「どうせ、私なんて ……」
それが口癖だった私は、いつも下ばかり見ていた。

どうせ私なんて、勉強出来ないし ……。
どうせ私なんて、可愛くないし ……。
どうせ私なんて、友だち出来ないし ……。

こうやって自己否定して、予防線張って傷付かないようにする毎日。

確かに傷付かなくてよくなったけど、すごく辛かった。
私は本当に空っぽな人間なんだな …… って。

何の為に、学校に通うの?
何の為に、勉強するの?
何の為に、毎日を生きるの?
何の為に、これからも生きていかないといけないの?

立っているのも、誰かと話をするのも、息をするのも、生きていくのも、全てが辛くなって、どうにかなってしまいそうだった。

でもあなたは、そんな私を見つけてくれた。
その優しい声で話しかけてくれ、変われると言ってくれた。
下ばかり見ていた私を、上に向かせてくれたのはあなたでした。

私は、あの日から片時もあなたのことが忘れられません。
この優しく大きい手、耳元で優しく囁いてくれる声、その口から発する優しい言葉。全てが温かくて好きです。

…… たとえ、あなたが ……。



─── 先輩、知っていますか? 首から上を触れてくる男は真心。首から下ばかり触れてくる男は下心と言われることを ……。

窓の外から見える、青い空、白くて薄い雲。濃いピンク色した花びらを咲かせた木々。
風が吹く度にその花びらは揺れ、春の訪れをいち早く知らせてくれる二月末。
卒業式が三日後に迫っていた。

ここは、放課後の誰もいない教室。
私しか居なかった空間に、突如そんな言葉が聞こえてきた。
そんなこと言ってくるのは、ただ一人。分かっているから、私はこう答える。

「何それー? 心理ゲーム?」
そう、笑い飛ばす。

すると、その言葉を投げかけた後輩くんは怒った顔で近付いてくる。
「俺は真面目に言ってます! 昨日だって先輩 ……!」
「はいはい、もう学校裏でイチャつくのはやめるからー」
私は、わざとおどけて話す。

すると、後輩くんはもっと怒った顔をする。
「そうゆうことが、言いたいのではなくて!」

ピコン。
私の机に置いていたスマホが鳴る。メッセが来た時の通知音だ。
スマホを覗き込むと、表示された名前に私の胸の鼓動は一気に高まる。

「あ! 真部(まなべ)センパイからメッセきた! 後輩くん、じゃあねー!」
スマホをカバンに入れて肩にかけ、私は後輩くんに軽く手を振る。

「先輩! まだ話、終わってませんよ!」

私は後輩くんの言葉をスルーして教室を出る。


あの子は一年生の後輩くん。
最近、二年のクラスに毎日来ては、「愛は」、「恋は」、「男は」、「女は」、と言ってくる。
理由は分かっている。私が三ヶ月前から真部センパイと付き合い始めたからだ。
最初は「良かったですね」と言ってくれていたのに、この変わりよう。
キッカケは、二週間前に学校裏でセンパイとイチャついている所を見られてしまったから。
それからは、鬼電に鬼メッセ? の連続。
おかげでこの二週間はスマホの充電がすぐ無くなるし、朝から通学路で待ち伏せとかしてきて、「真部先輩は止めた方が良い」と言ってくる。

無視ったら、放課後の待ち合わせ前の時間まで来て意味分からない事を永遠と語ってくる。超絶、暇人なの?


そう思いながら階段を降りて行くと、靴箱の前にセンパイは居た。

「センパイ!」
私の声は弾み、センパイの元に駆け寄る。

「理沙、遅くなって悪かったな」
「いえ、行きましょう!」
私はセンパイの半歩後ろを歩く。

この人は、真部センパイ。私の一つ年上の三年生。
フワッとした髪に、右耳に一つのピアス。キリッとした目に、整った鼻筋、色気のある唇。そして身長が百八十センチあり、スタイルもいい。
そんなセンパイに、私は三ヶ月前に告って付き合うことになった。
…… そして三日後、卒業してしまう。淋しいけど、仕方がないよね。

生徒用玄関から外に出ようとした時。目の前にガラスの扉があり、反射したセンパイと私が映っていた。
イケメンなセンパイの後ろに、背が低くて、地味で、子供っぽい女子生徒が映っている。それが私。

斉藤(さいとう)理沙(りさ)、十七歳。高校二年生。
見た目だけでなく、性格まで地味で子供な私は、全然センパイと釣り合ってない。自分が一番分かっている。
だから、せめてオシャレだけは気にかけた。
髪は毎日アイロンかけてストレートにして、メイクもバッチリして、制服もスカート折ったりして膝上にした。
ストレートヘア、メイク、セーラー服に膝上の紺のスカートにハイソックス。これでセンパイの後ろは歩けるぐらいになったと思う。

でも、いつかは堂々と隣を歩きたい ……。
だから、早く大人になりたいと常に考えている。

「なあ、また学校の裏行かないか?」
センパイはそう言い、私の体を引き寄せた。
そして ……。

「あ、センパイ! 私、どっか行きたいです!」
私はさりげなく、センパイから離れる。

「…… そうか? じゃあ、カフェでも行くか?」
「はい!」
センパイは私の手をぎゅっと握ってくれた。私はセンパイのこの手が大好きだ。

カフェまで歩く道中にも、濃いピンクの花びらを咲かせた木々や野花が咲いていて、大きな橋を渡ると止めどなく流れて行く川が見える。
その全てが輝いて見えた。
この濃いピンクの花は沖縄で一月頃から咲く、桜の花びら。毎年、卒業式シーズンを彩ってくれ、今年も美しく咲き、今日も風に吹かれて揺れている。
それらの景色が美しく見えるのは、全てはセンパイのおかげ。私の色褪せた世界に、彩りを持たせてくれた。

歩くこと十五分、一軒のカフェに辿り着く。
そこはレンガで出来た、こじんまりとしたお店で、まさにデートにピッタリなオシャレなカフェだった。

「わあ! すごくオシャレなカフェですね!」
「そう? 理沙が喜んでくれて良かった」

メニューには、コーヒー、カフェオレ、紅茶、果物のジュース。
デザートにはケーキ、パフェ、アイスなど、どのメニューもオシャレで、私の胸はより高まった。

悩んでいるとセンパイが、コーヒーとイチゴのショートケーキを注文してくれ、その通りにした。
すると上品なコーヒーカップに淹れられたコーヒーに、同じく上品な食器に乗ったケーキが運ばれて来た。
苺がたっぷり乗っていて、生クリームは甘さ控えめで大人の味だった。

「美味しいです」
私はセンパイに笑いかける。

「そう、良かった」
センパイはそう笑いかけてくれ、ブラックコーヒーを飲む。
センパイはデザートを食べない。甘いもの嫌いらしい。そうゆうところもカッコよく、大人の魅力が詰まっている。

「今日、家に来ない?」
そうセンパイは言ってきた。
本当は大好きなセンパイと一秒でも長くいたい。
でも ……。

「…… あ、今日は親に早く帰って来るように言われてて。すみません ……」
私は、嘘を吐いた。

「そう? 残念だな」
センパイはそう言うと、スマホを取り出し何も話さなくなった。

もっと話がしたい。声が聞きたい。優しく声をかけて欲しい。
私は勇気を出して話しかけようとセンパイを見たら、センパイはスマホに何かを打ち込んでいるようで、何も言えなかった。
だから私は黙々とケーキを食べ、コーヒーを飲む。
さっきより甘さを感じなくなったケーキを必死に口に運んだ。

するとセンパイはスマホを置いた。
私は今だと思い話しかけようとしたけど、何を話したら良いのかが分からない。

変な話は出来ないし、子供っぽい話も出来ない。もっと、話すこと考えておけば良かった。

ブッー。
テーブルに伏せて置いてある、センパイのスマホが震えた。
するとセンパイはスマホを見て、明らかに頬を緩ませる。

ドクン。
私の胸が鳴った。
これは胸の高鳴りではない。これは ……。

「せ、センパイ ……」
私は、話す内容が見つからないままセンパイに話しかける。

お願い、今は私を見て。目の前に私はいるよ。
お願い、優しく声をかけて。
お願い、好きだと言って。私、不安で押し潰されそうなの ……。

しかしセンパイは私の声に気が付かないみたいで、スマホに何かを打ち込んでいる。

私はそんなセンパイを、ただ見つめていた。

「理沙、美味しいか?」
センパイはいつものように笑いかけてくれる。

「はい! この後なんですけど ……」
センパイともう少し一緒にいたい。そう、わがままを言おうとした。

「この後は帰るだろう? だって理沙、親に早く帰ってくるように言われているから」
「あ、いえ。もう少し ……」
「親を心配させたらダメだろう? ほら、今日は早く帰ろう」
「はい ……」
私はそうとしか返せず、残っていたケーキとコーヒーを無理矢理押し込む。

何これ? 味がしない。苦いコーヒーですら。
私は、味の分からない何かを詰め込んだ。


「じゃあ、また明日」
「はい。今日はありがとうございました」
カフェの前でセンパイと別れる。

センパイの家はこのカフェから近いけど、私の家は反対側。
しかも、高校から家まで自転車で一時間かかる。

だから二十分歩いて学校に自転車を取りに行った後、自転車で一時間の距離を帰らないといけない。

あーあ。私もセンパイと同じ方角だったらな。一緒に帰るのとか夢だったのにー。
そう思いながらトボトボと歩いていると、色々な感情が溢れてくる。

センパイの家に行けば良かった。そしたら今も一緒に居られた。私が子供だから ……。
お腹はいっぱいだけど、何かが満たされない。胸が締め付けられ、それでいて空っぽ。
なんなの、この感覚? センパイとのデートの後なのに。
やっぱり、センパイと一緒にいる為には ……。

ピロロロロ、ピロロロロ。
メッセージアプリの着信を知らせる音がする。

「センパイ!」
私はカバンからスマホを取り出す。

センパイ、何かな? やっぱり、もう少し一緒に居ようとかかな? センパイ、私 ……!

私はそう思いながら、白と黒のチェック柄の手帳型スマホケースを慌てて開ける。
すると私の顔は、スッと無表情に戻り思わず呟く。

「…… なんだ後輩くんか ……」
私は溜息を吐きながら応対する。

『今どこですか?』
「外ー!」
私は投げやりに答える。

『真部先輩と一緒ですか?』
「絶賛、一人満喫中ですけどー!」
『良かったー!』
「ケンカ売ってるの?」
私は後輩くんに悪態を吐く。

『い、いえ! そんなつもりは! お詫びにカフェオレご馳走しますよ!』
「いらないし!」
『今どこですか? 持って行きます!』
「だから、いらないってばー!」

それでも後輩くんは、しつこく聞いてくる。お詫びに家まで送るってー。別にいらないし、余計なお世話。
そう断ってるのに、迎えに行くと言い居場所を聞いて来た。
私は根負けし、場所を教えて電話を切る。

もう、私なんかに構ってる時間あったら、他の女の子と仲良くしたら良いのに! 後輩くんの考えていることが分からない! こんな私、気にかけなくて良いのに!

「本当にバカ ……」
私は後輩くんとのメッセを眺めて呟く。

私が居たのは大きな橋の歩道。橋から見下ろせば、規則正しく流れていく川は海へと向かって流れており、風で野花は揺れ、夕日はゆっくりと水平線に向かっていくのが見えた。
先程センパイと見た景色。あの時は綺麗に見えたのに、今は何も感じない。時刻が進み、景色が変わったから?

ううん、違う。

先程はセンパイと一緒に居たから、世界全てが輝いて見えた。
そして今、(かす)んで見えるのは私の心と同じだから。

だから私は走る。
もう見たくない、こんな色褪せた世界なんか!

ハァ、ハァ、ハァ ……。
息が切れ、歩き始めると、やっと学校が見えてきた。
だめだ、学校まで色褪せて見える。
目を伏せ、自転車を漕ぎ、家に向かう。

自転車を漕ぎ五十分。次は中学校が見えてくる。
私と後輩くんの母校。そう、後輩くんとは同じ中学だった。

そして、中学校の近くには海が見える浜辺がある。そこからは日の入りが見れ、なかなかの絶景だったりする。

私は一人、浜辺に行く。
後輩くんには帰宅途中だと話しているから道中を探すだろう。
分かっているけど、私は道を変え浜辺に向かう。

今日の海も美しく、浜辺の周りには中学生や別の学校の高校生、大人が見に来ていた。
私は、そんな浜辺には近づかず、自転車でスッと通り過ぎる。

そして行き着いたのは誰も居ない浜辺。
ここは、遠回りをしないと入れない入り組んだ道の先にある。
普通の人は、先程通り過ぎた浜辺に足を運び、こっちは来ない。来るのは、相当な物好きかボッチだろう。
私は自転車を端に寄せ、鍵をかける。

透き通る海に、茜色した夕日、そんな夕日が反射して光る水平線。
この場所の景色は変わらない。特に綺麗に見えなければ、色褪せても見えない。
それは私が成長していないからだろう。

私は石垣に座る為に軽く砂を払い、制服のスカートがシワにならないように気を付けて座る。

ザザーン、ザザーン。
規則正しい間隔で波が押し寄せては引いていく。
それを眺めながら私は一人、物思いに耽る。

私は中学生だった頃、毎日この浜辺に来ていた。
今の私は友だちが居て、オシャレに気を遣って、カレシまでいるけど、それは私が変わったから。
中学生の頃の私は ……、ううん、入学当時の私もこんなんじゃなかった。
あの頃の私は ……。


「いた! 先輩!」
後輩くんは息を切らせ、自転車でやってきた。

「お、遅くなりました!」
「何で、ここだと分かったのー!」
「なんとなくです! お待たせしました!」

後輩くんはそう言い、自転車を端に止めて鍵をかけ、私が座っている石垣の隣に座る。
…… やめてよ、中学の時のこと思い出すじゃない。

「別にー、待ってないし」
私は肩を並べて座るのが嫌になり、後輩くんに背を向けながら悪態を吐く。

「これ」
後輩くんはそんな私に前にわざわざ来て、カフェオレを渡してくる。

「だから、いらないってば!」
私は後輩くんの手を振り払う。
…… 分かってる、ただの八つ当たりだ。

なんか無性にイライラして、側に居てくれる人に当たってしまう。最低だな私。

「じゃあ俺が頂きます」
そう言い後輩くんは、買ってきた三百ミリリットルの牛乳パックを開け、ストローを挟み込み、飲み始める。

「甘くて美味しいです」
「知ってる」
私は後輩くんから目を逸らす。

後輩くんこと、速水(はやみ)くんは私より一つ年下の後輩。高校一年生。
速水くんとは同じ中学で、その頃から関わりがあった。
眼鏡をかけた短髪男子。マジメを絵に描いたような男の子。
甘い物が好きで、苦い物が嫌い。子供ような子だ。

「今日は真部先輩と何していましたか?」
またヤボなことを聞いてくる。

「大人のデートをしてきました! オシャレなカフェに行って、コーヒーとケーキを堪能してきたの。夢のような時間だったー」
この後、センパイに部屋に誘われたのは話さなかった。 
話すと速水くんは騒ぐし、否定すると余計に惨めだし、楽しかった話だけでいい。楽しかった話だけで ……。

「…… 先輩」
速水くんは、そんな私の心を見透かした表情をしてくる。

「帰る!」
私は、せっかく来てくれた速水くんを置いて行こうとする。自分でも最低だと分かってる。
でも、余計に惨めになって、この苛つきが抑えられない。

「先輩! 俺は先輩の味方ですから」
それなのに速水くんは、こんな私にも優しい言葉を伝えてくれる。
迎えに来てくれること知ってて別の場所に行き、それをレンラクもせず悪びれもせず、こんな八つ当たりする嫌な私に ……。

私は足を止め、振り返り、一言呟く。

「…… ごめん」
その言葉は本心からだった。
私、本当に嫌な奴だよね? 

また自分のこと嫌いになる。
やっぱり、私は変わったけど一つも成長していない。
だから子供なんだよ。だからセンパイとも上手くいかないんだよ。本当に子供の自分が嫌になる。

「いいえ」
速水くんは、そんな私に優しく笑いかけてくれる。
バカ、真面目、お人好し。
そんな言葉がピッタリの速水くんは、どうして私なんかにこんなに優しくしてくれるのだろう。
私は疑問をそのまま声に出してしまう。

すると速水くんは、私を見つめて黙り込む。

何? そんなにマズイ質問だった?
「あ、いや、何でもないの!」
私は慌てて発言を取り消そうとする。

「い、いえ ……。それは ……」
また速水くんは黙り込み、その場は波の音だけが聞こえる。

「俺は ……」

ピコン。
速水くんの言葉と、私のスマホから通知音が被る。

「どうぞ」
速水くんは笑ってそう言うと、私に向けていた体を海の方に向け、背を向けてくれた。

私はスマホをカバンから出し、開けて驚く。
センパイからだった。
しかし、高鳴った気持ちと上がった口角は、一瞬で下がった。

気付けば私は、カバンを持ち走り出していた。

「先輩! どうかしましたか!」
速水くんは、気付いて追いかけて来てくれる。

「何でもないの ……」
「何でもありますよね? 話して下さい!」
「帰る!」
「送ります!」

私の苛つきは頂点に達した。

「何でもないから! 付いて来ないで!」
私は速水くんを振り切り、走る。

自分に余裕がないから優しい人に当たる。
どこまで嫌な奴に成り下がるのだろう私は?

速水くんに謝らないと。
センパイ、あのメッセはどうゆう意味ですか?
今から戻って速水くん謝ることは出来る。引き返せば間に合う。
センパイ、誰に送るつもりだったメッセですか?

私の頭の中はぐちゃぐちゃになる。
速水くんに謝りたい気持ちと、何があったのか聞かれるともっと酷いことを言ってしまう抑えられない気持ち。
大人なら自分が悪い事は謝り、言いたくない事は適当にごまかす。
でも、それが出来ない私は、やっぱり子供なのだと痛感する。

家に着いた。
私は台所に居るお母さんに、ただいまも言わずに自室がある二階に駆け上がる。
部屋のドアを開け、カバンをクッションに投げ、私はベッドに身を投げた。

目から溢れてきそうなものを、私は両手で必死に抑える。
大人はそんなことで、いちいち泣かないでしょう? だから、必死に抑える。
私はセンパイに相応しい大人になりたいのだから。

私はなんとか溢れそうだったものを押さえ込み、カバンからスマホを出す。
何かの間違いじゃないかとセンパイとのメッセ内でのやり取りを見るけど、そんな都合が良い現実はなかった。

『まだ来ないの? 待ちくたびれたんだけどー』

やっぱりセンパイから来たメッセだった。
私と別れた後、誰かと会う予定だった。
カフェでスマホをイジっていたのは誰かとレンラクを取っていた。私を早く帰したのも ……。

そんなこと小学生でも分かる話。
この状況を大人が一言で説明しようとすると、ある言葉が出てくる。

うわ ……。

ピコン。

開いていたセンパイとのメッセのやり取りに、新たなメッセがきた。
『ごめん、妹と間違えた!』
「妹 ……さん?」

私は、そのメッセにすぐ返事をした。
『分かっていましたよ』と。
その後、数回のやり取りをして会話を終わらせた。

そして次に、別の男の子とのメッセのやり取りに切り替える。
速水くんに謝らないと ……。今の精神状況なら謝れる。私はメッセを打ち込み始める。

ピコン。

メッセを送る前に私のスマホが鳴り、新たなメッセが来た。

『先輩。先程はすみませんでした。もし何かあったら、話して下さい。いつでも待ってますから』
そう書かれていた。

相変わらず、バカ、真面目、お人好し。
普通、ここまで理不尽なことされたら、もう関わってこないよね?

『酷いこと言ってごめん。ただの八つ当たりだから気にしないで』
そう打ち込んだ。

ピコン。
しばらくして返事が返って来た。

『カフェオレ、また一緒に飲んで下さいね』
そう返ってきた。
『うん』
私はそう打ち込む。

後輩の速水くんは、私が何をしても、何を言っても怒らないし、肯定してくれる。私にとってオアシスみたいな存在。
でも、そうゆう速水くんの優しさに甘えて酷いこと言って良い訳ではない。
分かっているけど、苛つきから当たってしまう。
それを流せる速水くんの方がよっぽど大人。本当にそう思う。

「センパイ ……」
私はセンパイとのメッセでのやり取りを見る。すると、先程まであったメッセが取り消されていた。

『まだ来ないの? 待ちくたびれたんだけどー』

取り消されていても、私の頭にはベッタリこべり付いている言葉。
このメッセの取り消し機能みたいに、私の頭から取り消せたら良いのに ……。
そう思いながら、私はまたベッドに飛び込み目を閉じた。