『カフェオレ美味しいじゃん。だから堂々と飲んだら良いのに』
その言葉が、速水くんとの出会いの始まりだった。

中学生の時、クラスにも学校にも馴染めなかった私は放課後、学校近くの浜辺にいつも一人で行き、石垣に座り夕日を見ていた。

夕日と海が見えるスポット。
当然、人気の場所でみんな来ていた。

だから私は人が来ない遠くの場所をわざわざ開拓し、そこを私の居場所としていた。

放課後の海はいつも夕日で、波はいつも同じように押しては引いている。
ここだけは何も変わらない。たった一つの私の居場所。

中学二年の春。
そこは私だけの居場所じゃなくなった。
いつものように、いつもの居場所に行ったら、そこには先客が居た。

短い髪と、学生服が風に揺れ、その中で本のページが捲れないように抑えながら、時折片手を本から離す。その手は牛乳パックに入ったカフェオレを取ったかと思えばストローで一口吸い、濡れた手をタオルで軽く拭き、また本を読み始める男の子。
初めは小学生だと思ったけど、学生服を着ていて同じ中学生だと分かった。
しかも、学生服はブカブカ。これじゃあ、学生服が動いているみたいで余計に子供に見えた。

いつもなら、同世代が側にいたら逃げてしまうけど、この男の子からは離れたくなかった。

すると、その男の子は本を閉じてカバンに入れ、スッと立ち上がりこちらを見た。
私を見た途端、右手に持っていたカフェオレの容器を、少し開いていたカバンに慌てて押し込んだ。
男の子の何か後ろめたそうな表情に呆然としていると、次の瞬間また男の子は表情を変えた。

『あ! 本がー!』
その男の子は慌ててカフェオレを出し、本や教科書やノート全てを出し始めた。

牛乳パックのカフェオレをカバンに無造作に入れたら、溢れてカバンの中がぐちゃぐちゃになる。
考えたら分かるのに、何やっているんだろう?
私は不思議に思いながら、カバンからティッシュを出して、一緒に拭く。

『あ、ありがとうございます ……』
ズレた眼鏡を直しながら、その男の子は呟く。

『ねえ ……』
声をかけようとしたら、その男の子は慌てて帰ってしまった。

彼もボッチなのか?
私は仲間が出来たような気持ちになった。

しかし、その期待は一日で裏切られた。
次の日、普通に友だちと一緒にいるあの男の子を見かけたのだ。

裏切られたと思った。
そうは言っても私が勝手にそう思っただけで、あの男の子は何も悪くない。

分かっていたけど、なんか無性に苛つく。
男の子はすれ違った私を追いかけて来てくれたけど、私は無視した。
見ない、聞かない。
いつも私が心掛けているスルーの仕方だ。

放課後。私はまた一人、海が見える浜辺に来る。
今日は誰も居ない。
私は安心して座り込み、夕日が水平線に近づいていく様子をただ見ていた。

『こんにちは』
その声に振り返ると、昨日の男の子が居た。

私はカバンを持って、帰ろうとする。
何故か分からない。この子を見ると何か苛つく。酷いこと言いそうになる。
全て、拗らした自分が悪いのに。

『待って下さい!』
すると、その男の子が追いかけて来た。
何! 意味分からないんだけど!

『追っかけて来ないで!』
私は叫びながら走る。
何なの? 本当に意味分からない! やめてよ!

『これだけ受け取って欲しくて!』
そう言って、その男の子が出して来たのはカフェオレだった。

『はあ?』
私は意味がわからず、ただその男の子を見つめる。

『あ、あ、すみません! 昨日のお礼にと! ありがとうございました!』
そう言って、今度はあの男の子が走り出す。

渡されたカフェオレは冷たく、わざわざ買って来たか、家に取りに帰ったのだと分かった。

『カフェオレ好きなのー?』
そう呼びかけた自分に驚く。
私、何話しかけてるの!

すると、その男の子は足を止めて振り返り、私を見る。

『…… はい』
そう返事をしてくれた。

『好きなら、どうして昨日は乱雑に扱ったの?』
また私は、要らぬことを聞いてしまう。
どうなってるの、この口は!

『…… 僕、今年中学生になりました。しかし、周りは僕のことまだ小学生扱いしてて、それが嫌なんです』
表情をしかめたその顔は、まだあどけなさが残る少年の顔だった。
身長は私より低くて、可愛い声。ブカブカの制服は小学生が無理に学生服を着ているように見えた。
そして分かる。カフェオレを乱雑にカバンに入れた理由を。

『カフェオレ美味しいじゃん。だから堂々と飲んだら良いのに』
『え ……』

男の子は目を逸らす。その頬は赤面していた。
その様子に、男の子には女の私には分からない、繊細な悩みがあるのだと知った。

『笑いませんか?』
『笑わないよ。だって私も大好きだもん』

『男と女性では違います』
『ちっちゃい男』

男の子は、私の言葉に俯く。
やばい、地雷だった!

『違うよ。私が言いたいのは器の話。男なら、好きな物は好きで通したら良いって話!』
『好きな物は好き ……』
『そう。堂々としていたら良いの!』
『…… はい』

男の子は私を見て笑った。
その顔は、凄く可愛かった。

…… って私、何言ってるのよ? ボッチのコミュ症のくせに!

『ありがとうございます』
『べ、別に!』

そう言い、私は慌てて帰ろうとする。

『あの!』
『何!』
『一緒に飲んでくれませんか? カフェオレ ……』
そう言って、その男の子は ……。速水くんは、自分のカバンからカフェオレを出す。

それから放課後は、カフェオレを飲みながら色々なことを話した。
夕日はいつも、そんな私たちを優しく照らしてくれた。


ピピピピピ、ピピピピピ。

スマホのアラームが鳴り起きる。

─── 学校に行きたくない。
久しぶりの感情だった。

しかし、私はいつも通り自転車を漕いで学校に行く。
両親には中学生の頃から色々と心配させた。
不登校までいかなかったけど、学校で上手くいかないことに心痛めていたことを私は知っている。

近くに偏差値に見合う高校はあったのに、遠くの高校に進学したいと言ったら、何も言わず応援してくれた。
これ以上、お母さんの泣きそうな顔は見たくない。

だから私は、自転車をひたすら漕いでいく。

すると速水くんはいつも通り待っていてくれて、一緒に学校に行く。
私は何も言えず、速水くんも何も言わない。こんなこと初めてだった。

そして自転車置き場で、昨日の速水くんの友だちが、速水くんを無理矢理私から離して連れて行く。
そこまで同じ流れだった。

私はどうしてなのか考えない。
それぐらい疲れていて、何も考えられなかった。

一人、階段を登って行くと教室に着く。
すると亜美が一人で居た。

いつもは真美と奈々と一緒に登校する。
それなのに、今日はどうしたのだろうか?

「少し良い?」
「うん?」
私は亜美に連れて行かれて、人気のない空きの教室に行く。

「ねえ、何か悩んでない?」
亜美は真剣は表情で私に聞いてくる。

「悩んでないよ ……」
私は亜美からも目を逸らしてしまう。

「最近、時々遠い目をしている時があるよ。センパイと何かあったよね? 大丈夫?」
「なんでもないよ」
私は声を振り絞って出す。

その様子を見た理沙は、表情を険しくする。
こんな顔初めて見た。

「私は理沙を本当の友だちだと思ってる! だから、聞いて! 昨日、絵梨花のSNSを見たの! 絵梨花とセンパイは ……!」
「やめて!」
私は咄嗟に大きな声を出してしまう。

「お願い、言わないで!」
「理沙!」
私は亜美の声を振り切って、空き教室を出て行き走る。
 
行き着いた先は靴箱の前。私はセンパイが登校してくるのを待つ。

「理沙、おはよう」
センパイはいつも通り、笑いかけてくれる。

「あの、こっちに ……」
私はセンパイの手を引いて、人が少ない場所に行く。

「昨日は勝手に帰って、すみません」
「いや、いいんだよ」

「今日こそピアス、開けてもらえませんか?」
「うん、分かった」

そう言い、センパイは私の体を ……。
私は離れなかった。だって、もう決めたのだから。

ホームルームの時間が近づき、私は慌てて教室に戻る。
すると亜美は私から目を逸らした。

嫌われた ……。
そう思った。

そうだよね、男にうつつを抜かす友だちなんてキモいよね? しかも私は ……。
私は体を抑え、本当にそれで良いのかを考える。

すると、前の席の絵梨花が席に座る。
また私を見て笑い、また見せつけるように髪を耳にかける。
昨日はなかった赤いピアスが耳元で光っていた。

ドクン。
私の胸は鼓動が速くなる。

確か、絵梨花がピアスをつけ始めたのは三学期頃だったから二ヶ月前。その頃からやたら私にピアスを見せつけてきて、その頃からセンパイは ……。

そのことに気づいた時、私は悪寒がした。
点と点が繋がり線になる。その言葉はこの状況を言い表わす為にあるのだと思った。

私は授業が終わる度に、外に出て外の空気を吸った。
絵梨花と同じ空間に居たくない、同じ空気を吸いたくない。その一心だった。
亜美はその姿を黙って見ていて、真美、奈々は戸惑った表情を見せていた。

中休み、今度は私より亜美が先に出て行った。
真美と奈々は「大丈夫? ケンカしたの?」と心配そうに聞いてくれた。
私は違うと否定した。
ケンカじゃないよ、私が怒らせただけだから ……。


明日は卒業式。その為、午前授業となった。
放課後、亜美は黙って帰って行き、真美と奈々は私に「また明日」と声をかけてくれた。

私は手を振り考える。
亜美に謝れなかった。言おうとしていることは分かっていたから ……。

今日も窓の外から見える、青い空、薄くて白い雲、濃いピンク色の桜の木々。風が吹く度にその花びらは揺れ、明日は卒業式だと知らせてくれる。

しかし、その景色は今日は色褪せて ……。いや、全てがモノクロ世界に見える。
私の頭の中がぐちゃぐちゃだから。

速水くん。
亜美。
私の大切な人はどんどん居なくなる。
…… 分かってる。私が悪いってことぐらい ……。
 
心配して忠告してくれる人を邪推に扱う。本当に最低だな。

私は一人、机に突っ伏す。
この頭をリセットしたい。今は一人になりたい ……。
その一心で ……。


「先輩 ……」
私はその声に目を覚まし、顔を上げる。
私を呼び起こしたのは速水くんだった。

「速水くん ……」
私は笑いかけようとして、口を固く閉じる。
私は速水くんの友だちに関わらない方が良いと言われている存在。それぐらい分かっていた。

「どうしたの? もう来ない方が良いんじゃないの?」
だから私は、わざと突き放す態度で話す。

「今日も真部先輩と会うのですか?」
「速水くんには関係ないじゃん」

私は窓から外に目をやる。
…… また嫌な癖が出た。傷つきたくないから、傷つく前に相手を突き放す。
やっぱり私は子供のまま。もう、嫌になってくる。

「真部先輩の家に行く約束していますよね?」
私はビクッとなって、速水くんを見る。

なんだろう。すごく恥ずかしい。
まるで、親に知られたかのように顔が赤面していく感覚。なんとも言えない気持ち悪さ。
無性に恥ずかしくて、苛つく。

「速水くんには関係ないじゃない!」
私はまた窓からの景色を眺める。
ダメだ、景色が歪んで見える。

「先輩 ……。無理していませんか? 先輩はいつも無理して笑っています。俺、こないだ先輩と真部先輩を校舎裏で見かけました。何度も言いましたよね? 先輩、本当は嫌がってるって。泣きそうな顔してたって。でも先輩は、真部先輩が好きだからと言って嫌だと言いませんでした。普通、好きな人の前であんな顔はしません。部屋に行くって、何されるかとか分かっていますか?」

ビクッ。
私の体は、分かっている頭と相反して反応する。
怖がるな、分かっているでしょう? 私は大人なんだから!
しかし、私の体はまた相反して赤面する。
やめて。見ないでよ。やめて、やめて。

「先輩、やっぱり怖がってます」
心臓がドクンと鳴る。

何これ? 何でそんなこと言われないといけないの?

「センパイが来るから帰って ……」
「理沙先輩!」
「帰って!」
私は速水くんを見ることができず、目を逸らす。

すると速水くんは、私の手を掴み無理矢理教室から出そうとする。

「ちょっと、速水くん、やめてよ!」

私は、そう叫びながら手を引き抜こうとするけど敵わない。可愛いと思っていた後輩くんは、思ったより力が強かった。

「先輩、帰りましょう! 男の部屋に行くなんて、ろくなことないですよ!」
「速水くんには関係ないじゃない! 私が誰とそうゆうことしようと関係ないじゃない!」

私は初めて、ここまでの大声で叫んだ。
息が切れ、喉がヒリヒリし、心臓が激しく鼓動を打つ。
「…… 確かに、先輩からしたら関係ないと思います ……。でも俺の中では関係あります! 俺は ……、俺は理沙先輩のことが好きだからです!」

速水くんも私に負けないぐらいの大声で叫ぶ。

「は? バカみたいな冗談言わないで!」
「俺は冗談でそんなこと言いません! 本気に決まってるじゃないですか!」

普段穏やかで優しい速水くんからは想像もつかないぐらいの表情と大きな声だった。
私のことが好き? こんな私のことを? そんな訳ないじゃない!

そう言いたげな表情をすると、速水くんは優しく話しかけてきた。

「ずっと好きでした先輩。一緒にカフェオレ飲んで過ごしたあの頃から ……。でも先輩が卒業の時に、気持ち伝えられませんでした。俺のこと『可愛い後輩』以外には考えていない。自分が一番分かっていましたから。でも、ずっと先輩のことばかり考えてしまって、だから俺この高校に入学しました。また先輩が一人なら俺が側に居たいと思っていました。まあ、そんな心配はいらず先輩には友だちも、…… 憧れの人も居ました。それだったら俺は先輩の一番の味方で居ると決めていました。先輩が友だちや恋愛で悩んだ時に一番に話を聞く、一番信頼おける後輩。その立場でいると決めていました」


「どうしてここまでしてくれるの?」
その返答を今もらった。
バカじゃないの? そんな見返りもないことして、何がしたいの?

でも速水くんは、「好き」なんて嘘絶対に吐かない。こんなにマジメで、優しくて、純粋な子はいない。

私を見つめるこの目に偽りはない。
速水くんは「可愛い後輩くん」だけじゃない、実は一人の男だった。
今、ようやく気付いた。

「やめて! お願い揺さぶらないで! 覚悟決めたから!」
私は空いている片手で耳を塞ぐ。
こんなこと言われたら気持ちが揺れてしまうじゃない!

「そうゆうことは覚悟することではありません! 好きだから自然とそうなって ……」
「このままじゃ、センパイを盗られちゃうの! だから、決めたの!」
私は強かな本性を晒してしまう。
そうだよ、そんなことでしかセンパイを繋ぎ止められないの!

「そんな浮ついた相手、そんなことしてまで繋ぎ止めたいですか?」
あまりにも、ど正論で私は言い返せない。

「子供の速水くんには分からない!」
「先輩だって子供じゃないですか! 俺には子供の恋愛にしか見えません!」
「はぁー!?」
私は思いっきり叫んだ。
子供の恋愛? 私の気持ちが子供? センパイに対する気持ちが?

パチン!
気付けば私は耳を塞いでいた手を振り上げ、速水くんの頬を思いっきり引っ叩いていた。

「あ ……」
私は自分のしたことに唖然とする。当然だけど、誰かを叩いてしまうなんて初めてだった。
手がジンジンと痛む。私がこれほど痛いのだから、速水くんはもっと痛いだろう。

謝らないと ……。でも声が出てこない。
それほど私の頭の中はパニックになり、体は硬直してしまっていた。

私の顔を見て、行動を起こしたのは速水くんの方だった。そっと手を離し、私を見つめてきた。

とうとう愛想を尽かされた ……。

そう思ったけど、速水くんの口から予想もしない発言が出た。
「すみません、先輩 ……。言い過ぎました ……。俺の一方的な気持ちを押し付けました」
そう言い、私から一歩離れて頭を下げてきた。

どうして速水くんが謝るの? 叩いたのは私だよ? 速水くんは優しすぎるんだよ ……。

私は何も言えず、速水くんの顔を見つめる。

「ただ、一つ言わせて下さい。俺は先輩が幸せに笑っていてくれたらそれで良いですから。一つだけ ……」

私は何も言えないけど、頷く。

「ありがとうございます。…… 真部先輩との交際は楽しいですか? 理沙先輩は今、幸せですか?」
「え ……?」
私は黙り込んでしまう。

楽しいに決まってる。幸せに決まっている。
センパイと一緒に居るとドキドキして、世界全てが美しく見えて、毎日が輝いている。生きているという感じがする。
でもそれと同時に、言い表せない程の不安を抱えている。
この幸せは突如終わりを迎えるのではないかと常に不安で、センパイの言動一つに一喜一憂して、上手くいかなければ大切な人に八つ当たりまでしてしまう。

「付き合う」って、もっと幸せな事だと思っていた。
勿論、楽しい事ばかりじゃなく、上手くいかなくてケンカしてしまったり、ずっとドキドキしていられる訳ではなく少しずつトキメキは減って安定した関係になっていき、他の女の子と仲良くしている姿にヤキモチを焼いたりするのだろう。
でもそうなるのって、もっとお互いを知った後じゃないの? ケンカが増えてトキメキが減っていくのは淋しいけど、その代わり相手と積み重ねていった時間とか、相手への信頼とか、ケンカした分お互いの価値観を知ったりとか、こうやって付き合っていくものだと思っていた。

今の、私とセンパイとの関係は何?
私は自分の意見はあまり言えないし、言った所であまり受け入れてもらえない。私は言い返さないからケンカにもならない。
勿論、ケンカしない方が良いんだけど、思っていること言えなかったら、互いを知るなんて出来ないよ。
それだけじゃない。私はセンパイに思うことがいっぱいあるのに、何も言ってない。
あのメッセージは何? 部屋にあったピアスは? 絵梨花の付けているピアスに似てるけど違うよね?
聞きたい事は山ほどあるけど、その言葉を飲み込んでいる。

どうして?
自分に問う。
そんなのセンパイを失うのが怖いからに決まってる!

だから私はいつも口を閉ざしていた。
いつも笑って、見たくない事には目をつぶって、知らないフリを決め込んでいた。
そんな付き合い、楽しい? 今、私は幸せ?
分からなくなってきた ……。


「先輩、今日は帰りましょう。冷静になった方が良いですよ」
「…… うん ……」
私は小さく頷いた。

「おい、話すなと言っただろ!」
真部センパイが怖い顔で速水くんに詰め掛ける。
でも、速水くんは怯んだりせず凛としていた。

え? ちょっと待って、どうゆう状況?

「理沙は俺の彼女なの! ちょっかい出すなよ!」
「真部先輩。理沙先輩と別れて下さい! 理沙先輩の純粋な気持ち、分かっていますよね?」
「お前に言われる筋合いはないだろう! いつも理沙に付きまとって、ウザいんだよお前!」

「やめてください!」
私は間に入る。

「ただ中学の時の話をしていただけです! 速水く ……、後輩くんと思い出話をしていただけ!」
「…… その話、必要なの?」
「はい。中学校の近くに浜辺があって、夕日が綺麗だったと話していました。だからセンパイ、今度見に行ってくれませんか?」
私は、前からずっと言いたかったことを言った。

「夕日? それより今日は家に来る約束だろ? ほら、行こう」
「…… はい」
やっぱり、言っても無駄だった。

センパイの表情はいつもの優しい表情に戻ったけど、ああやって詰め寄ることもするんだ ……。

ドクン。ドクン。ドクン。
また、心臓が激しく鼓動を打つ。

「ほら、帰ろう」
センパイが私の手を引く。

「理沙先輩!」
速水くんは、私に手を伸ばそうとしてくれたけど、私はその手を振り払った。
…… これ以上、優しい君を巻き込めないよ。

「じゃあね、後輩くん!」
私は、精一杯明るく声を出す。

…… 私は本当に子供だ ……。
速水くんの友だちが、速水くんに私との関わりを止めていたのは、センパイに「私と関わるな」と言われていたからだったんだ。

私が「速水くん」と呼んでも、センパイは不機嫌な表情をする。『カフェオレ飲むなんて子供っぽいよな』と速水くんを悪く言っていた。

だから学校では「後輩くん」と呼ぶようにしていたのに、気がつかないなんてバカすぎる。

そんなことを考えていると、センパイが私の手を強く引いていた。
正直、痛くて怖くて、止めて欲しかった。
でも、言えない。ただ、怖くて声が出なかった。

歩くこと十五分。センパイの家に着く。

「お邪魔します ……」
私はそう言い、上がらせてもらう。

もう一度、玄関に置いてある靴を見て、引っ掛けてあるカバンを見て、私の感じていた違和感は確信へ変わっていく。

この家には妹さんはいない ……。


センパイの部屋に通される。
昨日と同じ綺麗な部屋。ただ一つ違う場所があった。

…… ベッドボードに置かれていた、赤のピアスが無くなっていた。

私はその光景に唖然としていると、センパイは私を後ろから抱きしめてきた。
本当なら飛び上がるぐらい嬉しい。初めの時はそうだった。でも ……。
センパイが仕切りに触ってくるのは私の首から下。
頭や髪は付き合い始めに、優しく触ってくれた。
頬や、顎や、唇は、一度も触れられた事がないし、キスをした事もない。まだそこまでの関係じゃなかったから。

でも、それを飛び越えて首から下を触ってくる。

私は頭や髪を優しく撫でられたい。
次は頬や、顎や、唇に優しく触れて欲しい。
耳元で「好きだと」囁いて欲しい。
いつから私の頭や髪を触ってくれなくなったけ?
いつから首から下しか触ってくれたくなったけ?

…… 本当は分かっているじゃない? 絵梨花がピアスの穴を開けたぐらいからだって ……。


ねえ、君なら。
速水くんなら、優しく頭や髪を撫でてくれる?
頬や、顎や、唇に優しく触れてくれる?
耳元で「好きだと」囁いてくれる?

ねえ、教えてよ、速水くん。