というやつなのかな。
 そして、これが恋なのだろうか。
 ちらりとサユキを見る。
 夏なのに白銀の肌を持つ彼は、この世界の人間とはどこか違う光を放っているように思える。
 学祭は夏休みが終わるとすぐで、その日にベストを尽くせるように最善な状況へ持っていく。
 サユキの曲は冬まで一緒にいたい。白銀の世界でずっと待っている。そんな歌詞だった。
 学祭が無事終わって、秋になるころに、サユキが入院したという情報を得た。
 お見舞いに行ってちゃんと気持ちを伝えたい。好きだという気持ち。大切だという想い。
 私たちのバンドは学祭が終わり、なんとなく名前だけ残していたけれど、冬になるころには、正式に解散することとなった。寂しい瞬間。寒い風が体を覆う。
 解散の理由は、サユキがいなければ、新しい曲が作れない。
 全員いないとこのバンドとして成立しないという理由だった。
 入院先をすぐに知ることができず、知ることができた頃は木枯らしが吹く冬の季節だった。
 まさに歌詞の中にある風景が目の前に広がる。
 寒くて寂しい自分の中で、木枯らしが顔を刺すように吹雪く。
 雪もちらつく。見上げると無数の雪。白くて羽のような雪は触れるとあっという間に溶けてしまう。
 雪の結晶は全部違う形だと聞いたことがある。雪にはひとつひとつに個性がたくさんあって、まるで人間みたいだ。溶けて消えるはかないもの。それは、人間同様に思う。
 病院に向かうと、サユキの病室があった。
 ずいぶんと洋風でおしゃれな病院だと思う。
 こんな病院がこのに町にあったのは、知らなかった。

 扉を開けると、サユキが雪を見ながら、白銀の光を放って立っていた。
「今日は寒いね。雪がとてもきれいだと思わない?」
 思ったよりサユキは元気そうだ。なんだか落ち着いているし、彼を包む光がまばゆい。
 この世のものではないかのように思える。
「この雪は命なんだよ。一つ一つに魂があって、形が違うんだ。個性ともいう」
 窓を開け、手を延ばす。寒い空気が入ってくる。
「私、あなたのこと……」
 この先の言葉が言えない。
「君の魂も天から降ってこの世界を覆うんだ」
「どういう意味?」
「君はもう天に行くべき人なんだよ。そして、天から雪として降り積もり、この地を覆うんだ。覆うというのは、死者の魂を積み重ねて雪のように積もるということさ」
「え……?」
「君には願望があった。君にはやり残したことがあった。俺はそれをかなえるべき存在なんだ。導き人と呼ばれている。願望をかなえた後、人間をあの世へ導く。そのためには君の記憶の一部として俺は登場しないといけないきまりとなっている。シナリオを作り、満足してもらう物語を描くのは導き人の仕事なんだ。俺を好きになったのもシナリオ通り。あの曲も歌詞もシナリオの一部なんだ」
「どういうこと? 人間ではないの?」
「バンドのメンバーは存在していない架空の登場人物なんだ。全て俺が考えた物語のキャラクターだ」
「こんなに魂っていうのは天から降って来るんだ?」
 冬空を見上げる。
 舞い散る白い雪。
「毎日たくさんの人間が死んでしまう。新しい人間が生まれる。その繰り返しの間に導き人はいるんだ」
「もしかして、私は夏の終わりに、この世からいなくなっていたの?」
「しばらくはこの世界に魂は漂うと人間たちも言っている通り、しばらく君は漂っていたんだよ。その間、バンドの夢を見ていた。もう、満足だろ。そろそろ雪のような魂になる時間だ。白い魂には記憶も想いも詰まっているんだよ」
「シナリオ通りでもいい。私は、ちゃんとあなたが好きだから」
 にこりと笑うサユキの姿は、それも計算の内というような様子だった。
 白銀の衣装に包まれた導き人は死神のような存在なのかもしれない。
 でも、いわゆる死神とは違う部分は、前向きな死を提案するために素晴らしい物語を綴る部分なのだろうと思う。
「最高の青春をありがとう。素敵なシナリオライターさん」
 私の魂は、天から降る羽のような雪の一部となる。
 白銀の世界を創るんだ。