ブレザーの袖で涙を拭いて鼻を啜ると、鍵盤に手をのせる。
私が前奏を弾き始めると、体育館の空気が変わる。
要先生のピアノのように、丁寧に歌うように音を響かせて曲の歌い出しへと繋ぐ。
最初はあまり出ていなかったみんなの声が、一番のサビに近付くにつれて大きくなる。
間奏に入ると、周囲が静かになって私の弾くピアノの音だけが体育館に反響する。
指番号を間違えないように、丁寧に。指先に意識を集中させながら思い出すのは、音楽室で要先生が私の伴奏に合わせて歌ってくれたときのことだ。
もう一度、要先生の歌が聴きたかったな……。
せつない気持ちに浸りながら、間奏を終えて二番に繋ぐ。二番のサビに向けて伴奏を情緒的に盛り上げる。
みんなの歌に涙声が混じるのがわかって、私はつられて泣かないように奥歯を噛んだ。曲を最後まで弾ききり、余韻の音を響かせつつ鍵盤から指を離すと、保護者席からわーっと嵐のような拍手が起こる。
みんなの歌は、とてもよかった。卒業式までに集まって練習できたことはほとんどないのに、心がひとつにまとまったいい合唱だった。
ピアノの前から立ち上がって自分の席に戻るとき、私は職員席の真ん中にある空席に視線を向けた。
あえてひとつだけ空席を作ってあることに、先生たちの優しい配慮を感じる。
そこは、一ヶ月ほど前に不慮の事故で亡くなってしまった音楽担当の向井要先生の席。
どうか私たちの演奏が、先生に届いていますように……。