「何読んでいるの?」

 ひそめた声に、陽介は顔をあげた。昼休みの図書館はそれなりに生徒が多いが、場所柄落ち着いた静けさに包まれている。


「藍」

「あ、ニュートンだ。今月号?」

 陽介の手元を覗き込んだ拍子に落ちてきた髪を、藍がかきあげて耳にかけた。少し甘さを含んだ爽やかな香りが、陽介の鼻をくすぐる。

 意識をそこに持ってかれそうになって、陽介はあわてて手元に視線を落とした。


「そう。来月の流星群の情報見てた」

「ふうん。あ、半影月食あるんだ」

 陽介は軽く目をみはった。


「興味ある?」

「うん。日食ほど派手じゃないけど、私、月食も好き」

「月食って言っても、半影月食だよ? それほどはっきり見えるものじゃないだろ」

「でも、ちゃんと影は現れるんでしょ? 私、まだ実際には見たことないの。陽介君の望遠鏡で見たら、はっきりと月面見えるかな」

「半影月食だと肉眼じゃなあ。藍、視力は?」

「望遠鏡にはかなわない」

「そりゃ当たり前だ」

 二人でくつくつと笑う。無邪気に笑うその顔に、陽介はそういえば、と思い出した。