「悪かったね。私もなかなかに意地が悪いな。お前のイジワルは私の血か」

「俺が本当に意地悪する気になったら、もっと念入りにします」

「やれやれ。彼はこれからもきっと苦労するね」

 教授は、陽介の乗ったエレベーターが九階にとまるのを確認しながら言った。



  ☆



 扉が開くと、病院らしからぬ絨毯の床が広がっていた。一瞬躊躇したが、そ、と足を踏み出す。ふかふかの絨毯は、足音を完全に消してしまう。

 左右にのびる長い廊下には、正面にあるドアが一つあるだけだった。



 陽介は、その白い扉を前にして立ちすくむ。二度、三度、と大きく深呼吸を繰り返した。

 藍のことを忘れた日は一日もなかった。だが、陽介にとって覚えている藍は、AIだった時の藍だけだ。あの藍は、陽介の目の前で動かなくなってしまった。

 この中にいるのは、あの時の木暮の話が本当なら、生身の藍。

 それは、陽介の会ったことのある藍と違うのか。同じなのか。



 ぐ、と手に力を籠めると、陽介はそのドアをノックした。











 Fin