「知らなかった。話すようになったのだって、ここ2週間ほどのことだよ」

 陽介の答えに、平野は目を瞬く。

「え? そうなの? こないだやけに親し気に話していたから、仲いいのかと思っていたわ」

 藍を名前で呼ぶきっかけになった騒動の時、藍と一緒にいた友達の一人が平野だった。


「いや、まともに話したのはあれが初めてだよ」

「そうなんだ。あの時、調子にのってからかっちゃって、ごめんね」

「それはかまわないけど……藍、大丈夫なのか?」

「んー、多分。藍、怪我だったり倒れたりで保健室の常連なのよ」

「怪我も?」

 陽介が目を丸くする。


「なんにでも興味を示す子だからね。理科の実験で、火が綺麗だったからって掴もうとしたこともあるわ」

「マジか」

 驚く陽介だが、一瞬何かを思い出しかける。けれど、話し続ける平野に気を取られてぼんやりとしたその何かは形にならずに陽介の中から消えてしまった。

「決してふざけてるわけじゃないのよ。真剣に疑問に思うから、それを実行しようとしただけなの。あ、藍に用があったのよね」

 そういって平野は、ちょっと待っててと言うと教室の中に引っ込んだ。すぐに藍のカバンとコートを持ってきて陽介に渡す。